第28話 約束

 ノアはリィエルの援護のおかげで命からがら逃走に成功すると、上空からその後のクリフォード達の動きを探ってから宿へと戻った。

 何かあって逃走することになった場合は宿に戻って落ち合おうと決めていた。リィエルが先に戻っているのは神眼で建物を鑑定していてわかっていて――、


「ただいま、リィエル」


 ノアは部屋の窓から宿屋の自室に入り、リィエルに語りかけた。すると、リィエルがすたすたとノアに近づいてきて――、


「ノア、大丈夫? 怪我はない?」


 ぺたぺたとノアの身体を触って、安否を確かめてきた。


「……ああ、リィエルのおかげだ。ありがとう。助かったよ、すごく」


 ノアはリィエルの両肩を掴んで礼を言う。すると――、


「あまり一人で危ないことをしないでほしい」


 リィエルがノアに抱きついた。


「リ、リィエル!?」


 突然抱きつかれて慌てるノア。


「ノアが危なくて私、心配だった。ノアが本当に危なくなるまで静観を貫いてって言ったから我慢したけど、私、心配だった。ノアの言うことだから、ノアのお願いならなんでも聞くから。だから指示に従ったけど、私……」


 リィエルは珍しく感情を強く吐露していて、ノアに抱きつく力を強める。それでノアはハッとして――、


「……ごめん。心配をかけて、危ないことをして……」


 謝罪の言葉を紡いだ。


「私、ノアに危ないことはしないでほしい。でも、それでもする必要があるなら、私も連れて行ってほしい。私を置いてどこにも行かないでほしい。私には何もない。ううん、何もなかったけど、今はノアがいる。何もないのはもう嫌。だから……」


 リィエルは不器用に、だがだからこそまっすぐと、自分の思いをノアに伝えた。その思いはノアの胸に痛いほど届いたのか――、


「ありがとう。でも俺は……、俺もリィエルには危ないことをしてほしくないんだ。できることなら自分自身も危ないことなんかしたくない。そう思う、けど……」


 と、ノアは苦々しい顔で返す。


「じゃあ、今後はもう危ないことはしない?」


 リィエルは至近距離からノアの顔を見上げて訊く。


「……そうだな。少なくとも当分は危険地帯に飛び込むような真似はしない……ようにしたい」

「飛び込まないでほしい……」


 行かないで。リィエルはそう言わんばかりに、再びギュッとノアに抱きつく。


「あ、ああ。努力するよ! 努力する!」


 リィエルの柔らかな身体を押しつけられて、ノアはドギマギと慌てて返事をする。


「約束する?」


 リィエルは無垢な瞳でノアの顔を見つめる。その瞳を見ているとなんだか吸い込まれてしまいそうで――、


「……約束。ああ、約束する。危険地帯が危険に思えなくなるくらい強くなってやる。そうしたらリィエルのことだって守ってやれると思うから。それならいいだろ?」


 ノアは心を落ち着け、決意を秘めて訊き返す。


「……私も一緒に連れていってくれるなら、いい。ノアが一人でどこかへ行くのは嫌」

「俺はリィエルをどこかに置いていかないさ。俺がリィエルを外の世界に連れ出したんだからな。だから、もっと強くなる必要がある。いつかリィエルと一緒に世界中のどこでも堂々と歩けるように。もう、リィエルに心配をかけないように。悔しいけど、今の俺はまだ弱いから……」


 リィエルを一人で守ることはできない。ダアトという組織と戦うどころか、クリフォード一人から逃げるのにすら必死だったのだ。それがとても悔しい。


「うん。ノアと一緒なら、私は世界中のどこへでも行く。だから、私も一緒にもっと強くなる。もっと、もっと」

「なら、一緒に修行をしないとだな。レベルを上げて、ランクを上げて、ダアトを返り討ちにできるくらいに強くなろう」

「うん」

「決まりだ」


 そのためには……。


「どうするの?」


 リィエルが尋ねる。


「……とりあえず、この国を出よう。シオン・ターコイズが生きていて、俺の顔を知る者が多いこの国は危険だ」

「うん。じゃあ、次はどこに行く?」

「ターコイズ王国の現状はわかったから、次はヴァーミリオン王国の王都に行ってみるのもいいかもしれないな。で、冒険者にでもなってみようか」


 それで冒険するのだ。

 英雄ノアの大冒険に登場する、本物のノアとリィエルみたいに……。


   ◇ ◇ ◇


 翌日。昨夜の騒ぎを受けて、都市の出入り口すべてに検問が敷かれ、不審者がいないか取調べが実施されることになった。巡回している兵士の数も多い。

 ノアもリィエルも髪や瞳の色以外はシオン・ターコイズやエステル・ヴァーミリオンとまったく同じ容姿をしている。数年前に失踪してしまったモニカはともかく、シオンの顔を知る者は多いだろう。

 ノアはシオンと顔が同じことに気づかれて騒ぎになるとまずいと思い、人知れずに都市から立ち去ることにした。

 具体的には、人は出歩いているがまだ数は少ない朝の内に宿を引き払い、人気の少ない路地に入り込み、そこからこっそりと空を飛んで都市から出て行くことにした。そこから先は速度を出し、一気に問題が起きた都市から離れる。

 向かう先はヴァーミリオン王国の王都。

 二人がそこに到達するのは、二日後のことだった。

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