第27話 成長

 エステルが滞在する部屋のバルコニーで。

 ノアはクリフォードと三年越しに対面を果たしていた。


(レベル38……!? ランク4手前じゃないか……!)


 クリフォードの成長ぶりに驚くノア。


「エステル、イリナ! 無事か!?」


 クリフォードが室内のエステル達に問いかける。


「はい!」


 と、エステルが毅然と返事をする。と――、


強風ウィンド


 ノアが魔法陣の展開とほぼ同時に呪文を詠唱した。直後、室内を背にしたクリフォードに向かって強風が放たれる。

 大人を吹き飛ばすくらいの威力はある一級魔法なのだが――、


「くっ……」


 クリフォードは少し力を込めるだけでその場に踏ん張る。そして――、


(なんて魔法の発動速度だ。詠唱込みなのに、詠唱を破棄したシオン並みか?)


 内心で半ば感嘆しながら、本物のノアの実力を分析する。


飛行フライ


 ノアは大きく跳躍してベランダから飛び出て、そのまま空を飛んで逃げるべく魔法陣を展開して呪文を詠唱した。


(冗談じゃない。クリフォードの相手までしていられるか!)


 このまま夜闇と激しい雨に紛れて姿をくらましてやる。そう思ってベランダに視線を向けると――、


「なっ……!」


 クリフォードもベランダからダイブし、空中にいるノアに飛びかかってきた。


(ここは三階だぞ!?)


 高さ一〇メートルはある。


(こいつ、空を飛べるようになったのか!? いや……!)


 クリフォードの基礎パラメーターならば、この高さから落下したところでダメージにはならないのだろう。そう思って――、


「くっ」


 ノアは咄嗟に剣を抜いた。

 すると、クリフォードも鞘から剣を抜く。直後、両者が空中で切り結んだ。空中でクリフォードの剣を受け止めたノアだが――、


「はあああっ!」


 クリフォードがノアを圧倒して垂直に剣を振り抜く。

 ノアの膂力は魔法で強化していることを踏まえてもレベル20台、つまりはランク2相当だ。対するクリフォードの膂力はスキルの恩恵によってランク4相当である。力比べをしてノアが抗える道理はなく――、


「ぐっ……」


 ノアはクリフォードの剣を支えきれず、地上に向かって勢いよく吹き飛ばされた。飛行魔法の制御力でブレーキをかけ、なんとか地面との激突を免れて着地する。


(くそっ、馬鹿力が!)


 内心で悪態をつきながら頭上のクリフォードを見つめようとするノア。すると――、


(なっ……!?)


 自分めがけて猛スピードで急降下してくるクリフォードを発見して面食らう。クリフォードは全身から闘気に変換された魔力を放出しており――、


(闘気を放出して推進力にしているのか!)


 クリフォードが自由落下とは比べものにならない速度で迫ってくる理由を推察した。これならおそらく空も飛べるはずだ。

 かなり燃費は悪いはずだが、瞬間的な爆発力は相当だった。ノアの基礎パラメーターでこの突撃を受け止めるなど論外である。


「くっ……」


 ノアはすかさず真横に飛んで、クリフォードの突撃を躱した。

 だが、クリフォードは着地際に逆噴射をしたのか、落下の反動を殺して地面を蹴り、再びノアに飛びかかってくる。


(でたらめな奴め!)


 このままだと追いつかれる!


暴風エアバースト


 ノアは魔法陣を展開して呪文を詠唱した。詠唱と同時に二級の攻撃魔法が発動し、風の衝撃波がクリフォードに向かって放たれる。しかし、闘気を纏ったクリフォードは衝撃波をものともせず突っ込んできた。


風弾エアバレット


 ノアは追加で一級の攻撃魔法を何発も放つ。風の弾丸が連射され、クリフォードに襲いかかった。

 クリフォードは剣を振るってそれらすべてを切り払ってしまう。だが、ある程度は勢いを殺すことはできた。

 おかげでノアはクリフォードの剣を受け止めることに成功する。受け止めた勢いを利用して後ろへステップを踏むノアだったが、クリフォードがすかさず間合いを詰めてきて、ノアはやむを得ずクリフォードと剣を交える羽目になった。

 両者には埋めがたい基礎パラメーターの差があるが――、


(神眼で動きを先読みするしかない!)


 怯んでいる場合ではない。

 ノアはあえて前へと踏み込んだ。そして、その瞬間にはクリフォードの剣が前方から迫ってくる。


「くっ……」


 ノアは剣の軌道を先読みし、軌道を逸らす。


「…………」


 わずかに目をみはるクリフォードだったが、それで攻撃の手が緩むわけではない。ノアとの間合いを遠慮なく埋めて、幾重にも剣を振るっていく。

 ノアは全集中力を注ぎ込んでクリフォードを見つめ、その動きを神眼で解析し続けていた。クリフォードの剣が来ると予想した位置に自分の剣を滑り込ませ、攻撃を薙ぎ払い続ける。それが精一杯だった。何しろ身体能力が違いすぎる。

 クリフォードが剣を振るう速度の方が速い以上、攻撃に転じる余裕がない。神眼で動きを先読みし、外から迫りくるクリフォードの剣に対して必要最小限の動きで剣を振るうことでようやく攻撃を捌くことができている。

 ノアが一瞬でもクリフォードの姿を見逃せば、その瞬間に動きの先読みができなくなって勝負が付いてしまうだろう。瞬きをする刹那の余裕すらない。まさしく綱渡りのような作業であった。

 そうして、地上に降りてからほんの十数秒の間に、無数の金属音が響き渡った。防戦一方なノアはどんどん後ろへ押し込まれていく。


(っ……、やはり俺じゃまだクリフォードには勝てない。だが、負けてやるわけにもいかないんだ!)


 ノアはこのわずかな時間で、嫌というほど実力差を思い知らされていた。しかし、諦めるつもりは微塵もない。剣を振るいながら、状況を打開する手を必死に考える。

 すると、クリフォードが不意に立ち止まり、攻撃の手を止めて――、


「……すごいな」


 と、賞賛の念を込めたふうに言った。


「………………」


 ノアもその場で立ち止まるが、何も答えず押し黙る。


「君の剣術はターコイズ王国流と、ヴァーミリオン王国流か?」

「………………」

「君は何者だ?」

「………………」


 などと、クリフォードが立て続けに尋問するが、ノアはやはり何も答えない。


「だんまりか」


 クリフォードは困ったように溜息を漏らしつつも――、


(膂力と敏捷はランク2の戦士相当といったところ。さっき使用した一級と二級の攻撃魔法の威力からして、おそらくは魔力の基礎パラメーターが抜きん出ている高ランクの魔道士。いや、剣も使うから魔法剣士か)


 ノアの強さを分析する。そして――、


(それにしても、魔法に特化しているのにこれだけ剣が扱える奴も珍しいな。昔のシオンみたいな奴だ……)


 と、クリフォードはそんな感想を抱く。というのも、特に城に仕えるような魔道士は剣術の習得におよそ興味がない。

 高位の冒険者にはそれなりに魔法戦士がいるらしいが、武器を扱えたとしても護身程度である。あくまでも戦闘のメインは魔法なのだ。

 だから、武器も高い水準で扱える魔道士はかなり希少である。


(とはいえ、剣術の腕自体は俺の方が上だ。魔力以外の基礎パラメーターもすべて俺が圧倒している)


 なのに、決めきれない。

 その理由は何故なのか?


(見切りが半端じゃないんだ。俺の動きが読まれているみたいに剣を振るってくる。こういう剣の強さもあるとは……、世界は広い)


 クリフォードは戦いの最中だというのに嬉しそうに笑みをこぼす。すると――、


照明球ライティングボール


 頭上から呪文を詠唱する声が響いた。例え夜でも一帯を照らす強い照明を放つ二級魔法で、三階のベランダにいるイリナが使用したらしい。

 一帯は激しく照らされた。そして――、


「兄さん!」


 エステルが三階のベランダから飛び降り、二階のベランダを中継して降りてくる。どうやら装備を調えてきたらしい。寝間着から戦闘用のクロースアーマーに着替えており、槍も手にしていた。

 また、三階のベランダにいるイリナも魔道士用の杖を手にしており、援護の準備を整えていた。

 一階の玄関からも武装した騎士や兵士達が続々と姿を現している。だが――、


「みんな下がっているんだ! この賊は相当手強い! ランクが低い者に下手に介入される却って邪魔になる!」


 クリフォードが仮面をつけたノアを見据えたまま、一帯の援軍に向けて足手まといになるから援護不要と言った。

 今この場には数百人という兵力があるが、一般の兵士は全員がランク0。数十人いる騎士がランク1と2で、最強の存在はランク3のクリフォードなのだ。

 ステータスが存在するこの世界において、戦いではレベルとランク、そしてスキルに使用できる魔法の階級がモノを言う。ランク0の人間が千人いても、ランク3の人間には敵わない。それが純然たる現実だ。

 そして、高ランクの戦士ならば、たとえ王族であっても前線で戦うべきというのが武のヴァーミリオン王国における考え方だ。王族だから守ってもらうという発想はない。

 ゆえに、この場において最強の存在であるクリフォードの指示に反駁する者などいなかった。ただ一人――、


「兄さん」


 王女であるエステルを除いて……。


「エステル、お前も下がっているんだ。俺がやる」


 クリフォードがエステルに言う。


「……わかった。でも、殺さないで。その人を捕まえて」


 エステルの眼差しが仮面をつけたノアに向かう。


「どうして?」

「話を聞きたいから」

「そうか……。わかった。まあ、俺も話を聞いてみたいと思っていたところだ。まずはその仮面を引き剥がすところから始めるとしよう」


 クリフォードはそう言って、対面するノアに向けて剣を突きつけた。


(…………冗談じゃない。これ以上の厄介事は御免だ。だが、このままだとクリフォードを振り切って逃亡するのは難しい)


 神眼で観察しているからこそわかる。クリフォードは会話の最中も油断なくノアの動きに対応できるように集中しているので、ノアも身動きが取れないのだ。

 敏捷の基礎パラメーターに開きがありすぎる以上、走って逃亡するのは論外である。すぐに追いつかれてしまう。

 逃げるなら空だが、ノアが魔法を使用して空を飛んでも、つかず離れずの距離を保たれている今の状況ではそれも難しい。クリフォードの身体能力と闘気を利用した推進力で跳躍してくれば、上昇する前に叩き落とされてしまうだろう。


(くっ、せめて一瞬でも意表を突いて隙ができれば……)


 仮面の下で冷や汗を流すノア。

 すると、その時のことだった。


「っ!?」


 突然、クリフォードが大きく跳躍した。直後、今しがたクリフォードが立っていた場所の手前に無数の光弾が降り注ぐ。


(リィエルか!? っ、今だ!)


 驚愕したのはノアも同じだったが――、


飛行フライ


 咄嗟に呪文を詠唱して、地面を蹴って空へと舞い上がった。


「ま、待ちなさい! 待って! くっ……」


 エステルが頭上を見上げて叫ぶが、イリナが現在進行形で空に打ち上げている光球によって目がかすむ。ノアが意図的にそちらへ進路を取ったのだ。


雷弾サンダーバレット


 三階のベランダにいたイリナが上昇するノアに向けて魔法を放つが、ノアは自在に空を飛び回ってくるくると躱してしまう。

 そのうちノアは夜空に溶け込んでしまい――、


「……やられたな」


 クリフォードが苦々しく笑って嘆息する。

 当てるつもりはなかったようだが、遠隔から制圧射撃してくるような伏兵が付近の暗闇に潜んでいるとわかった以上、追撃は諦めるしかない。追跡しようとすればさらなる妨害がくるだろうし、次も当ててこない保証はない。


(昔のシオンみたい、か……。斬り合った時のイメージが妙に似ていたな)


 戦闘中に一度意識したからだろうか。そんなことを思ったクリフォードだった。

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