第4話 魔眼(後半)

「そっちだって闘気で肉体を強化して身体を守っているだろ。お互い様だ。というより、闘気の方がすぐに発動できるし、応用が利いて便利だろう、がっ!」


 シオンはそう言うと、闘気を纏ったクリフォードに向かっていった。その速度は一般的なランク0の人間が出せる速さを軽々と超えている。

 が、クリフォードは平然とその速度に反応していた。シオンが完全に距離を詰めてくる前に剣を構え、闘気を模擬剣に流し込んでいく。

 かと思えば――。

 一閃。前方一帯に向けて少し強めに闘気を放出して、接近してくるシオンごと吹き飛ばそうとした。それには数人程度ならまとめて吹き飛ばせる威力、魔法でいうと二級の魔法程度の威力が込められているが――、


暴風エアバースト


 シオンは咄嗟に二級の攻撃魔法を発動させて、クリフォードの闘気による攻撃を相殺した。演習場内には結界が張られていて内部の音が漏れにくくなっているので騒ぎにはならないが、かなりの衝撃音が演習場内に鳴り響く。

 二人の視界を土埃が覆った。直後、土埃の中からクリフォードが突進してきた。しかし、シオンはそれを読んでいたように――、


石壁ストーンウォール


 すかさず防御と攪乱のための魔法を使用した。シオンの足下に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、呪文の詠唱に応じて十メートルは前方の地面から長方形状の壁が隆起して、クリフォードの進路を阻む。


「っと」


 クリフォードは壁の向こうにシオンが罠を設置していることを警戒して、咄嗟に足を止める。


水球ウォーターボール


 シオンは左手を右側にかざし、直径一メートルほどの水球を射出した。と、同時に、自身は左側へと打って出る。クリフォードの視界には石壁の裏側から左右へと躍り出る影が映ったはずだ。加えて――、


石壁ストーンウォール


 シオンは水球を放った方向に石壁をいくつか隆起させた。それらは目くらましとなり、クリフォードの意識と判断力を幾ばくか奪って、咄嗟の対応をわずかに遅らせる。


「本当に多彩だな、シオンの戦い方は」


 クリフォードはワクワクしてたまらない子供みたいに、ふふんと笑う。その余裕ある笑みを見て――、


(本当、嫌になるな。自分の才能のなさが……)


 シオンは内心で歯噛みする。仮にこのまま接近して近接戦闘を挑んだとして、勝てるビジョンが思い浮かんでこない。善戦はできるが、決定打に欠ける。自分には本当に剣の才能がないのだということがよくわかる。


 というより、魔道士として戦うべき人間が、戦士タイプの相手と真っ向から接近戦を挑もうとしていることが異常なのだ。本来、徹底して距離を置いた上で遠距離から火力で一方的に相手を封殺するのが魔道士の正しい戦闘スタイルなのだから。


 しかし、だからといってクリフォードを相手に普通の魔道士として戦いを挑んだとすれば、善戦すら敵わないはずだ。クリフォード級の戦士となると、相手が魔法陣を構築して呪文を詠唱し、狙いを定め魔法が発動するまでの間に対策を講じることが可能だ。

 高速で動き回って距離を置きながら攻撃魔法を打ち続けても、三級の攻撃魔法でもクリフォードに対する決定打にはならない。やがてじり貧になって負けてしまうだろう。


 持たざる者が持つ者に勝利するためには、工夫して戦うしかない。曲がりなりにも善戦できているのは、シオンが魔法と一緒に剣を扱う道を選択したからだ。

 ゆえに、シオンは今の自分ではまだ勝ち目がないと思っていても、あえて近接戦闘をクリフォードに挑む。そこに勝機があると信じて……。


衝撃爆波ショックウェーブ・バースト


 シオンは突進しながら、強力な衝撃波を前方一帯に向けて射出する三級の攻撃魔法を発動させた。先ほどよりもだいぶクリフォードとの間合いが埋まった状態で、だ。


「はあっ!」


 クリフォードはすかさず闘気を込めた斬撃を放ち、魔法を相殺した。が――、


「相変わらずすごい速度で魔法を発動させるな」


 クリフォードはすぐそこまで迫ってきているシオンが、さらに別の魔法を発動させている姿を捉えた。驚きと喜び、半分半分の表情でシオンを賞賛する。


衝撃爆波ショックウェーブ・バースト


 シオンは疾駆する速度を微塵も緩めず、さらに同じ魔法を放った。両者の距離はわずか数メートル。ここまで接近して魔法を発動させることは実戦だとまずない。

 魔道士が戦士を相手に自らここまで肉薄することがありえないし、魔法を発動させた本人にも被害が出かねないからだ。


「おっと……」


 衝撃の風圧に押されて、クリフォードの身体がわずかに後退した。シオンはその隙を見逃さずに、クリフォードに向けて模擬剣を振るう。

 だが、クリフォードは咄嗟に反応して剣を構えた。両者の模擬剣がぶつかり、甲高い音が演習場に鳴り響く。

 しかし――、


「はああっ!」


 シオンは突進の勢いを乗せて、受け止めたクリフォードごと剣を振り抜いた。


「っ……」


 クリフォードの背中にドンと、衝撃が走る。

 先ほどシオンが隆起させた石壁の一つに衝突したのだ。

 不意の反動に、クリフォードに一瞬の隙ができる。シオンはそれを見越していたように、躊躇なく接近して追撃を試みた。


 ――これを狙っていたのか!?


 やっぱりシオンの戦い方は面白い。クリフォードはそう言わんばかりに、ニヤリと笑みを浮かべる。シオンの行動には一つ一つにちゃんと意味があるのだ。

 視野が広いとでも言えばいいのだろうか、周りをよく見て考えて動いている。真っ向から斬り合えば十回中十回クリフォードが勝利するが、意表を衝かれることが多くてとても勉強になる。


 ――けど、まだ負けてはやれないな。


 クリフォードはフッと口許をほころばせると、さらなる闘気を解放した。シオンはもうすぐ目の前に迫っている。この瞬間――、


「あー、くそ」


 シオンは自分の負けを確信した。勝てるビジョンが思い浮かばない。刹那、どうすればいいのか考えて、悪あがきを試みるが――。

 直後、シオンが手にしていた模擬剣が宙を舞った。


「……天才め」


 シオンは両手を挙げて、恨めしそうに呟く。


「シオンは魔法の天才だろ。それに、剣術も十分に秀才の域にあるよ」


 クリフォードが困ったように言った。


「凡人さ。クリフォードと戦うとそれを思い知らされるよ」


 自嘲してぼやくシオン。


「シオンみたいな凡人がいてたまるか。むしろ変人……いいや変態だろ。ちょっと気持ち悪いくらいに」

「なっ、ひどいな!?」

「遠距離戦を専門とする魔道士が、近接戦闘を専門とする剣士に剣術で戦いを挑んでくるんだ。十分変人だろ」

「いや、そう言われると確かに変人だとは思うけど……」


 ぐうの音も出なかった。すると――、


「けど、僕は変人なシオンが好きだよ」


 クリフォードはおかしそうに告げる。


「なんだよ、気持ち悪い」


 シオンはあからさまに引いた眼差しでクリフォードを見た。すると――、


「こらあー!」


 演習場の入り口から、十代前半と思われる少女の声が響いてきた。


「……げっ」


 シオンが声の聞こえた先に視線を向けて、しまったという顔になる。そこには三つ年下で半分血の繋がった妹のイリナが怒りの形相を浮かべて立っていた。すぐ隣には一つ年下でシオンの婚約者であるエステルの姿もある。

 イリナはエステルに抱きかかえてもらいながらシオン達に近づいてきた。エステルは闘気で肉体を強化したのか、イリナを抱えているのにかなりの速度で疾駆して近づいてくる。


「二人とも、やりすぎ!!」


 イリナはすぐ傍にたどり着くと、エステルに抱きかかえてもらった状態で二人を注意した。


「や、やりすぎって何を? 俺達は訓練していただけだぞ」


 薄々と怒っている理由は察しつつも尋ねるシオン。


「訓練なのに、本気でやりすぎ! 演習場をメチャクチャにして!」


 イリナはビシッと指さしてシオンを咎める。


「いや、演習場は直すけど。俺らも日々成長しているし、久々の手合わせだったから加減が利かなかったというか、つい熱が入ったんだよ。なあ、クリフォード」


 シオンは狼狽して弁明し、クリフォードに助けを求めた。


「うん、まあ」


 クリフォードはちょっぴりバツが悪そうに、言葉少なに首を縦に振る。


「もう」


 と、イリナは深く溜息をつき、むうっと唇を尖らせる。


「そんなに怒るなって。可愛い顔が台無しだぞ?」

「なっ……。お、お兄ちゃんの変態!」


 イリナは一瞬言葉を失い、顔を真っ赤にして叫んだ。


「何で!?」


 今日は変態呼ばわりされてばかりだと、シオンはショックを受ける。


「許嫁のエステル姉さんが目の前にいるのに、妹を可愛いとか言う人は変態です。変態のロクデナシです」

「ええ~?」


 困ったように頬をかくシオン。すると――、


「シオンさん、怪我はありませんか?」


 エステルが近づいてきて、心配そうにシオンの顔を覗き込んでくる。


「あ、ああ。心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」


 シオンは少しドキッとして返事をした。エステルの顔を見るとモニカの顔がちらつくことがある。

 お転婆なモニカと、お淑やかなエステル。性格はだいぶ違うが、顔つきは姉妹だからよく似ている。髪の色も同じ紅色でそっくりだ。

 だから、ふとした拍子にエステルと視線が合うと、なんだか無性に気まずい気持ちになってしまう。

 エステルは底抜けに性格が良い子なのだ。許嫁になったシオンがいまだモニカに想いを寄せているとわかっていても、嫌な顔一つしないで接してくれる。

 俺はこの子の許嫁でいいのだろうか? そう思うことがよくある。


「……本当ですか?」


 エステルは心配そうにシオンの顔を見つめ続ける。


「ああ」


 シオンは困り顔で頷いた。すると――、


「僕の心配はしてくれないのか、エステル?」


 クリフォードが軽く肩をすくめて尋ねる。


「兄さんは人外だからいいんです」

「ひどいな、妹よ……」


 一瞥すらされず、さらりと答えられて、ショックを受けるクリフォード。ちょっぴり天然なところもあるエステルだった。


「…………えっと、そんなに見つめられても困るんだけど、エステル」


 少し呆けたような顔で、いまだ見つめ続けてくるエステルに、シオンが気まずそうに言う。


「あっ、ご、ごごご、ごめんなさい」


 エステルはなぜか顔を赤くし、慌てて謝罪する。イリナはそれを見て「お兄ちゃんの鈍感」と呟く。一方で苦笑するクリフォード。


「いや、謝る必要はないよ。クリフォードとは手合わせから、次はエステルの番かな?」

「お相手いただけるんですか?」


 シオンが水を向けると、エステルの顔がみるみる明るくなる。


「ああ。そのために訓練用の槍を持ってきたんだろ」

「は、はい」


 エステルは嬉しそうな顔のまま、はにかんで頷く。


「じゃあ、私達は退散しましょうか、クリフォード兄さん」

「ふふ。そうだね」


 イリナは何か気を利かせたのか、クリフォードの背中をそそくさと押した。クリフォードもしたり顔で退散していく。


「何なんだ、あいつら?」

「さあ……?」


 シオンとエステルは揃って首を傾げた。


「まあいいや。やろうか」

「はい!」


 エステルが弾んだ声で返事をする。


 突然だが、天啓、と呼ばれる事象がある。それはすなわち、世界を司る天使達グリゴリの福音だ。

 例外もあるので明確な発動条件はわかっていないのだが、一般的にはステータスの変化……、すなわちレベルが上がったり、ランクが上がったり、後天的に新たなスキルを獲得する時に授かると言われている。

 だから、それは突然に、本当に突然に、舞い降りる。人の人生を変えてしまうことすらある。例えば、そう、こんなふうに――。


 ――シオン・ターコイズ(NPC)のレベルが10へ上昇します。レベル10への到達に伴い、シオン・ターコイズ(NPC)のランクが0から1へと上がります。

 ――ランクの向上により新たなスキルが開花。スキル『魔眼・魔導王の眼』を獲得します。

 ――エラー。シオン・ターコイズが通常のNPCでは獲得不可能なSランクのスキルを獲得しようとしています。

 ――エラーの検出を行います。副管理者グリゴリの権限により、シオン・ターコイズのデータを閲覧します。

 ――エラー要因の検出中。

 ――判明。シオン・ターコイズ(NPC)のデータに『ノアズアーク』の情報が内蔵されていることを確認しました。

 ――シオン・ターコイズ(NPC)の肉体には二つの魂が宿っています。『転生法』の貴重な実験体として利用を推奨。さらに精査します。

 ――エラー。管理者権限アドミニストレータによるロックを確認。堕天使グリゴリの権限ではシオン・ターコイズに内包されているプレイヤー情報を閲覧することはできません。

 ――警告。シオン・ターコイズ(NPC)は『熾天使セラフ』の因子を持つ疑いあり。シオン・ターコイズ(NPC)は『熾天使セラフ』の因子を持つ疑いあり。

 ――エラーの検出を終了します。当該システムエラー情報は堕天使グリゴリへ報告した後、『ダアト』と共有します。


 それは突然、終わりを告げる鐘のように、シオンの脳裏に鳴り響いた。


「なんだ、これは……天啓?」


 今までもレベルが上がった時に何度か天啓を授かったことはあるが、妙だった。今までに得た天啓はもっと簡素だったし、よくわからない言葉もたくさん混じっているし、この天啓は何かおかしいのではないか? シオンはそう思った。

 だが、知りもしない情報が続々と頭の中に思い浮かんできて、じっくりと天啓に耳を傾けている余裕がない。

 それどころか、脳内に浮かび上がる光景は次第に情報量を増していき――、


「うわああああああっ!」


 シオンの両眼に、魔法陣のような文様が浮かび上がった。かと思えば、シオンは絶叫する。頭の中が真っ白になる。前が見えない。そんな中で――、


「シオンさん! シオンさん!!」

「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

「イリナ! すぐに陛下のもとへ! シオンに天啓が下って何かのスキルに覚醒したと報告するんだ。そのまま意識が混濁状態になったと」

「う、うん!」


 自分の傍でエステル達が慌てて何か言っている声だけが聞こえてきた。そして、やがてはその声も聞こえなくなり、シオンの意識は途切れる。


   ◇ ◇ ◇


 カチ、カチと、ゆっくり音が鳴る。時が進む音が鳴る。モニカの失踪以来、止まり続けていたシオンの時計が進み出したのだ。

 結果、シオンはある意味で願いへと近づき、ある意味で願いから余計に遠ざかる。

 だけど、それでも……。

 シオンは生きる。誰よりも、まっすぐと進んでいく。足掻いていく。何かを間違えてしまった、この世界の中で。




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【名前】シオン・ターコイズ

【種族】ヒューマン

【年齢】13歳

【性別】男

【レベル】10

【ランク】1

【基礎パラメーター】

・膂力:E(60/100)

・敏捷:E(60/100)

・耐久:E(60/100)

・魔力:D(90/100)

【特殊パラメーター】

・魔法:A

・魔眼:S

【スキル】

・魔の祝福

 特殊パラメーター『魔法A』の項目を追加し、基礎パラメーター『魔力』の等級を一つ上昇させる。また、レベルの上昇に伴う基礎パラメーター『魔力』の上昇値に大補正。

・魔眼・魔導王の眼

 特殊パラメーターに『魔眼S』の項目を追加。魔眼発動時には六級魔法までの鑑定、魔法陣構築速度の大上昇、魔力消費量の大軽減、五級魔法までの詠唱破棄などの恩恵を受ける。

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【名前】クリフォード・ヴァーミリオン

【種族】ヒューマン

【年齢】15歳

【性別】男

【レベル】23

【ランク】2(基礎パラメーター値に補正)

【基礎パラメーター】

・膂力:D(59/100)

・敏捷:D(59/100)

・耐久:D(29/100)

・魔力:D(29/100)

【特殊パラメーター】

・剣術:A

・闘気:A

【スキル】

・天賦の剣才

 特殊パラメーターに『剣術A』の項目を追加。ランクアップ時の膂力と敏捷のパラメーターボーナスを1.5倍(30→45)。

・成長大補正

 レベルアップの速度に補正。

・魔力変換(闘気)

 特殊パラメーターに『闘気』の項目を追加。魔力を闘気に変換することで『膂力』『敏捷』『耐久』を一時的に向上させることができる。

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