10/23 端緒③

そう。

今日も、夢を見たんだ。

遊園地でのデート。

観覧車の中での拙い告白。

そして、初めて交わしたキスのこと。

昨日と同じで、鮮明すぎるほど鮮明な夢で。

だけど今日は、灯絵と会える嬉しさで、大して気にも留めなかった。

連続して昔の夢を見るなんて、歳かな? なんておどけるような気持ちでいた。

だけど、今思ってみれば——なんで忘れていたんだ?

昨日感じた強い違和感を。


「(今の、夢…………だよな?)」


そう。

確かに僕はそう呟いた。

夢の中の出来事とはとても思えず、思わず着替える手を止めてしまった。

それほどの強い違和感があって。

だから、僕は思ったんだ。

夢というより、追体験と呼んだ方がしっくりくるほど。

そう、それはまるで。




走馬燈みたいだって、思ったんだ——。




……いや、走馬燈は死ぬ人本人が見るものだっけ?

そもそも死ぬって何だよ。あんな下らない電話を信じたのか?

あぁ。

思考が溢れて、ぐちゃぐちゃだ。

考えがまとまらない。

だけど、一つだけはっきりしていることがある。

これは、だ。

僕は、立ち上がった。

そして、気づいたら、ドアを開け飛ばして、走り出していた。




***




走る。

走る。

走る。

呼吸は荒く、心臓はぐちゃぐちゃに跳ねていて。

だけど、走らずにはいられない。

走る。

走る。

走る。

いつも、灯絵を家へ送り届ける時に通る道。

その数だけの思い出が零れている。


『えへへ。大学始まるの、楽しみだね』


引っ越してきてすぐの頃、ここを初めて歩いた時。

あの頃はまだ、少しだけ照れが残っていて、腕を絡ませる力は控えめで。

だけど、僕の肩でくしゃっと曲がる髪の毛から、確かな灯絵の気持ちを感じて、幸せだった。


『大学、ここからでも見えるんだね。知らなかったなぁ』


大学生活にようやく慣れてきたある夏の日。

乱立するビルの隙間から覗き込んだ景色に、僕らの通う校舎の姿を見かけて。

驚きの表情には一欠片の屈託もなくて、僕はそんな所にも彼女の魅力を感じて、笑ってしまった。


『わぁ、もう春だね。一年経ったんだね』


今年の春、大学2年に上がる直前のこと。

公園で芽吹く桜を見て、彼女は謳うようにそう言った。

睫毛の一本一本が風に掬われて、花房と一緒にふわふわ揺れているようで。

可愛い、と頭を撫でたら、灯絵はくすぐったそうに首をすくめて、急にどうしたの? とはにかんだ。

そんな思い出を後ろへ置き去りにしながら。

走る。

走る。

走る。

ただひたすら、走り続ける。

思い出の中の笑顔を現実でも見ようと、きょろきょろ辺りを探しながら。

だけど、灯絵の姿は見えない。

たまにすれ違う通行人の、怪訝そうな表情が後ろへ流れていくだけ。

……彼女がここまで無事に歩いてきていたら、もうそろそろすれ違っても良いはずだ。

それなのに。

ここに来て、衣典の電話口での言葉が、頭の中をごろごろ転がるように響き渡る。

事故に遭ったかもしれない。

まさか、本当に——?

いや。

それでも、信じたくなかった。

少し家を出るのが遅れてるのかもしれない。

そうでなければ、どこかで寄り道をしてるのかも。

そんな誰へともつかない言い訳を浮かべて、走り続ける。

棒になった足を無理やり曲げて。

喘ぐ魚のように、酸素を必死で取り込んで。

そうして、角を曲がった。

——と。

そこで、立ち止まった。

普段は見ない物が、目に飛び込んできたから。

それは、いつも通る道。

昨日、灯絵と別れた場所だ。

ここを真っ直ぐ行けば、灯絵の家へ辿り着く。

だけど、その景色は昨日とは少し違っていた。

誰かの家の塀が損壊していて、周りに破片が散らばっている。

その横には、前のひしゃげた軽自動車がのたっと停まっていた。

そう。

それはまるで、事故があったかのような光景で。

でも、それだけならまだ良い。

問題なのは——その現場には、恐らくさっきのサイレンの主だろう救急車の姿もあったこと。

それが意味するのは、つまり。

心臓がますますスピードを上げる。

足は根を張ったように動かない。

そんな中、救急車の後ろのドアが開け放たれて。

そこへ、誰かが担ぎ込まれようとしていた。

じっと立ち尽くしていた僕には、一瞬だけ、その顔が見えた。

…………………………嘘だ。

そんなはずがない。

言い訳がましいその言葉が、頭の中で白々と、虚しく反響していた。

だって。

だって、見えてしまったんだ。

頭にうっすらと血を滲ませて、目を閉じて、担架の上に乗っていたのは。






「とも………………え…………?」





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