いつかふたりの片肺に、

ナカギリカナタ

砕片:            

「もしもし」  

        

『あ、衣典? あたしあたし~』 

     

「……失礼ですが、どちらさまでしょうか?」

      

『あ、ひっどーい』

『なんでそういうこと言うのさ』     

  

「いや、最近流行りの‘あたしあたし詐欺’かと思って」

     

『それ、オレオレ詐欺の間違いだよ。しかもひと昔前の』     

『だいいち、着信画面にあたしの名前が表示されてるでしょ』

    

「あぁ、そういえばそうだな」     

   

『わざとでしょ、もう』         

『あたし、衣典をそんなイジワルを言う子に育てた覚えはないんだからね』 

 

「いや、そもそも育てた覚えがないだろ」      


『あぁ、そういえばそうだね』        


「……おいおい、真似すんなよ」       


『えへへ、お返しだよ〜』        


「ったく……」          


『……ねぇ、衣典』         


「なんだよ」          


『ほんとに来ないの?』         


「どこに?」          


『けーくんの誕生祝い。今からでも全然間に合うよ?』  

   

「行かない。昨日も言っただろ」       


『あたしのビーフシチューが食べられる、って言っても?』 

   

「………………行、かない」        


『あっ、いま悩んだでしょ』        


「そりゃ、なぁ」         

「灯絵のシチューが絶品なのは知ってるからな……」    

 

『えへへ、シチューはあたしの必殺料理(スペシャリテ)だからね〜』   


「でも、行かない」         


『えー、なんでさー』         


「どこの世界に、彼氏の誕生日パーティに友達を連れていく奴がいるんだよ」 

 

『友達じゃないもん。親友だもん』       


「いや、一緒だろ。大事な記念日は、普通恋人と二人きりで祝うもんだぞ?」  


『そんなの、あたし達は気にしないけどなぁ』      

『だって、高校時代はずっと三人一緒だったじゃない』     


「でも、いつまでも三人一緒ってわけにはいかないだろ」     


『むー……』          


「むくれても行かない」         


『じゃあ、衣典には二度とシチューを作ってあげない』     


「っ、おい、なんでそうなるんだよ」       


『ここまで言っても来ないだなんて、あたしのシチューがいらないんでしょ』  


「そうは言ってないだろ」        


『知らないもん。イジワル言う衣典が悪いんだよーだ』     


「イジワルって。子供かよ」        


『子供でもいいもん』         


「……なぁ、灯絵」         


『なにさ』          


「すねるなよ」          


『すねてないもん』         


「……まぁいいや。聞いてくれ」       

「あのさ、今日は行かないけど」       


『…………』          


「二人の結婚式には呼べよ。絶対行くから」      


『っ』           


「二次会は僕たち三人でやろう」       

「で、朝まで語り明かそう。積もる話も、思い出話も山ほどあるだろ」   

「シチューはその時、いただくよ」       


『うんっ』          


「だから機嫌直し……って、早っ。切り替え早いな」     

 

『立ち直りが早いのがあたしの長所だからね~』     

 

「物は言いようだな……」        


『えへへ。衣典、好きー』        


「浮気かよ。計斗が聞いたら泣くぞ?」       


『浮気じゃないよ。一番好きなのはけーくん。当たり前でしょ』    

『でも、衣典は女の子の中で一番好き』       


「ほんと、お前ってやつは……」       

「恥ずかしげもなく、恥ずかしいことを言うなって」     


『別に恥ずかしいことじゃないもん』       

『衣典だって経験あるでしょ』     

『好きなバンドがいつのまにか解散しちゃってたとか』     

『好きなイラストレーターさんが活動をやめちゃってたとか』    

『好きって気持ちは、その時その時に、ちゃんと声に出して伝えなきゃ』   

『いつ言えなくなるかわからないんだよ?』      


「……まぁ、それは確かに」        


『でしょ。だからほら、衣典も言っていいよ?』      

『あたしのことが大好きーって』       


「いや、言わないから」         


『えー。なんでさ』         


「何回も言ったらありがたみが薄れる。僕の信条なんだよ」    

「高校の頃何度か言ったろ。それで我慢しろ」      


『もう。素直じゃないなあ』        


「はいはい、どうせ僕は素直じゃないよ」      


『じゃあ、そんな素直じゃない衣典の代わりに、あたしが倍言うね』   

『それならいいでしょ?』        


「……勝手にしろ」     


『えへへ』          

『じゃあ、言うね』         

『衣典、大好きだよ』         


「……」          


『中学のあの時から、ずっとあたしの親友でいてくれてありがとう』   


「ああ」          


『あたしとけーくんを引き合わせてくれてありがとう』     


「……ああ」          


『これからも、ずっとあたしとけーくんにとって、最高の親友だよ』   


「……」          

「なぁ、灯絵」          


『んー?』         


「そういえば、灯絵に言ってなかったことがあるんだ」


『なぁに?』


「あのさ、僕は——」         

            



衣典が口を開いた、その時。


           

            

「…………え?」   


とんでもなく大きな音が、突然衣典の耳をつんざいた。


「灯絵?」


ドンッ、と何かに衝突する音と、ガラスがぐしゃっと割れるような音。

そこで通話が途絶えたのか、ツーッ、ツーッ、という無機質な音が鳴りだした。

      

「今の音、何?」         


そう訊いてから、衣典は初めてさっきの音について思い至った。

例えるなら——それはだったということに。

         

「ちょっと」          


返事があるはずがない。

だけど、突然放り出された想いのままの衣典は、呼びかけずにはいられなかった。


「冗談よせって」  


返事はない。

だんだん衣典の鼓動は早くなる。

       

「……おい」    


ツーッ、ツーッ、という無言の音が鳴るばかり。

それでも、衣典は呼びかけずにはいられない。

    








「おい、灯絵!!?」









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