第44話 最後の攻略対象に襲われてます
「ありがとうございます、アリシャ様。貴方が私の主人で本当に良かった」
「他ならぬトールの為だもの、当然よ。でもそう言ってくれると、頑張ったかいがあるわね」
笑みをこぼしながら、こちらに礼を言った使用人の顔を見つめる。
そこにはもう、少し前の様な負の感情の色が見えなかった。
トールの暴走はおさまった様だ。
狭かった彼の世界は、きっとこれから少しずつ広くなっていくだろう。
彼の中の自分の場所が少なくなってしまう事に思う所がないわけではないが、それではトールの為にならない。
互いに新しい一歩を踏み出す為にも、これで良かったのだ。
だが、そんな風に仲なおりしたのを見計ったかのように、物置の窓の外に黒猫の影がうつった。
猫は口で、小さな瓶の様なものがくわえているように見える。
「……」
視線の先、猫の影は動き出す。なんとその猫は窓ガラスに、勢いよく己の体を叩きつけていた。衝撃でガラスが割れ、音が響く。
驚くべき事はそれだけではない。間髪入れずに猫が、口にくわえていた何かを室内に投げつけてきた。
「トール!」
「え?」
トールが振り返るが、彼が現状を認識して行動するよりも、猫の行動の方が圧倒的に早かった。
私達に成すすべなどない。
窓ガラスが散らばった床の上に、瓶が落ちて割れる。
中には液体が入っていた。
それは、油だ。
何のために、などと考える必要はない。
事前知識がなくても、察しはつく。
窓の所で成り行きを眺めていた猫が、すっと目を細める。すると、どこからともなく床の上に火が発生、油に引火して一気に燃え広がった。
「っ! 下がっていてください!」
トールが慌ててその火を消そうとするが、整理されてしまった物置にはちょうどいい物が残っていなかった。
反対に私は扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。
「お嬢様、出入り口は!」
「開かないわ!」
「そんな!」
このイベントは、本来起きるはずだったイベントだ。このイベントに関係してトールの疑心は小さくなっていくのだったが、やはり流れを変えたせいで発生するのが遅れたようだった。
火はどんどん物置の中で燃え広がっていく。
このままでは、私達が丸焦げになってしまうのも時間の問題だろう。
いくら「痛みを感じない」体質だといっても、不快な感覚や煙による息苦しさなどは消せない。
生きたまま焼かれる事などまっぴらごめんだった。
だが、心配は無用だった。
窓の外から部屋の中の火に向かって土が投げ入れられたからだ。
それによって燃え広がろうとしていた火が少し弱まる。
「おい、大丈夫か!」
次いでかけられたのは屋敷に勤める他の使用人の声だ。
ちょど通りかかった者が、すぐに火事に気がついたようだ。
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