第39話 とりあえずまず脱出します



 それ以上何かを話す事なく小屋を出て行こうとするトールに、私は声をかける。


「貴方は、本当にこの屋敷で一緒に働いている人達を疑ってるの?」

「必ず犯人を捕まえてみせますよ」

「答えになってないわ。いいえ、それが貴方の答えなのね」


 駄目だ。

 彼はこちらの言う事に聞く耳を持たない。

 これ以上私が今の立場で何かを言っても無駄だろう。


 トールはこちらを振り向かずに、監禁場所の小屋から出ていってしまう。


 この場所は、屋敷から離れた所に建っている小さな木造の建物の中だ。


 大声で助けを呼んでも、その声が屋敷には届かない。ゲームで分かっている。

 だから、外部からの助けは期待できない。


「ふぅ」


 いよいよヤンデレゲームらしくなってきた展開にため息をついて、これからの事を考えていく。


 トールに監禁を止めさせるには、屋敷の使用人の中に犯人がいない事を証明しなくてはいけない。


 その為には、どうにかしてこの場所から脱出し、短い時間のなかで証拠を探さなくてはいけなかった。


 現在の私の状態は、特に手錠などでどこかに括りつけられているわけでも、目隠しをされているわけでもない。


 地下の部屋に鍵を駆けられて閉じ込められているだけだ。

 彼はこちらを手荒く扱うつもりはないのだろう。


 こちらが出過ぎた事をしない限りは……。


 その際の、身近な人間の豹変した態度を思い浮かべて、鳥肌が立つ。

 近しい位置にいるからこそ、他の者よりも最悪の光景が怖くなる。 


 だが、それを何とかできるのは今は自分だけ。


「さて、頑張って脱出しないと。あら……?」


 気合を入れなおした後に、部屋の隅に小さな犬のヌイグルミが置いてある事に気が付いた。

 それは私が小さかった頃、一人で眠れない夜に抱いていたヌイグルミだ。


 捨てたはずのものなのだが、トールが回収していたらしい。


「……」

 

 なんかヤンデレらしい。

 トールの愛情がちょっと重く感じられて、気分まで引きずられそうになるが、頭を振ってこらえる。


 他にはトールの得意楽器であるピアノが置かれていた。

 廃棄される予定のものだったのだが、ピアノを弾くのが好きだった彼が修理して運びこんだのだろう。

 よく見慣れていた物だから、別の物だという事は無いはず。

 屋敷にあった時には、よくトールにねだって弾いてもらっていたものだから。


 軽やかな指使いに魅入られながら、トールが奏でる悲しげな曲や穏やかな曲に耳を澄ます。

 なつかしい光景だ。


 前世の記憶がないから当たり前だが、あの頃はこんな事が起きるとは思ってもみなかった。


 大きなピアノは、使用人室に置くと邪魔になりそうなので、こういう物の保管場所にするだけだったなら、この小屋の存在もありがたかっただろうに。


 気持ちを切り替えよう。

 懐かしんでばかりではいられない。


「ええと、とりあえず……」


 部屋の中からどれだけ叩いても、鍵は壊れず扉を開けられない。それはゲームで経験済み。


 だから、狙うのは扉を壁に固定している金具。これを壊すのだ。


 部屋の中を見まわす。

 室内には、あらかじめトールが用意した物……私が退屈しないようにと準備されていた品物が、色々と置かれていた。


 玩具やら、本やら、食べ物やら……。


 本格的に長期にわたって監禁する気満々な事が分かって、あらためて何かを思いそうになるが慌てて頭から追い払った。


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