第34話 主従の関係がややこしいです



 トールの部屋にあった似顔絵がどうして物置に移動してたのか、その原因を探っていく。


「はぁ、似顔絵ですかぁ。私は存じませんが……」

「いいえ、心当たりはないですね」

「そのようなことが? 初耳です」


 屋敷の使用人達に聞き込みをしていくが、収穫はまだゼロ。


 見慣れた家の中を歩く私は、原因になった品物について記憶を思い出していく。


「トール、あれをあげてから結構経つけど、あの似顔絵まだ持っていたのね」

「はい、他ならぬお嬢様に頂いた大切な品ですからね」


 トールが大事にしている似顔絵。

 それは彼がこの屋敷にやってきて一年が経った時に、私が描いて贈った品物だ。


 この屋敷に来る前。疫病の影響でなくなった町の中で生活していたトールは、それなりに裕福な家に住んでいた。

 しかし彼は、今は天涯孤独の身。幼い事に家族やその土地の者の多くを亡くしてしまっている。

 その時に、住む場所と生きる方法を失ってしまったのだが、運よく私の両親に拾われたため、この屋敷で働く事になったのだ。


 人からお世話される方だった彼は、初めの内は失敗だらけだった。

 厨房に立たせればお皿は割るし、清掃を任せれば水をぶちまけて余計に汚すしで、それはそれはひどい有り様だった。


 けれど、そんな彼も一年も経てばコツを掴んできたようで、他の者よりうまく色々な作業をこなせるようになっていった。


 そんな彼と私は年が近かった事もあり、すぐに親しくなっていく。

 けれど彼が私の面倒を見るような性格だったから。


 イシュタルお兄様の様に、もう一人の兄のような存在に感じていた。


 そんな思い出を経て、トールが新しい生活になじんだ頃。

 私は、彼にこの先も屋敷にいて欲しいと思いながら一生懸命似顔絵を描いた。


 そしてそれをプレゼントする際、自分の部屋で小さな歓迎会を開いたのだ。


 トールはその時の事を思い出していたのか、微笑みながら私に向けて感謝の言葉を言う。


「あの時はありがとうございました。あの時の事があったから、私はここで今までやってこれたんです。当時は、仕事に慣れたとはいえ、まだまだ失敗もありましたからね。お嬢様が似顔絵をくださり、私を必要としてくださったから今の私がいるんです」

「そうだったの。でもやっぱりトールがやってこれたのは、他ならぬ貴方が頑張ったからよ」

「もったいないお言葉です。ありがとうございます、お嬢様。お嬢様がもしお困りになられた時は、これからも全力で力にならせていただきます」

「そこまで重く考えなくても……」


 柔らかな表情で微笑んだトールは、少しだけ頬を染めて照れくさそうにする。

 トールは、誉め言葉をもらう事すら勿体ないと思っている節がある。彼のその態度は一般から見れば謙虚だといえなくはないのだが、距離があるように感じられて好きではなかった。


「私、トールの事は家族みたいなものだと思ってるわ。もう一人のお兄様みたいに、だから……」


 しかし私がその事を言おうとすると、いつも彼に遮られてしまう。


「良いんですよ、お嬢様、私は今の立場で十分満足していますから。それに……、私がこれ以上我が儘になってしまいますと、貴方が望んでいらっしゃるような形以上の関係を求めてしまいかねませんし」

「私が望んでいる関係以上?」

「秘密です」


 言葉の真意を問えば、トールは唇に人差し指を立てて口を閉ざしてしまう。


 視線はまっすぐなのに、今にも泣きだしそうな切なげな顔。そんな彼の表情に心臓がきゅっと締め付けられた。


 その言葉の意味はゲームで分かっていた。


 主人公ヒロインに「好意を寄せている」、という意味で発したという事を。


 ゲームのシナリオの中では、ヒロインに仕える立場の彼が、同じ顔で同じ事を言っていたから。

 魅力的な人物に惹かれていくトールの姿を、画面越しに眺めていた私はよく知っている。


 けれど、私はそれに対して一度目と同じくためらってしまって中々踏み込む事が出来ない。


 身近にいる分、今の関係が壊れてしまったらと恐怖してしまうのは、トールも私もヒロインも、同じだった。


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