第4話 とりあえずまだ一周目の模倣



 私はお兄様の事が好きだ。


 今は騎士団の任務で中々会えなくなってしまっているが、それでもイシュタルお兄様は私の所にこまめに手紙を送って気にしてくれるし、これまでにあった誕生日や記念日などにはよく家に帰って来て一緒にいてくれた。


 そんな優しいお兄様に私はこれからの事を相談しようかとも思ったのだが、やはりできる事なら心配はかけたくなかった。


 私は仕事上の都合で家から離れがちになってしまう兄に、今後の予定を尋ねた。


「お兄様、次に家に帰って来られる日はいつ頃になりますの?」

「うーん、そうだね。次の任務は結構遠い所に出かけなくてはいけないから、一か月ほどか。一か月もお前と会えないなんて、俺は寂しいよ」

「まあ、お兄様ったら」


 嬉しい事を言ってくれる。そう言えばお兄様は真剣な顔をして私に囁きかけてきた。


「可愛い私のお姫様、俺はお前が心配なんだよ。最近お前の周りには使用人の彼がいつもべったりだからね。それにお前も年頃になったんだ。言い寄ってくる相手はいくらでもいるだろう? 婚約者がいるというのに、婚約の話だってあるそうじゃないか」


 婚約。

 それはゲームであれば、私(アリシャ)がヒロインに奪われて婚約破棄される時の話題をさす事となるが、この世界では違う。


 私が婚約した話で、そのまま婚約者で居続けている人物についての事だ。


 前世の記憶がよみがえる前に……実は私はある人物と婚約が決まっていた。


 その相手はヒロインがくっつくはずの人間で、ゲームでは最初に悪役である私が婚約破棄されていた相手だ。


 初めてこの世界でそんな相手と顔合わせをした時は、色々と相手の性格の事もあって気まずさに悩まされ、対応については若干挙動不審となってしまったが、今ではお兄様が憂うような事は無い。そこそこ平気になっていた。


 私はこれ以上お兄様に心配をかけるわけにはいかないので、何も心配はないとでも言うように笑顔を浮かべて見せた。


「私は毎日楽しく過ごしていますわ。友人もたくさんいますし、信頼できる使用人や護衛もいますもの。大丈夫ですわよ」


 この世界の悪役(わたし)は、ヒロインに攻略対象をとられなかったので、ゲーム原作の悪役(わたし)ほどはひねくれなかった。ただし藁人形の趣味は、私が転生の記憶を取り戻すまでは隠れて相変わらずやっていたが、それ以外は至って一般的な貴族の令嬢でいたのだった。


「そうかい? お前が楽しく健やかに過ごしているなら、それで良いんだ」


 私の言葉を聞いた後、お兄様は笑みを浮かべて部屋を出て行こうとする。


 だが、私は慌ててその兄を引きとめた。

 これで会話を終わらせるには、惜しいと思ったからだ。

 久々に再会した家族との会話を、長く楽しみたいと思うのはごく自然のことだろう。


「あ、お兄様。いつものおまじないがまだですわよ」

「おや、そういえばそうだったね。お前が早く休める様に気を利かせたつもりだったけど、しっかり者の妹には気づかれてしまったようだ。いつも悪いね」

「そんな事ありませんわ。家族の無事を願う事は当たり前のことですもの」


 私は戻って来た兄の手を取って、おまじない言葉を呟く。


「貴方に女神ユスティーナ様の加護がありますように」

「ありがとうアリシャ」


 危険な仕事に就く兄へのせめてもの心使いだ。

 傍で助ける事はできないから、せめてこの世界で有名な創世の女神様に見守ってもらう。


 神話の時代に邪心に打ち勝った戦女神でもあらせられるユスティーナ様は、危険な仕事に就く者をよく目にかけてくれるという。


「じゃあ、安静にしているんだよ」

「はい」


 兄は今度こそ、部屋を出て行った。


 今した会話は、一周目にしたものとまるで同じやり取りだった。 

 当たり前だろう、意図的に同じ言葉を言うようにしていたのだから。


 だが、これで判明した。


 私がこの二周目で何か行動を変えなければ、行きつく先には一周目と同じ結末が待っているという事が。


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