第5話 『魔法は食べ物なしにあらず、剣術は汗水なしにあらず』
穏やかな光がガラス越しに射し込む。
賑やかだった商店街は静寂に包まれ、それぞれの店では開店に向けての準備が粛々と行われている。
ギルドの食堂には食欲をそそる香りが充満し、真琴、煇の前にメイシアさんが食事を運ぶ。
こんがりと焼かれたパンに取れたての野菜のサラダ、そしてオレンジ色のスープ。
二人の向かいに座るメイシアさんとゲンツさんの席にも同じ献立が置かれ、俺の目の前には山盛りの生肉が用意された。
「これ、お腹壊すんじゃね....?」
この肉が何の肉かは分からないが、豚だったら加熱しないとやばい。
でも、俺の身体はもう人間じゃないし、大丈夫なのかな。ドラゴンが普段何を食べるかなんて知らないが、何故か目の前の生肉に魅力を感じる。
やっぱり肉食なのかね。
他人事のように生肉にかぶりつきながら、俺は今までの事を振り返る。
あれから俺たちは様々な
ヒールハーブのような採集依頼は勿論の事、畑仕事や店番など雑用依頼にも取り組んだ。
そのおかげもあってかメルロー村の人たちとはほとんど顔見知りになり、村を散歩していれば、
「あ、ヒカル君にマコトちゃんじゃない!こぉんなに立派なトウモロコシが取れたんだよぉ〜!持っていきぃ」
「おぅ、取れたての野菜で漬物作り過ぎちまってな...良かったら貰ってくれや」
「あなたたちから貰ったレッドベリーでケーキを作ってみました...食べてね」
色んなモノを差し入れで貰うまでの関係になった。
その度に真琴と煇が「いつもありがとうございます」とお礼を言うと、みんな一様に「この歳でそう言ってもらえると照れる、いつも街のためにありがとう」と嬉しそうにお礼を返してくる。
最近、村の人たちの表情が前より明るい。
メルロー村の経済状況も少しずつ改善されてきているとメイシアさんが話していた。
若者たち、つまりは俺たちのおかげという声が多いらしいが、それだけではないと思う。
その証拠に雑用依頼の数は以前よりもかなり減っている。つまり、
俺たちが村のために
きっかけは俺たちかもしれないが、これは村の人たちの力だ。その力のせいか近隣の村や街、国がメルロー村との貿易を望んで使者が送られてくるケースも多くなり、なかなか良い傾向になっている。
そして、俺は新たな力に気づいた。
レッドベリーの採集に行った時にとてつもなく高い所にそれがたくさんなっていたため、採集がとても困難だった。
煇が木を蹴飛ばしたり、真琴が木をユッサユッサと揺らしてみても全く効果はなし。
仕方ないから諦めようかと考えていた時、煇が
「ドラゴンのこの翼で飛べんじゃね?」
と俺の翼をつまみ上げた。
今まで全く気づかなかったのだが、俺の背中には翼が付いていたのだ。
「今まで使ってた所見た事ないですし...無理じゃないですか?」と真琴が怪訝そうに煇と俺を見つめていたが、ちょっとの練習ですぐに自在に飛べるようになった。
最初は数メートルとかだったのが、今では体力のつかない限りはずっと飛んでいられる。
無事にレッドベリー採集は終了し、俺たちは高い所の物を取るような
「お前ら、そろそろ討伐系の
ゲンツさんがスープをすすりながら、真琴と煇の顔を見つめる。
「でも筋肉がどうのこうのとか言ってなかったか?」
「お前らは数々の雑用依頼、そして体力の必要な採集依頼をこなしてきた...気づいてないかもしれねぇが筋肉は前よりもずっと付いてきている」
ま、俺には敵わねぇがなと軽く笑うゲンツさん。
思えばこの人も大分柔らかくなった。
ツンデレなのは相変わらずだけど、度々俺たちの目の前で笑顔を見せるようになっている。
この村に来たばかりじゃあり得なかった事だ。
「そろそろ戦えねぇと情けないったらありゃしねぇ...そこで今日は俺とメイシアが訓練をしてやる」
「そんな事言ってるけど、本当はあなたたちが村から出る時にいつも心配をしてたのよ。な、なあ、そろそろあいつらにも戦う術を教えてやらねぇとや、やばいよな?なあ?ってすっごく焦ってて」
「だ、黙ってろ!若者なんだから村のために戦うのは当然ってもんだろ!!」
「でも、心配してた、焦ってたの否定はしないのね」
メイシアさんがニコニコとゲンツさんの顔を覗き込み、ゲンツさんが「しまった」とばかりに顔をしかめ、食堂が笑いに包まれる。
「う、うるせぇ!!黙って食え...先行ってるぞ」
残りのパンを詰め込み、スープの一気飲みを果たしゲンツさんがギルドの食堂から出て行く。
それを見て、真琴と煇は一瞬、目を合わせ再び面白そうに笑いだし、自分の朝ご飯をかきこみ始めた。
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「魔法って言うのはね...使った分の対価が必要になるの」
場所はギルドの中の会議場。
メイシアさんが俺たちの目の前に立ち、魔法についての説明をしてくれている。
この後はゲンツさんが訓練場で剣術を教えてくれる予定だ。
「えぇ!?バンバン炎の玉とか出せるんじゃねぇの?」
この世界に魔法が存在すると聞き、煇は興奮しながら身を乗り出したが、それを聞いて目を見開く。
無制限に魔法が使えると思っていたのだろう。
そんなわけないと俺は考えていたが、だからと言って何が消費されるのかは全く見当がつかなかった。
RPGとかなら普通、魔法はMPとか魔力を消費して発動させるが、この世界はゲームではない。
元の世界でなくても、実在する世界なため、突然俺たちの頭上にMPゲージが出てきたりはしないのだ。
真琴も同じなのかメイシアさんの言葉に首を傾げている。
「そんな事は出来ないわ。魔法は無からは絶対に作り出すことは出来ないの。使う時には異常な空腹感が襲ってくる...つまりは身体のエネルギーが使われたりするのよ」
「何かしらの他のエネルギーを使って魔法を発動するという事ですか?」
真琴が手を挙げて尋ねると、メイシアさんが満足げに頷く。
「そう捉えてもらって構わないわ。魔法っていうのは食べ物から力を頂いて初めて使えるの。だから村の魔法を使える人たちは食べ物に感謝を忘れることはないわ」
メイシアさんの説明を聞いてふと思い出すのは腹が減っては戦は出来ぬという言葉だ。
腹が減ってたら何も出来ないんだなと改めて痛感した。身体は動かなくなるし、判断力は鈍るし、この世界では魔法も使えなくなるらしいからな。
「いただきますとかご馳走様とかですね」
「そうね。あなた達は偉いわ...魔法を使わない村の人はそんな事言わないのよ...食べ物は自分たちの努力で作ったものだ、感謝とか意味わからないってね」
この世界には食前、食後の挨拶の習慣がないのか。
これで俺たちがいただきますと言った時にゲンツさんが「お前ら、魔法使えんのか?」と訝しげにジロジロ見てきた理由の説明がつく。
「メイシアのおばちゃん、魔法って誰でも使えるのか?空腹じゃなきゃ」
「いえ、勿論空腹じゃお話にならないけど、魔法には適正ってものがあるわ。それを今からあなた達には確認してもらいたいと思うわ」
私と同じ事をしてみてとメイシアさんが目を閉じる。
そして、ゆっくりと両手を前に突き出す。
メイシアさんの目にギュッとシワがよるのと共に何かが現れる。
「こ、これは.....」
「あの時も見た気がすんぞ」
両手の前には赤い輝きを放つ魔法陣が一定の速度で回転をしていた。
大きさはメイシアさんの身体の大きさほどで表面には複雑な文様が刻まれている。
これを見るのは俺たちは初めてでない。
正しく言えば同じものではないが、転生する際に同じような魔法陣を見た。
あれは青い光を放っていて数え切れないほど浮かんでいたが、あれも魔法の一種なのだろうか。
そんな事を考えてるとメイシアさんが瞼を開き、両手を下ろす。
「これは魔法陣。魔法を発動するための重要なモノよ。エネルギーは身体の中から消費するけど、これがないとそれは魔法に変換されないの。適正のある人は大きさに差があっても魔法陣が出てくるけど、ない人は全く出てこないわ」
そう言って赤の魔法陣に手を触れると、パリンと音を立てて魔法陣が霧散する。
「さ、やってみて」
メイシアさんの声かけに真琴と煇が椅子から立ち上がる。
うーん、これってドラゴンでも出来るのかな。
取り敢えず暇だし、やってみるか。
「頭の中に魔法陣を思い浮かべて目を閉じる。そして両手を突き出してそのイメージを外に出す感じで力を込めれば出てくるはずよ」
真琴と煇がコクリと頷き、メイシアさんのさっきしていた動作を真似し始める。
俺もそれに合わせて目を閉じた。
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「ヒカル君は....ちょっとダメみたいね」
「うぇ!?いや、もうちょっとで....」
「適正のある人はそんなに苦労しなくても魔法陣は出せるのよ。残念だけど諦めるしかないわ」
「うぇ....」
必死に歯をくいしばる煇だったが、メイシアさんに肩を優しく叩かれ、しょんぼりと座り込む。
煇には魔法の適正がなかったらしい。
異世界に、そして魔法にも人一倍憧れの強かった煇としてはこれほどショックな事はないだろう。
「俺、何で生きてるのかな」とかブツブツ呟きながら負のオーラを纏う姿は哀れとしか言いようがない。
煇が落ち込むという夏に雪が降るくらい異様な現象が目前で起こっている。
そして、真琴は....
「ちょっと小さいですね」
「でも、適正はあるみたいよ。魔法陣は訓練することで大きく出来るから心配する事はないわ」
見事に両手に黄色の魔法陣を顕現させた。
ただ真琴の言っている通り大きさはメイシアさんのものと比べると半分以下くらい。
しかし、何はともあれ真琴は異世界で魔法デビューを決めたわけだ。
よく見ると煇の目に物凄い嫉妬がよぎっている。
人を殺してしまいそうなのでどうか誰も煇に凶器を渡さないでほしい。じゃないと惨劇が起こる。
まあ、こんな感じの結果に.....え、俺?
俺は.......。
「でも何と言っても」
メイシアさんがある一点を振り向く。
その視線の先にいるのは.....俺だった。
「あのドラゴンちゃん....私よりもヤバイわ。一番の適正の持ち主は間違いなくあの子よ」
メイシアさんが信じられないものを見たかのように唖然として固まる。
その表情には畏怖みたいなものが宿っていた。
そんなに大したことじゃないんだけどな...何か気づいたらポンポン出てきたし。
「ドラゴンでも出来るのに!?何で俺だけできないんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」
煇の悲しみの滲んだ叫びがギルド中にこだまする。
出勤してきたギルド職員がそれのせいで尻餅をついたとかつかなかったとか。
ガチャのドラゴン化はハズレですか? @tyousasimi
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