第3話 『食物連鎖って人間下すぎ!?』
遠吠えがこだまする。
それに複数の音が同調を示す。
俺たちは今、必死に駆けていた。
息はもう絶え絶えで慣れない体は悲鳴をあげる。
真琴と煇も俺ほどではないにしろ長時間の失踪による疲労が見え隠れしている。
背後には黒い毛並みの狼の群れが獰猛な瞳に
どうしてこうなったかと言えば。
普通に草原を歩いていたら、何か狼の群れと目がぴったりと合ってしまい、作り笑いを浮かべてひっそりと後ずさろうとしたが勿論許されず...こんな状況になっているのだ。
「はっー、この、ままだとぉ...狼の、ご飯に...なっちまうな!」
「ふ、ふざけてる場合ですか!そんなの、そんな、の....私嫌ですからぁ!」
刻々と迫る狼の群れを振り返りながら洒落にもならない事を口にする煇を真琴は涙目になりながらキッと睨みつける。
明らかに狼の群れの方がスピードが速いのでこのままだと追いつかれるのは時間の問題だ。
このままだと煇の言葉が現実になってしまう。
何とかしたい。
しかし、この状況を打開できるような方法は思いつかない。
でも、走り続けたところで結局は追いつかれるわけで....
「あっ、み、見ろ...よ!」
思案に浸っていた俺の意識は煇の叫び声によって戻された。
指差す方向に目を向けると、そこには舗装された小道が通っていた。
ここを通っていけば何処かしらの街に繋がってるのだろうか。
「誰か....い、いますね」
道の側には動物の皮のようなモノで作られた屋根のついた荷台を引いた馬車が止まっている。
黒馬と白馬の二頭の手綱を片手で握った御者は樽のような容器でゴクゴクと何かを飲んでいる。
どうやら長時間の運転に挟んだ休憩をしているようだ。
「あの人に...助けを、求めて...みましょう」
「ああ、このままだと、あのおっさんも追加、ご飯になるから...な」
真琴の提案に煇がコクリと頷く。
勿論、俺も同意の意を示すが気づかれなかった。
声をかけると御者は飲み物を傍のスタンドに置いて物珍しそうな目で俺たちをじっと見る。
「あ?あんたら見慣れない格好だな...一体、何の用...」
「助けてください!今、狼の群れに追われてるんです!!」
御者の言葉を遮るように真琴が切羽詰まった状況を口早に伝えると、御者がサッと顔色を変える。
「チッ、それは面倒だ....おい、あんたら!荷台に乗れ!!すぐに出発するぞ....ベイツ!」
「......了解した」
御者が荷台をバンバンと叩く。
お礼もそこそこに俺たちは荷台へと飛び乗った。
中の大半のスペースには大小様々な木箱が積み上げられていて、あまり広くない場所に長椅子が備え付けられていた。
その端に座っていた荷物番にお辞儀をして真琴、煇(俺は煇の膝の上)に腰をかける。
俺たちが椅子に座ったのを確認して、御者は手綱をしならせ馬車を発進させた。
次第に加速していく馬車は狼の群れをあっという間に置き去りにする。
後ろに目を向けるが、狼たちが追ってくる様子は無かった。
「ふぅ...ここまで来れば大丈夫だろう...あんたら怪我はないか?」
手綱を持つ手を緩めると馬車はどんどんと減速し、揺れも大分少なくなる。
それを確認して御者が心配そうに振り向いてきた。
「はい、大丈夫です」
「ああ、何とかな」
「そいつは良かった...あそこらへんはクラスタウルフの縄張りが多いからな、丸腰で行くなんてバカがやることだぞ?」
「クラスタウルフ....それがあの狼の名前ですか?」
真琴が首を傾げる。
聞いたこともない名前だ。
恐らく真琴もそう思っているのだろう。
明らかに地球に住んでいる狼の名前ではない。
「え、あんたら知らねぇのか?この辺りにいる奴らなら当然知ってるはずだが...あ、もしかして遠くから来たとかなのか?」
「まあ、はい。そんなところです」
遠くどころじゃない。
異世界から来たんだよなあ。
心の中でそんな事を思ってる俺を気にする事なく、御者が「それならその見慣れない格好も説明がつくな」と納得したように手をポンと叩く。
「んとな....クラスタウルフっていうのはあそこらへんは一帯を縄張りにしている魔物の事だ。単体じゃあそこまで強くないんだが...こいつらやたらと群れる習性があってな、群れれば群れるほど怖いくらいの連携を決めてきやがる。熟練の冒険者様でも一人じゃなかなか太刀打ち出来ないんじゃねぇかな」
御者の説明に思わず背筋が凍る。
煇は「へえ、すげぇな」と軽く笑っていたが、真琴は顔を真っ青にして震えている。
そんな魔物たち相手に俺たちは逃げていたのか。
戦おうなんて思わなくて本当に良かった。
「でも、それだったらおじさんも危険なんじゃねぇか?見た感じ武器も持ってなそうだしよぉ〜」
確かにあんなところで休憩するのは自殺行為だ。
自分でクラスタウルフの縄張りだって言ってたのにそこでわざわざ休憩するとか意味がわからない。
煇の問いかけに御者が高らかに笑う。
「セントでいいよ。何かおじさんって他人行儀だしな...で、あんたらの近くにいるでっかいおじさんは...」
「.....ベイズ、荷物番」
ボソッと真琴の隣の筋肉隆々の大男が呟く。
細めのセントさんと違ってどこか強そうなオーラが出ている。
「俺たち二人は行商をやってるんだ。あとさっきの疑問についてだが...まあ、そうだよな!あんなところでのほほんとリラックスしてるなんて行商がやる事じゃねぇ。でも、俺たちは別...何たってベイツがいるからな」
「.....そんなに期待されても困る」
セントさんが笑いかけると、ベイズさんはプイッと顔を背ける。
「どういう事なんですか?全く話が見えてこないんですけど...」
「こいつな....元実力派の傭兵なんだよ」
「「.....ああ」」
「......何で納得するんだ?」
だってこんな筋肉の持ち主だもの。
戦闘職と聞いたらなるほどねと思う。
続くセントさんの話によるとベイストさんはこの世界で随一の規模の傭兵団を率いていた元団長らしい。
雇うにはとんでもない金額が要求され、主に貴族や王族の護衛という重要な任務にも携わることが多い傭兵団でそのメンバーたちの実力は筋金入りだ。
しかし、その中でもベイズさんは別格。
剣、槍、弓、籠手、戦斧などあらゆる武器を使いこなし、バッサバッサと敵軍を薙ぎ払う様から『戦場の覇者』という二つ名まで付いたほどだ。
この人の前に立ったらまず命はないと思え。
世界中から恐れられ、そして敬われてきた団長は...
「ある日、突然傭兵をやめた。そして、今は俺と行商やってるわけだ」
「.......昔の話だ」
「こいつは素手でも魔物倒せるから。だから俺は安全ってわけ」
「.....素手ですか!?」
真琴が驚きの声をあげる。
俺も口をポカンとあげたままだった。
素手ってあの素手?
自分の手だけであんな魔物を倒すって事でしょ。
引退してもそれなんだから現役だったらどんな化け物なのだろう。
でも、そう考えると何で傭兵やめたんだろう。
体力の衰えとかが原因かと思っていたが今の話を聞く限りそういうわけでもなさそうだ。
まあ、人の事だしあまり詮索し過ぎるのは良くないか。
「.....流石にそれは時間かかる」
「でも倒せるんだな!スゲェー、マジスゲェー!」
「ははは!そうだろ、そうだろ?」
煇が目をキラキラと輝かせてベイズを称賛し、セントはそれを見て嬉しそうに笑みを浮かべる。
どことなくベイズさんの顔が赤いのは気のせいだろう。
「そういえば....あんた達、あんなところで何してたんだ?」
一頻り笑った後で、セントさんが尋ねる。
「実は....私たち街を探していて」
「街かぁ!この近くだと....街はないけど村ならあるぞ。良かったらそこで下ろしてやろうか?」
「....それがいい」
俺たちはセントさんたちの親切心に甘えることにした。
もうこの二人には頭が上がらないな。
************************
酪農村メルロー。
それが俺たちが行くことになる村の名だ。
大山脈、綺麗な川、広大な森など豊かな自然に囲まれた場所に位置するのがこの村である。
広大な森を少し切り開いて畑や牧場を作り、畑では色とりどりの野菜や果物が実り、牧場では美味しいミルクを出す動物たちがのびのびと暮らしている。
小さな村であるために村の人達の結びつきが強く、困った時にはお互い様という助け合いの精神が成り立っている。
しかし、この村には重要な問題がある。
少子高齢化という俺たちが生きていた日本でも度々問題視されてきた事である。
若者たちはより良い収入、仕事、生活を求めて大都市へと移り住む。
若者たちがいない為、村に子供は生まれず、結果的に残る昔からこの地で生活してきた高齢者だけになってしまう。
更に若者たちという労働人口を失い、それでも何とか高齢者の方々が頑張ってはいるが、あまり裕福とはいえないのが現状である。
「そんな村だから、あんたらみたいな若者が行ったら活気付くと思うぜ」
セントさんはそう言っていたが...果たして俺たちが言ったところでどうにかなる問題なのか。
まあ、別にその村の為に俺たちがそこに行くわけじゃないからあまり気にしなくていいかな。
あくまでも目的としては自分たちのためだし。
「おっ、そろそろ見えてきたぞ」
荷台から顔を飛び出すと、木製の簡素な造りの門を構える村が見えてくる。
馬車が門に近づくと門番の衛兵が近くに寄ってくる。
「本日はどのようなご用件で?商業の関係なら代表者を通しますが...」
「いや、今日は違うんだ。この二人と....一匹を村に入れてやってくれ」
セントさんが荷台の方を示すと、衛兵はそこに座る俺たちを見て頷く。
「わかりました。では私がご案内しましょう」
「おう、悪いな」
「いえいえ、いつもセントさん達にはお世話になっているんで...」
セントさん達はこの村と何らかの繋がりがあるらしい。
衛兵は感謝の意を示しながら、快く案内を引き受けてくれた。
軽く身支度を整え、俺たちは荷台から降りる。
「じゃあ、俺たちはちょっと用があるからもう行くぜ」
「はい、ありがとうございました」
「助かったぜ」
「ありがとう!(ガゥガゥゥゥゥウウウ!)」
改めてお礼を言うと、セントさん達は手を振りながら山脈の方に繋がる道へと消えていった。
「さて、それではご案内します」
衛兵の声に振り向き、俺たちはメルロー村の門へと歩みを進めた。
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