第2話 『草はサラダ感覚で意外といける』
噎せ返るような草の匂いが鼻をくすぐる。
瞼を開くとそこはどこまでも続くように広大な草原だった。
さっきまでいた部屋とはまるで異なる景色に俺は無事に転生出来た事を理解した。
周りを見渡してみると木が数本あったが、人が住んでいるような街は見当たらない。
「本当ならスキルの確認...といきたいところなんだが、まずは情報収集だよな」
まだこの世界については何も知らないし、金も食料もないからそこら辺の問題もどうにかしなくてはならない。
スキルの確認はそれが済んでからでも遅くないだろう。
とりあえず適当な方向へと向かおうとした瞬間、急に身体全体に違和感が走った。
何だろう、自分の身体なはずなのに自分の体でないみたいだ。
まるで全く別の生き物の身体を操ってるような感覚。
「そんなわけないよな...」
転生したばかりで身体が慣れていないのだろう。
そう自分に言い聞かせながらも念のため手のひらに目を落とす。
そこにはいつも見慣れた肌色の手のひら
「うぇ!?」
は無かった。
肌は赤光りする鱗でぴったりと覆われていて、指の先には大きく鋭い爪が生えている。
この爪でなら包丁なしでも果物とか野菜とかが切れそうだ。
凄い、めっちゃ便利.....!
「.....って!そうじゃねぇだろ!?」
試しに指を動かそうとすると思った通りに赤い指が動く。
これでこの手が俺でない別の生物のモノという可能性は無くなったことになる。
身体のあらゆる所を見てみるが、同じように鱗で覆われた脚、腕とかがあるだけ。
これが人というならただのバケモノだ。
こうなってしまった原因であり得るのは...
「まさかこれが俺のスキルとか言わないよな!?」
当たり、外れ以前の前にこれは無くない...?
もう俺の面影ないじゃん。
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「はあ、はあ、これは....思ったよりキツイな」
草の上にゴロリと寝そべり仰向けになる。
あれから俺は色々な事を試してみた。
慣れない身体だったからか体力の消費は元の世界の数倍激しかったが、いくつかわかった事もあった。
まず、身体が思った以上に動きづらい。
手と足を地面につける、つまり四足歩行じゃないと安定せず、つい前世の癖で足だけで走り出そうとするとすぐにバランスを崩し、頭を強打する。
普段は四足で移動することなんてないので、あらゆる所が筋肉痛になって正直キツい。
そして、人間とのコミュニケーションが一切取れない。
通りかかる行商達や冒険者の一行に話しかけてみたが、行商達は俺を見て一目散に逃げ出し、冒険者の一行は俺を倒そうと追いかけてきた。
逃げてる最中にも話を試みようとしたのだが、
「ほぉー?トカゲ如きが俺様を威嚇するとはいい度胸じゃねぇか!!いいぜ、やってやる」
と全く意味がないどころか逆効果だった。
何とか上手く撒いて今に至るわけだが.....
「もうこんな状態じゃ絶対走れないし...人間との対話は諦めた方が良さそうか。そして出来ればもうあんま会いたくない...」
まさかこの世界に来て人間恐怖症になるとは思わなかった。
姿を見て悲鳴をあげられるのもメンタルに結構くるし、ましてや血走った目で追いかけられる時は本気で死を覚悟した。
これじゃあ元の世界に帰るどころか異世界で平穏に過ごすことすら出来ないじゃないか...。
グゥゥゥゥゥ
「腹、減ったな....」
逃げ回ってる間は気がつかなかった強烈な空腹感に襲われる。
あんなに必死で走ったのだから無理もないだろう。
何とか腹を満たせないかと周りの木を見上げてみるが、木の実のようなものは一切なっておらず葉が風に揺られて音を立てているだけだった。
カレーライスとかハンバーガーとかがその辺に落ちてるなんて異世界だからといって流石にないだろうし...いや、あったらあったで嬉しいんだけどね。
となると、あと食べれそうなものと言えば、
「....草でも食べてみるか?」
人間だったらその辺の草を食べるなんて考えもしないだろう。
ただ納得はしてないが、俺はもう人間じゃないのは確定だから足元に生える草も美味しく頂けるかもしれない。
正直、あまり気乗りはしなかったが空腹に耐えられず、俺は目の前にあった草を齧った。
...............。
うん、思ったより悪くはない。
苦味の中にもほのかに甘みがあって生野菜のようなシャキシャキ感もある。
しかし....何となく物足りない。
これだけじゃお腹が満たされないというのもそうなのだが、それだけじゃなくて....とにかく肉が食べたい。
確かにステーキとか唐揚げとかは好きだがここまで肉を渇望したのは初めてだ。
これもこの姿に転生したのと関係があるのだろうか...
「!?」
ガサリと草が擦れる音が響く。
その発生原は....俺の後ろ!
俺が素早く振り向くとそこにいたのは、
「なあ、マコトよぉ....ここって異世界なんだよな?」
「ええ、女神様はそう言ってましたね」
そこには二人の人間がいた。
一人は白いTシャツ_____体操着と短パンを身につけ、前髪をワックスを付けたように立たせ、快活そうな印象の少年。程よく筋肉のついた身体つきから運動が得意そうなオーラが出ている。
そしてもう一人はゆったりとしたシンプルな黒ジャージ。銀縁の細い眼鏡から覗く凛とした透き通るような茶色の瞳からは彼女の聡明さが滲み出ていて、短く切り揃えられたショートカットの髪がとてもよく似合っていた。
おい、マジかよ....。
俺はこの二人に見覚えがあった。いや、見覚えのあるどころではない。だってこの二人は...
「なのに全然異世界っぽいとこがないじゃん!エルフとかドラゴンとか出てくると思ってたのに....」
「煇君、異世界だからと言って全部が煇君の想像してるようなファンタジーな世界じゃないと思いますよ?それにこんなところでドラゴンなんか出てきた時には確実にご飯に...」
「あっ、ドラゴンだ!!!」
「嘘ですよね!?嘘だと言ってください!!!」
呆然とする俺を他所に少年は俺(あちらはドラゴンだと思っている)に気づき目を輝かせ、少女の方は「フラグ建てちゃったんですか...私のバカ」とブツブツと呟きながら顔をサッと青くしてガタガタと震えていた。
************************
俺たち三人は幼馴染だ。
小学校の頃から母親同士の付き合いがあって俺たちも会う機会が多かった。
思えばこの頃はまだ母親は今ほど忙しくなかったな。
前髪をその時も立たせていたやんちゃな少年の神林煇、その頃はまだ髪が長く今より大人しかった少女の針谷真琴、そして俺。
性格はまるで違ったが何故か不思議な程にすぐに仲良くなった。
多分、学校とかで普通にあったら結びつくことはなかった気がする。
毎週一日は誰かの家に集まってテレビゲームしたり、漫画を読んだり....たまには外でサッカーしたりしてた。その時にスパイス同盟なるものを結成していたんだが、これは別の話だ。
中学校へと進学し、部活とか勉強とかで忙しくなったため小学生の時ほど遊ぶことはなくなったが、予定が合った時にはカラオケや映画に行ったりしてた。
そんな楽しい時が続くと思っていたが...結果としてそれは叶わなかった。
林間学校。
近場の山を登って夜はキャンプファイヤーを囲んで踊るみたいなイベント。
二泊三日という事でしおりに禁止と書かれている携帯ゲーム機を持ち込んだり、スマホを持ってたりする奴もいたらしい。(何人かバスで没収されてた)
登山を終えた一日目の夜に同部屋の煇が林間学校を抜け出そうと提案をしてきた。
やっちゃいけないことをするスリルとかたまんねぇじゃん的な誘いを受けていたがそこで断っとくべきだったな。
しかし、俺も林間学校に飽き飽きしてたので了承してしまった。
真琴は基本真面目なので少し躊躇っていたが、俺と煇がいるという事で結果的に女子部屋から飛び出してきた。
その時に、
「マコト〜、堂々と二股とはやるねぇ」
「先生には黙っておいてあげるから...あとで話を詳しく...ね?」
「.....真面目の皮を被ったビッチ?」
「そんなんじゃないですってぇぇぇぇぇ!?」
他の女子たちにニヤニヤとそんな事を言われて顔を真っ赤にしていた。
男子二人と出かけるんだから誤解を招くのも仕方ないと思って説明してやろうと思ったが、真琴に「余計面倒くさくなるからやめて!」と耳元で囁かれたのでそのままにすることにした。
本当に良かったんだろうか。
先生たちが大広間で宴会を開いていたので巡回の先生はいなく、結構簡単に抜け出せた。
そして、せっかくだから真夜中の山の散策をしようって事で歩いていたら.....死んだのだ。
女神様が言うにはそこら一帯には土砂災害注意報が出ていたそうだ。
何でも前日までの大雨による地盤の緩みが原因らしく、先生も放送で注意喚起をしたようだがちょうど昼食の時間で騒がしく上手く伝わっていなかった。
そういうのは直接伝えるべきじゃね?とは思ったが、林間学校を抜け出した俺たちが悪いので何とも言えない。
二人のことを忘れていたわけではなく、その場にいなかったため奇跡的に一命を取り留めたのかと納得していたがそう言う事ではなかったらしい。
異世界で一人きりじゃなかった安心感が半分、二人が死んでしまった悲しみで複雑な心情だ。
まあ、そんな事を気にしてる場合じゃない。
「これ、ドラゴンなんですか?ちょっと大きめのトカゲにしか見えないんですけど」
「何言ってんだよ、こいつは間違いなくドラゴンだ!」
「根拠はあるんですか?」
「何となく!」
「.....ですよね」
清々しい笑顔でサムズアップする煇に呆れたように真琴が溜息をつく。
さて、どうやって二人に俺と気づいてもらおうか。
コミュニケーションが取れないのは行商や冒険者の件で実証済みだ。
煇と真琴も例外ではないだろう。
しかし、このままだと俺は異世界でぼっちになる。
草を食べ続けるわけにはいかないし、またいつ冒険者どもに駆逐されるかわからない。
「何としても気づいてもらわなきゃな....でも、どうすれば....」
「ドラゴンに出会ったんだ!これはもう触るっきゃない!!」
俺がそんな事を考えていると煇がヒョイと俺を胸に抱えた。
目線が上がり、人間だった時と同じような高さになって少しだけ懐かしさを覚える。
この姿だと結構目線低いんだよな。
「何やってるんですか!?危ないですよ、ほら!さっさと下ろしてください!!凶暴かもしれないし毒があるかもしれませんよ!」
毒なんてないし、さっき遭遇した冒険者の方がよっぽど凶暴だよ。
「マコトよ、こいつ...安全だぜ」
「は?....何言ってる....っ!?」
煇が俺の瞳を覗き込んでくる。
その表情はいつになく真剣でふざけた様子は一切見られない。
それに気づいたのか口を挟もうとした真琴もあまりの変容に口をつぐむ。
な、何なんだ?まさか....こいつ、俺に気づいた?
「おいおい、この感覚わからねぇか?ビシビシ伝わってくるこのオーラが!」
あり得ない。こいつは正真正銘のバカだ。
テストはいつも赤点だし、奇想天外な行動ばかりするし、真琴と違って頭の良い部分は微塵もない。
でも、煇は分かっているんだろう。
俺の気づいて欲しいという気持ちを感覚、そしてオーラとして感じ取ったのだろう。
まさかそんなチート能力が!?
「わ、わかりませんね。わからないので....どうしてそう思ったのか教えて、もらえませんか」
驚愕に満ちた表情で真琴は静かに尋ねる。
煇に何かを教わる日が来るなんて思ってもいなかったんだろう。
大丈夫だ、俺も思ってなかった。
そんな事を考える俺たちを気にする事なく煇は得意げに胸を張って告げる。
「それは.....何となく安全な気がするからだ!」
「ええ!?.........え?」
清々しいほどの笑顔に真琴がズコッとこける。
なるほど、こいつ.......
「「何も分かってないじゃん!?」」
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この後、俺は何とか街を探しに歩き去ろうとする幼馴染についていった結果、襲ってくる様子もなさそう(実際そんな事するつもりはない)と真琴が判断し、
気にしないでおこうという結論になったらしい。
でも、煇は目をキラキラ輝かせて俺を抱きかかえたり撫でたりとしてきた。
その危機感の無さに真琴が怒り、煇が「大丈夫だよ、な?」と俺に笑いかけるみたいなのの繰り返し。
「はあ、そういえば....龍也君はどうしたんでしょうね」
何度怒っても、全く意に介さない煇に諦めたように溜息をつき、ふと思い出したかのように呟く。
俺ってその程度の存在なのかよ!?
普通は最初に気づいて探したりとかしないの?
「あー、タツヤな...てっきり異世界に行ったらすぐに合流出来ると思ってたぜ」
「私もそう思ってました。女神様も心配しなくても大丈夫と言っていましたしね」
心配なくないよ。
どうやって煇と真琴に俺だって気づいて貰えばいいんだよ。
このままだと二人の中で俺はずっと行方不明者になっちゃうんだけど...実はこんなに近くにいるのに。
真琴が唇に指を当て、うーんと少し考え込んだ後に続ける。
「考えられるのは...何処かこの世界の別の場所に転生してしまっているとかですかね」
「あるいはこのドラゴンがタツヤだったりしてな!」
「ふふふ....まさか」
煇が俺に目を向けてそう言うと真琴は面白そうに口元を緩める。
「本当なんだよな.....」
呟きは誰にも届く事なく、虚空に消える。
すぐ近くに大切な幼馴染がいるのは確かだ。
でも、その距離は近いようでとても遠い気がした。
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