ソラ

知世

第1話


空に溶けて見えないものがある

それでもここにあるんだって知った

いなくなったりしないんだ

そう信じられる自分でいたいから






毎月生理のたびにパンツから剥がしたナプキンの血の重みにとぞっとする

毎月1週間血がだらだら出続けても人間はふつうに生きていけるのだ


さて、血がにじむような努力をして傷をつけ、痛みに耐え、湯船に入れた左手首からは文字通り血がにじむだけだった。


私が健康に生きている女だということを毎月律儀に伝えてくる大量の血と

死にたいという不健康な願いから出た一滴の血

その皮肉にふふふと笑えてくる。


どおりで死ねない訳である。


ちゃぷちゃぷとかき混ぜると血は見えなくなった


血の溶けたお湯。一見普通のお湯に見えるけど、ここが海だったらホオジロザメが駆けつけて、私を食い殺してくれるだろう。でも痛いのは嫌だな。手を動かして死ぬには浅すぎたらしい傷口を、ぱくぱく開け閉めしながら思う。


諦めて浴槽から出てシャワーの栓をひねって

シャンプーのボトルを押して泡立てる


今思いついた、睡眠薬を飲んでからお風呂で溺死っていうのは?あーでも暑くていやだな、季節にあってないわ。蒸されて死んじゃう、いや死にたいんだけど。

もっと手軽に痛みもなく死ねないものかね

こう、次の瞬間寝てるみたいな





この間処方されている睡眠剤1週間分を飲んだ。


午後の記憶がないだけで普通に覚めてしまった


そんなことじゃ死ねないのはわかっていたし、死にたいのも本当だった


先生は母親への当てつけで飲んだと言っていた。この期に及んで母親に甘えているのだろうか。何かが違う気もするけれど。


というか先生?ああそうだ病院


確かにオーバドーズしてでろでろになりながら病院にいったはず、なのにいつの話かわからない

「誰かに当てつけるような薬の飲みかたをすると、入院はできません。」先生はそんなことを言っていた。椅子に座ってられなくてズルズル落ちた私を母親が直していた

昨日の話だろうか?「薬のせいで何にも覚えてらんないんだから医者に来たってなんの意味もない」って言ったら「心の交流が大事」なんて言われちゃって、自分が言った通り何にも覚えていないはずなのに、断片的に覚えてることがそれっていう私は心底馬鹿だと思う。先生に何を求めてるんだろう期待したって何か返ってくることなんてないのに。


足がどう頑張ってもぐにゃんぐにゃんで、階段を降りるとき「危ない!」とかなんとか言って父親が手をつかんできたから父親も一緒だったんだろう

そのあと支えようとした母親の腕を振り払ったことをなぜか覚えている


もうあやふやになる記憶たち


そうだ、わたしの死にたい攻撃に母が「彩香ちゃんはそんなことする子じゃありません。わたしがよくわかってるから」と言ったんだ、思い出した。そのセリフに従って「そんなこと」をしたんだった。つまり集めておいた睡眠剤を飲んだのだ。完全なる当て付けである。「そんなに死にたいなら何もかも売り払ってお母さんと世界1周してから一緒に死のう」

とも言っていた。がめつい母親。気色悪い。


もうろうとして風呂の中で沈んでいると、下から掃除機の音がする

多分私が切れてコップを投げ散らかしたのを片付けているのだろう

今日は何個割ったんだっけ?


わからないほど割った自分に、後始末してもらってる子供な自分に、


呆れて死にたい


気分が悪い


ああ死にたい息を吸って吐くように


死にたい


死にたい


体を洗ってからのろのろと風呂から上がって風呂の後は水分補給という母親に黙って従って母の監視の元適量の睡眠薬を飲んで意味の含まれない4文字を吐いて


布団に入る


切り刻まれたスカートと破られた英語の教科書とジャキジャキのカーペットの上で寝るしかないことに腹がたつ


どうして私は私と一緒に一生暮らさなければいけないんだろう


「ちょっと距離を置きたい」「別の部屋に行って」だなんて私のセリフだ


私もいつも思ってるよ、けど


私は私と距離が置けないんだよ


ああ生まれて来なければ死ぬ方法なんてめんどくさいことも考えずに済んで


そんなことを考える自分と死ぬまで一緒にいなければいけないと思うと吐き気がする


憎しみも

苦しみも

卑しさも

悲しみも


感じなければいいのに

そんなことしか感じられない自分なんかいらない


やっぱり私はこの世の中に不適合を起こしていて死んだほうが世のため人の為自分の為である


でも


夢の中でくらい都合の良い展開で幸せになれればいいのに

そうじゃないなら意識のない暗闇で休ませてくれればいいのに

こんなふうに暴れた後はいつも同じ夢を見る




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