第3話「思い出話」

 荷物を抱えて。

 俺はゆっくりではあるが街道をつたって歩いていた。


 道中、竹に酷似している植物を見つけた。

 マイバッグに入れておいたサバイバルグッズが、ここで活きた。

 マイバッグといっても米運搬用のミリタリーリュックなのだ。

 そういうアイテムを入れておく場所は多い。


 購入した頃に流行っていたソロキャンプの計画が立ち消えして。

 そのうちに米の運搬用に格下げされた黒歴史を持つバッグだ。

 サバイバルグッズも、そのときの名残だった。


 十得ナイフの鋸で、竹もどきの一部を切り出す。

 2メートルほどの長さ、直径3センチほどの杖が出来た。

 使わないで済むことを祈りながら、先端を尖らせて竹やりにした。

 杖としては、かなり移動が楽になり。

 槍としては、だいぶ気分が落ち着いた。


 そうだよな、これも衣食住のうちの住。

 安全安心な住居の確保に関するからな。


 そう思うと、人間、欲が出るものだ。

 投てき武器にするために、小石を集めた。

 しかし、すぐ重荷となって、数個を残して投棄することになった。

 備えあれば憂いなしというが、移動の足枷になっては意味がない。

 もっとも、ただで起きたくはなかったので。

 廃棄する分で、十分に投石の練習をしてやった。


 こんな状況で、だれが見ているわけでもないのだということに気が付いて。

 何かしら出来ることは、とにかく何でもやってみた。

 歩いたり走ったり飛んでみたり伏せてみたり。

 そうしているうちに多少は、環境や状況に適応した気分になって。

 俺はパニック状態から回復し、そしてここまで、移動を続けることが出来た。


 半ばやけっぱちだったのは、否定しない。


 2時間ほどが過ぎたのだろうか。

 引き続き、俺は森の中にいた。

 街道の向こう側は、ゆるい右カーブになっている。

 俺が歩いて来た側を振り返ってみると、同じようなカーブになっていた。

 この場所を上空から見れば、ゆったりと「S」の文字を描いているのだろう。

 馬車の高速走行を考えて、カーブの半径を大きめにしているのかもしれない。


 この街道は、人気が無いとはいえ、しっかりした手入れ具合だった。

 道に沿っての木々の密度は少なくされており、また下枝も払われている。

 そのおかげで、道から森に対して、そこそこの見通しが得られている。

 以前まではよく使われていたという表現がしっくりとくる、そんな様子だった。

 交通量があったときは、さぞやにぎやかだったに違いない。


 地面自体には斜度がほとんどない。

 平坦が、しばらく続くのだと思われる。

 出来ることならどこか高台に上がって、周囲を見まわしたい。

 もしも人里があるのなら、せめて方向だけでも知りたいところだ。


 木に登ってみようか?

 しかし見てみると、森の木々は高いところまで青葉を茂らせていた。

 どの樹木も生態が似通っているのか、同じような高さで育っている。

 一本だけ、極めて突出している…という木が見つからない。

 この状態では、どの木に登っても枝葉の天井を突破できないだろう。

 つまり、高い所から周囲を見渡すことはできない。


 俺はいったん木登りを断念した。

 あせったらダメだ。

 そういう時にあせって、裏目を引いた人生だったじゃないか。

 そう思って、俺は日の上った方向に向け、街道を歩き続ける。


 延々と続く道を歩き続けて。

 そしてこういう状況でなければ、暖かい風に包まれた道のりは心地よく。

 いつしか俺は陶然となりながら、自分の半生を振り返っていた。


 あまり考えたくはないが、そろそろ、心の闇は払っておくべきだろう。

 正直に、今の心境を述べれば。

 異世界に放り込まれたというこの現状に対して、俺は自分を、不快に感じていた。


 俺は、人生に絶望していた。

 幼いころから良かれと思ってやったことで苦労をしょい込み。

 大丈夫だろうと思った判断で失敗してきた。

 何もかもお前が悪いのだと言われて、はいそうですと即答できる位には病んだ。

 病んだからと言って誰にも相談できず。

 そして爪はじきにされては、職を転々としてきた。


 俺はもうつくづく、人生が嫌になっていたのだ。

 だからだろう。

 異世界なんぞに放り込まれるという目に遭ったのは。

 元の世界からさえ、爪はじきにされたのかもしれない。


 そこまではまだいいが。

 うだつの上がらないままに、異世界に放り込まれて。

 そんな俺が、一番すっきりとしないことは。


 あの世界から出て行くことが出来たという安心感。

 もう、あの世界の中で苦しまないでいいのだという安堵感。


 そういう消極的な快感が、とても嬉しいことである。


 言葉に言い表せない、暗い喜び、濁った悦び。

 顔を上にあげられない、明らかな敗北感。

 それらが、俺を一斉に攻め立てているような気がした。

 歩みを続けられているのは、それでも生き延びたいという一心だ。


 『追い詰められて、世界から追い出されて、プライドはないのか』

 『逃避できて結構な話じゃないか、殺されたわけじゃない』

 『異世界に送られて、それで何かが解決したのか』

 『あとどれだけかもわからない人生だ、好きにさせろよ』

 『それでいいのかよ、俺』

 『なにが悪いんだよ、俺』


 色々と心中に矛盾を抱えて、それもまた不快だった。

 

 家族はとうの昔に失った。

 元の世界にもこの異世界にも、思い残すことはない。

 そうすれば今こうしているということは、人生のエピローグなのかも。

 最後の旅行というか、エンディングというか。

 若干、寿命が延びたか縮んだかという話で締めておこうか。

 自虐的に、そううそぶいてみる。

 とりあえずこう締めくくっておけば、いつも通りに、少しは気が楽になる。

 今度こそ、現実逃避という奴だった。


「…褒められたものじゃないんだがな」

『…褒められたものじゃないんですよ』


 ん?

 だれかが俺にかぶせて何か言った、か…?

 周囲を見回したが、誰もいない。


 気のせいか。

 まあよかろう。

 とにかく歩こう。


 矛盾だらけで、それでも歩いていく俺。

 案外と、図太いのかもしれなかった。 

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