うだつの上がらなかった俺がとうとう異世界送りとなった。もう遠慮しない。

綿苗のたり

第1話「異世界転移」

 まさか、自分が異世界に転移するとは思っていなかった。


 気が付くと、俺は仰向けに倒れていた。

 生い茂った草むらの匂いがする。

 視線を動かしてみると、草と草の間に、木々が見えた。

 田舎の実家の裏手に防砂林がある。

 そこで遊んでいたときの記憶と、酷似した状況であった。


 時間はと空を見れば、夜が白んできたころだった。

 眼に飛び込んでくる光源は、大きな星が3つ。

 明るくはあるが、太陽の光量ではない。

 月が3つある、と言えば分かってもらえるだろう。


 数秒後にはもう、自分に何が起きているのかを理解していた。

 どこだここはと思うより先に、3つの月を見た俺の心が理解していた。

 これは俺が生まれた世界ではない。

 そして俺は、俺のいた世界からここに運ばれたのだということを。


 いきなり起き上がることはしない。

 両手両足をゆっくり動かし、動作を確認する。

 その場で、仰向けからうつぶせに体を回転させる。

 そして腕立ての要領で、ゆっくりと体を起こしていく。

 体のどこからも、痛みや軋みなどの不具合は伝わらない。

 とりあえず、けがなどはない様子だ。


 そう感じて安心した直後、体全体を違和感が襲った。


『服の寸法が…合っていない?』


 そんな訳がないだろう。

 スポーツ用のアンダーシャツにカーゴパンツ、そして木綿のシャツ。

 着ている物は、先ほどアパートに戻って来た時と変わらないのだから。


 しかし、体からの違和感は正直である。

 シャツの袖は多少、そしてカーゴパンツは股下が確かに長い。

 意を決して自分の手足を見てみれば、違和感の原因はすぐに判明した。


 俺自体の体形が変わっていたのである。


 これは。

 この体は。

 俺が15~16歳だった時のそれだ。

 30年も前の、あの何だって出来た頃の体だ。

 年がら年中感じている、体のけだるさがない。

 逆に、体の奥からわきあがってくる若々しさを、いやがおうにも感じる。

 間違いなく、俺は若返っている。

 世界もさることながら、それ以前に、俺自身が変わってしまっていた。


 いよいよ理解の範疇を超えそうな状況だ。

 だが今、それをどうこうと悩んでいてもしょうがない。

 そう思いなおして、俺はまず衣服を何とかしようと試みる。


 シャツは、裾を前結びにしてウェストを調整する。

 カーゴパンツは、裾とウェストをパンツに付帯しているベルトで締め付けた。

 虫などの侵入除けに、靴下の中に裾を入れる。

 見た目は少しよくないが、誰が見ているわけでもない。

 サイズ調整用のギミックが色々と付いているパンツでよかった。

 靴のサイズが、昔と今とであまり変わらなかったのも僥倖だ。

 奮発して買ったトレッキングシューズのフィット感に、少し安心する。


 よし、いける。


 何とか身なりを整える事が出来た。

 姿見を見ることが出来たなら、夏休みキャンプの子供が映っているのだろう。

 もっとも、手持ちに何もないから、鏡などで確認することはできない。


 そう思った瞬間に、次の問題が発生した。


『手持ちに何もない』


 心が硬直した。

 もう一度、ざあっと音がして。

 もう一度、木々の間を風が吹き抜けていった。

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