第27話 リンドウの罪と罰④
翼がリンをつけまわすかのように行動していたのには、理由があった。時は朝食後、リンは報セに
「明日、私が鹿毛馬市に入る時に一緒にくればいいわ。ちょうど仕事があるのよ」
とそう言ったのだ。
リンはなんの仕事をしているんだ、と尋ねようとして、翼はふと思ったのだ。わざわざ『仕事』とぼかしているのだから、素直に尋ねても、年齢と同じようにはぐらかされるのではないか。
曜日の間隔が曖昧になってはいるが、昨日は休日ではなかった。少なくともリンは毎日通う仕事をしているわけではないのだ。もしかして仕事ではないのでは? 例えば、恋人と逢い引きとか。
翼の発想は氷上帝国の十三歳男児としては、さほど突飛なものではない。十八歳で成人し、二十代前半には結婚をするのが一般的な氷上帝国において、リンは家族がいてもおかしくない歳である、ように見うけられる。
翼の母親は十八歳で親の決めた許嫁と結婚しているが、婿をとり家を存続させるためにその相手とは離婚をして、再婚後、兄の鷹目を生んだ。翼の母親のように親や家の都合で結婚をするのは当たり前、というのが一昔前の氷上帝国の現状であった。
その一方で最近では職業婦人の台頭や、徴兵令の改正で女性も徴兵されるようになり、従来の結婚の形は時代にそぐわないものにもなっている。
翼の母親のように結婚してその家の奥様になるには、嫁いだ家にある程度の収入がなければならない。氷上帝国は菱の島の内戦状態からもわかる通り、経済も政治も混乱しており、豊かな者は一握り。親も許嫁を見つけることが難しい。誰だろうと働かなければ生きていけないし、徴兵されるかもしれない以上若い時代は誰にだって貴重なもので、性格もわからない許嫁と結婚して浪費するのは損である。
その影響か恋愛結婚がもてはやされていて、恋人達が親の目を盗んで、または親の黙認のもと逢い引きするのは、よくあることになっている。翼が逢い引きを疑ったのは、リンにもそういう恋人がいて、治安が安定したら結婚でも考えているのではないか、と推測したからである。
翼はいるかどうかもわからないリンの恋人を想像して、悶々とした。リンが惚れるんだから、好い男なんだろうな。いや。好い男が若い女一人でこんな山奥に住まわせるはずがない。
「今は世の中がこんなだし、仕事も忙しいけど、いつか君を幸せにしたいと思っている」
とかなんとか、気障ったらしい甘ったるいこと囁いて、うまいこと丸め込んでるに決まってるんだ。そういうこと言う奴に限って、仕事も大してしてないんだ。けっ。
げに恐ろしきは思春期の妄想力。翼の頭の中ではすっかり、リンは不実な恋人に悩まされていることになっている。
どうにかして、その男の尻尾を掴んでやろるべく、翼はリンから情報を引き出そうとしていたのである。
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