第24話 リンドウの罪と罰①
翌朝、翼はまた無線放送の声で目を覚ました。低気圧は北上を続けているらしい。
リンは今朝は歌ってはいなかった。内心楽しみにしていた翼は残念に思った。
リンは髪を下ろして、顔まわりだけ編み込みをしている。着ているのは群青に白い鳥の描かれた一揃えの着物。昨日と同じように洗濯物を干している。
話しかけようとして目があった。リンは高く手を挙げて、翼に向かって手を振った。着物の袖が捲れて一瞬だけ二の腕が見えた。
リンの顔が強張った。
リンは唇に手を当て、手招きをした。翼は黙ってリンのいる庭に向かった。なるべく表情を変えないように、気をつけて。
リンの二の腕は、翼の見間違えでなければ、空のような青色をしていた。
この世界には三つの人種がある。褐色人種、青色人種、緑色人種の三つである。同じ人種であっても肌の色には幅がある。例えば翼の肌の色は小麦色で、一般的に褐色と呼ばれる色ではないが、翼は歴とした褐色人種である。
褐色人種はもっとも小柄で、緑色人種がもっとも大柄である。緑色人種は大柄であるだけでなく、身体能力も非常に優れている。文明が最も発達しているのは青色人種である。思い石が爆発的に使用されるようになったのは、青色人種の技術によるものだ。この世界を率いているのは青色人種といえる。緑色人種は早くからその技術を取り入れたが、氷上帝国をはじめとする褐色人種の治める国々は遅れをとった。大雑把にいって北方の島々に褐色人種、中央の大陸に青色人種、南方の大陸に緑色人種が住んでいる。
昔から褐色人種が大半を占め、排他的な土地柄であった氷上帝国では、他の人種をまとめてアオ公と呼んで忌み嫌っていた。青の民、という呼び方も彼らの宗教の色だけでなく、お前たちは俺達とは違う、という意味も込められた呼び方なのである。しかしながら青色人種が世界の覇権を握るべく、大陸を出て氷上帝国の近くに進出してくると、その圧倒的な文明の力に恐れをなし、他人種が忌み嫌われることは表面上なくなった。今ではアオ公と言えば青の民の蔑称である。
しばらくは二人とも黙っていたが、リンから口を開いた。
「驚いたでしょう?」
「……リンは外国人なの?」
「いいえ。他の人種との混血児の中には、稀にだけど、私のように肌が斑になる人がいるらしいの」
「本当に混血なのかはわかないけどね。両親に会ったことがないから。私、捨て子だったの」
遠い目をして、リンは簡単に身の上話を始めた。
「私を拾って育ててくれた人は、自分の子どもを亡くしてたから、私のことをその子どもの忘れ形見だと思って育ててくれた。三年前に亡くなったけどね。そのおばあちゃんが、変わり者だったのよ。妙な捨て子を育てるなんて」
リンがおばあちゃんと呼ぶその人は、今もリンが住んでいる山の家に、たった一人で暮らしていた。リンの物心ついた頃から腰が曲がっており、顔は皺だらけだった。若い頃には夫と娘がいたらしいが、感傷に浸ることはしない人だった。
「おばあちゃんは教えに忠実で、信仰心の篤い人だった。少し話したけど、私達はもともと字を持っていないから、各地を旅する僧侶や親に説話を聞いて戒律を知るのだけれど、説話を字に起こしていたわ。私達の暮らしは日々帝国化されていくから、帝国のやり方で教えを残そうとしたのよ。おばあちゃんの信仰の形は、伝統的なものとは違っていて、だから異端者と思われることも多かった」
「異端者ってどういうこと?」
「同じ宗教を信じていながら、正統な信仰の仕方でない人のことよ」
「宗派が違うとか、そういうことじゃなくて? 」
「そういう意味もあるでしょうけど、だいたいは集団に馴染めない人のことよ。そういう人だから、私みたいなのを育ててくれたんでしょうね。この山の麓の鹿毛馬市の人達は、私のことを気味悪がって魔女と呼ぶわ」
淡々と語るリンの横顔はどことなく寂しげだった。魔女という言葉にそれほど悪い意味を感じられない翼にも、そのあだ名がけして良い意味ではないと察せられた。
「私みたいなのって、そういう言葉使うのよした方が良い」
「ああ、そうね」
それから、と翼は続けた。
「すごく驚いたから、なんか失礼な反応してたかもしれないけど、俺はリンのことを『みたいなの』とか思わないし、魔女じゃなくて人間だと思うよ」
「……ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない。先に帰ってるから」
翼はリンに背を向けて、翼は小走りで来た道を帰った。リンの視線を感じたけれど、振り向くことができなかった。
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