第32話 あっ、さつきちゃんだ。

「おーい! 小宮こみやさん! 隣の席、いているよー!」


 午前中のお仕事を片付けて。


 待ちに待った、ランチタイム。


 私が働いている市役所には。


 一般人も利用可能な食堂が整備されている。


 ワンコインで定食が食べられて。しかも美味しい。


 地域の皆様方にも、好評な場所なのだ。


 ただ、難点は人気がありすぎて。食券を買うのにも行列。


 ちょっとした、遊園地の待ち時間を体験する羽目はめに。


天川あまかわ課長、お言葉に甘えて隣席りんせきさせていただきますね」


 小さい体ながらも。


 全身から声を出している上司に気づく。


 無事に昼食を受け取ったものの。


 食堂はごった返している。


 席を確保出来ずに。


 きょろきょろ見回していたのを見かねたのだろう。


「そんなに、かしこまらなくても大丈夫だよ。おお! ソースかつ丼定食とは、攻めるね!」


 あちゃー。食欲丸出しだったかな? 


 大人の女性には程遠いなあ。


 しょ、職場の評価査定に響かなければいいけど!? 食べ物に目が無いとか!?


「私は、じゃーん。カレーライスなのだ! シンプルが一番!」


 うん。課長も子供っぽい味覚だから、大丈夫かな。


 根拠の無い自信だけどね。






「何かと物騒ぶっそうな事件が発生してるよね。小宮こみやさんも巻き込まれない様に注意しなよ?」

「でえっ!? だ、大丈夫ですよ。私よりも課長の方が……」


 前触まえぶれれもなく。


 世間を騒がせている殺人事件の話題に。


 そして、課長に暗に失礼な発言をしてしまった。


 実は昨夜。


 連れの御門みかど君が遺体を発見しまして。


 仲睦なかむつまじく警察の取り調べを受けました。


 ……到底、話せる内容じゃない。


 すでに、渦中かちゅうの人物かも!?


「私はほら、大人の女性だからさ!……ま、まつりちゃん、自分で言って、悲しくなって来ちゃったよ!?」

「ご、ごめんなさい。課長は新人の私をフォローしたり、配慮が出来る大人の女性ですから!?」


 思わずなぐさめてしまった。


 天川あまかわ課長が上司で助かってるのも事実。


 こうして、なれなれしく会話出来るのも。


 彼女の器が大きいからだよね。


『こんにちは。お昼のニュースをお伝えします。昨夜、再び女児の遺体が発見された管轄かんかつの警察署が会見を行いました。まず、そちらの様子をご覧ください』


 食堂に設置されてる超大型テレビから。


 ワイドショーの司会者女性が語りかけて来た。


 ソースかつ丼を口にかきこむはしの動きが止まる。


 私が悪い事をしたわけでもないのに。何故かびくびくしてしまう。


 逃げおおせてる犯罪者の心理って。こんな感じなのかな? 


 うーん、逆に堂々としているのかも? 


 いや、私は犯罪者じゃないから!?


「あっ、さつきちゃんだ」


 会見の冒頭がテレビに映し出された。


 署長さんなのだから当然映り込む人物なのだが。


 ここでも、知っている有名人がテレビに映っただけで。


 名前を呼んでしまう。子供の様な振る舞いをしてしまった。


「あれ? 小宮こみやさんは、姫署長さんと面識あるの? まあ、地元じゃ有名な名家めいかだからね。月夜野つきよの家は」

「そ、そうですね。ちょっとしたアイドルみたいな感じですからね!?」

『捜査員達は、不眠不休で犯人検挙に向けて活動しておりますので。その点に関しては、ご理解頂けたらと』


 天川あまかわ課長の疑問をぼやかしつつ。


 さつきちゃんの発言に聞き耳を立てる。


 署長さんだけあって、立派な受け答えに終始して感心した。


 能あるたかは爪を隠すだね。


 この調子なら、何も問題は――


『――その時に、第一発見者の方が警察に連行されていましたが。その後の扱いは、どうなりましたか?』

『えーっと!? あの方は、怪しい様な、不可思議な存在と言いますか!?』


 うん? 第一発見者は、御門みかど君だ。


 今頃、のんきにアニメやらゲームをしているかも。


 彼に無理のない範囲での社会復帰計画を策定さくていしないと――


「ちょいと!? さつきちゃん!? これはどういう事なのかな!? 疑わしきは罰せずの精神は!?」


 テレビに向かって精一杯の疑問をていしてしまう。


 未熟者の私であったのだ。




 

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