第41話。格闘の授業

 



 週初め、朝のHR。いつもは面倒くさがりなのを隠さないリカルドが、何故か元気いっぱいで教室に入ってきた。


「お前ら〜よく聞け! 遠足の行き先が獣人国に決まった! なんとクラス全員一致だ」


 途端、子供らしい喜びの声が部屋中に溢れた。


「隣のクラスは多少票が別れたが同じく獣人国だ。ヒシュリムの隣国で草原の土地だし、行きやすいから楽で良かったな。山岳のドワーフ国や密林のエルフ国になんてなってたら、遠いし大変だしで散々な目に遭う所だ」


 ドワーフ国は神魔国を挟んで人間国の反対側にある。エルフ国は隣国だけど、恐ろしく広い密林の中に街がポツンと一つだけあり、そこに辿り着くまでとんでもなく遠く感じるらしい。

 ちなみにドワーフ国のダンジョンはその国の最も高い山の中にあり、エルフ国は世界樹の根の下にある。


 リカルドが元気なのは、遠足先に辿り着くまで楽なのが理由か。


「見た感じ全員居るし点呼は必要ないな。そんじゃ今日も1日頑張れよ。一限は実技からだ。解散」


 スタスタと出て行くリカルドを見送った俺達は、急いで実技用の体育着に着替えながらお喋りに興じる。


「やったね、獣人国だって! ルーシィみたいなモフモフさんいっぱい居るのかな? 僕、触りたいなぁ」


「絶対やめなさいよ。そんなことしたらぶっ飛ばされるじゃ済まないわ。獣人が耳や尻尾を触らせるのは、生涯を共にする相手1人だけよ」


「まぁ! 一途なのですね。素敵ですわ」


 俺には今世の母が実母と兄様の母で2人いるが、ルーシィからは母が複数いるとは聞いたことがない。つまりはそういうことなのだろう。


「この世界は一般民は一夫一妻が多いけど、身分が高くなるにつれて一夫多妻が増える傾向があるし、そうなると獣人国ってちょっと特殊だね」


 こう言ったのは俺だ。ルーシィがそれに応え、更に新情報を出してくれた。


「そうね。あと獣人国が特殊な所って言ったら、ダンジョンの場所が秘匿されてるってことかしら」


「へぇ、そうなんだ! じゃあ誰も知らないの?」


 質問したのはミシェルだが、俺もそれは気になる。


「獣王にだけ代々伝えられてるらしいわよ。」


 その後もミシェルの好奇心はとどまることを知らず、移動ギリギリまで質問攻めは続いた。









 格闘の実技選択授業。

 これは他の実技と違い、外ではなく体育館らしき場所で行う。床が衝撃を吸収する木材で出来ており、背中を打ち付けても多少息が詰まるくらいで痛くない。


「いつも通り軽く準備運動したら近くの奴と組手しろ。何度か相手を変えたら武器持ちでやる。始め!」


 格闘で仲のいい子はルーシィだけだから、既に数度受けているこの授業で、毎回最初は彼女とペアを組む。

 長座体前屈で背中を押しあったり飛び馬したりして体をほぐし、向かい合う。


「手加減はしないし、いらないわよ」


「わかってる。いくよ!」


 純粋な格闘術を向上させるのが目的の為、魔力を一切使わずに攻撃を仕掛ける。

 少し離れた位置から駆け寄り、助走で威力の上がった拳を胸部目掛けて突き出す。しかし、流石はルーシィ。年齢差のせいで俺より少し大きい手で軽く弾き逸らされてしまった。


「そんな攻撃当たると思ってるの? 次はこっちから行くわよ!」


 元々身体能力が高い獣人の中でもトップクラスに強いルーシィの猛攻が始まった。顔、胸、腹、様々な場所を狙ってくるルーシィの拳や足を、躱したり逸らすのに必死になる。

 筋力差では勝っているが、普段魔力での強化に頼っている分、目の方……動体視力が追いつかないのだ。


 だんだん体勢を崩され、軽くよろめいた時に足払いをかけられて転んでしまう。

 だが、俺もタダでは転ばない。トドメとばかりに振るわれたルーシィの右腕を掴んで引き寄せ、同じく転ばせる。2人とも瞬時に飛び起きて、今度は俺が攻めた。


 ルーシィの左頬を狙って右足を跳ねさせると、左腕で防がれてしまったので即座に下ろす。直後、俺の顎に飛んできたルーシィの足を仰け反って躱し、そのままバク転ついでに彼女の空を切った右足を蹴る。

 たたらを踏んだルーシィに、最初は防がれた胸部へのストレートを寸止めして終わった。

 普段から格闘をメインに戦っているルーシィを相手にして、なかなか良い結果だったので満足だ。


「また負けちゃったわね。今日こそは引き分けぐらいに持っていきたかったんだけど仕方ないわ。お互いに強化無しでもエミルが強すぎるんだもの」


「ルーシィも強かったよ。俺、最初は防ぐのに精一杯だったし」


「あのねぇ。はぁ、もういいわ。どうせ自覚してないんだろうし。…………手加減なんていらないのに」


[自覚してないんだろうし]の後に何か言ったようなのだが、声が小さくて聞き取れなかった。ほっぺを膨らませて、如何にも不服ですって顔をしてるから気になる。そしてちょっと可愛い。


「最後聞こえなかったんだけど、何言ったの?」


「なんでもないわ! 皆も終わったみたいだし、さっさと次の子と始めないと」


 ぷいっとそっぽを向いたルーシィは、そのまますぐ近くにいた女の子と組手を始めてしまった。取り残された俺も仕方なく、その女の子とペアだったらしき男の子と始める。

 俺が先制攻撃をしかけるとその時点で終わってしまうので先手を譲った。


「お先にどうぞ」


「それじゃ行くよ!……はあぁ!」


 低い姿勢で駆けてきた男の子は、俺まで2mくらいの距離でジャンプして飛び蹴りを放ってきた。

 人間の子にしては早いが、先程まで相手をしていたルーシィとは比べ物にならない程度なので、片手で受け止める。

 男の子は諦めずに何度も攻撃してくるが結果は同じ。全てをいなし、ある程度時間が経ったところで顔に拳を突きつけて終了。


「はぁ、はぁ……まっ、まいりました……」


「お疲れ様、大丈夫?」


「大、丈夫……」


 だいぶ息を切らせた様子の男の子は、何度か深呼吸して息を整えたら次のペアを探しに行った。


 その後2回ほど組手を行ってから、木製短剣を用いて武器持ちの訓練に入る。

 今度の相手は女の子で、お互いに順手で構えた。

 男の子と同じく先手を譲り、迫ってきた木の刃を躱したり弾いたりして防ぐ。たまに足や左拳が飛んでくるけど、当然のように俺には当たらない。

 5分くらいそれを続けると女の子の息が少し上がってきたので、攻撃が一瞬途切れた間を縫って首筋にナイフを軽く触れさせる。


「あー、負けちゃった。私が少し早く終わった時とかに見てたけど、君本当に強いのね」


「あはは……ありがとう」


 実技授業を数回受けるうちに自分の桁外れ度を正確に自覚し始めた俺だったが、こう言われるとちょっと不安になってしまう時がある。ゴブリンゾンビを殲滅した時みたいに、いつか怖がられてしまうんじゃないか、と。


 今は魔力なしで防御に徹しているからいいものの、いつかは強化有りの授業内容になるだろう。そうなったら、皆は今のように変わらぬ態度で居てくれるだろうか。


 抱えた不安で注意力散漫になってしまったが、ルーシィとペアになることは無かったので問題なく残り時間を消化し、一限を終えた。

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