第32話。検証

 



 依頼ボードの前に立って丁度良さそうな依頼を探していると、後ろから子供の声で話しかけられた。


「ねぇ君、試験中に怪我した子だよね?」


「……アマゾネス、かな?」


 焦げ茶の髪と瞳、褐色の肌。子供らしく丸っこい顔立ち。身長は俺と同じくらいの女の子で、ポニーテールを三つ編みにしている。


 アマゾネスはヒシュリムに住む少数部族のひとつで、女性しか生まれない。けれど集落には男性もいる。アマゾネスの女性が外で結婚して連れ帰ってきたりするからだ。


「そうだよ。僕はアリス・リー。君たちは?」


 僕っ子なんて初めて見た。本当に居るんだな。想像していたよりなかなか可愛い。


「俺はエミル。よろしく」


「ルーシィよ。言っとくけど、エミルは渡さないわ」


「なんのこと?」


「っちょ、ルーシィ!? ごめんアリス、なんでもないんだ。アリスでいいよね?」


「おーけー! 僕もエミルとルーシィって呼ぶよ」


 呼称の了解を貰ったので、取り敢えずルーシィの腕を掴んで後ろを向き、コソコソ話をする。


「ちょっとルーシィ、いきなりどうしたの」


「どうしたもなにも、ライバルが現れたら宣戦布告するのは当然でしょ?」


「ライバルって……明らかにそういう雰囲気の子じゃないよね」


「そうかしら? わからないわよ。免疫無しのエミルのことだから、一緒に過ごしてるだけで好きになっちゃうかもしれないわ。あたしだって負けていられないもの」


「そんなこと……」


 ないとは言えない。現にルーシィのことが好きじゃない子から、結構好きな子になっている。


「ほらね?」


「うっ……」


「ねぇ〜、どうしたの?」


 しまった。アリスのことを忘れていた。2人で慌てて振り返る。


「そうね、ちょっと2人の今後について話し合ってたのよ」


「依頼選びのこと? ごめんよ、邪魔しちゃって。見かけた顔だったからつい声掛けちゃったんだ」


 ルーシィの微妙に含みのある言い方は、どうやらアリスには通用しなかったらしい。地味に話の内容が噛み合っていなかった。


「大丈夫だよ。お互いに受かってるといいね」


「そうだね。じゃあまた明日!」


 アリスは冒険者登録に来ていたのだろうか。それかもう済んでいて、今から簡単な依頼をしに行くのか。気にならないわけではないけど、明日聞けばわかる事だ。


「あ、エミル! こんなのいいんじゃない?」


「Bランク魔獣ジャンボスピードラビット10体討伐。うん、報酬もそこそこだしいいと思う。それにしようか」


 今日はエイミーが見当たらなかったので、あのキツいメガネ美人アリーゼに受理してもらった。出現場所を聞いておくことも忘れない。そしたら、すごく美味しいこともついてに教えてくれた。








 首都カインの西。アルベールの森とは正反対に位置する広大な草原。そこに俺達は来ていた。


「ルーシィ、見つけた。あっち」


 魔力消費が減った気配察知で、100m程先のジャンボスピードラビットを捉えた。群れているのかと思いきや、1体だけだ。


「あれね。どうする?」


「うーん、……せっかく魔弓士の職業を獲得したんだし、やってみようかな」


 片膝立ちして体勢を安定させる。後ろ腰に手を回し、スナップボタンを外して弓を取り、矢をつがえて構える。とそこで、動きが止まってしまった。

 技名、どうしようかな。魔弓士自体が魔法剣士の弓バージョンみたいなものだし、技名も刃を弓に変えるだけでいいか。


雷弓らいきゅう……―霹靂へきれき―」


 そう小さく呟き、目を狙って放つ。風きり音を立てて真っ直ぐ飛んでいった矢は、寸分違わず狙った場所に当たり、巨大兎を仕留めた。


「やったわね!」


「だね! あの肉美味しいらしいし、早く凍らせて回収しちゃおうか」


 使い回しの為、矢を引き抜いてから凍らせた。何度もやるとやじりがすりへってきて使えなくなってしまうが、毎回きちんと洗って手入れをすれば結構長く使える。


 気配察知範囲を広げ、次を見つけて移動した。

 今度は強制誘導を試してみようか。まだEだから大した補正力はないだろうが、効果を知っておく必要がある。


 前回の狙いは目だったが、今回はその狙いを30cm横にずらす。だが、当てようと思っているのは同じ目だ。


光弓こうきゅう瞬閃しゅんせん―!」


 光の速度で飛んだ矢は目の10cm横に刺さり、鼻先を矢柄やがら……鏃を除いた矢全体の木の部分……の半ばまで貫いて止まる。激怒した巨大兎がこっちに向かってきたので剣を抜き、身体強化をせずに待ち構える。距離5mまで近づいてきたところで助走0の状態で眉間めがけて飛び込み、突きを放った。


「うっそぉ…………」


 かなりの硬さを誇るはずであるBランク魔獣の毛皮を易々と引き裂いた剣は、柄まで刺さっていた。砕けないように魔力で覆ってはいたが、属性纏刃ではなかったのに、である。剣技SSは相当なものらしい。


「まぁ、これくらいはやると思ってたわよ……。でもいざ現実になるとクラクラしてきちゃったわ」


「次は戦闘感と体術スキルを試したいんだけど……手を出すと色々中から出てきそうだし、突進してきたところをいなすくらいにしておこうかな」


「是非そうして。切実にお願いするわ!」


 巨大兎を探して、次のポイントに移動した。

 強制誘導スキルの補正はDランクの現段階で20cmと先程判明したので、今度は普通に耳を狙う。


水弓すいきゅう刹渦せっか!」


 水刃状態では切断力に優れていた水属性。水弓になるとどうなるのか、答えはすぐに出た。

 なんと、今までは刺さるだけだった矢が完全に貫通したのだ。耳を狙っておいて良かった。胴体とかをやってしまっていたら、体術スキルを試す前に終わっていた。


 怒り狂った巨大兎が突進してきたのを、ギリギリで左に飛んで避け、左前脚を掴んで投げた。突進の威力を利用した感じなので、俺は殆ど力を込めていない。

 数十m飛んでいった巨大兎は、頭が潰れでもしたのかそのまま動かなくなった。


「大したものね。幸運は試しようがないし、検証はもういいんじゃないかしら?」


「十分だね。それにしても、幸運ってなんだろう」


「さぁ? 道に落ちてるお金拾えるとかじゃない?」


「えぇっ? でもそれ警備隊に届けないとだよ」


「あ、そっか」


 その後は1番効率が良さそうな雷弓でスイスイ狩っていき、依頼を終わらせて宿屋に戻った。


 明日の試験結果発表にドキドキしながら眠りについた俺は、アドルに呼ばれることなく、約10日ぶりにぐっすり眠ったのだった。


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