第29話。弓の入手と心の覚悟
入ってきたのは、やはりルークとデーミンだった。
「……エミル、良かった」
ルークは俺の顔を見てすぐにホッとした表情をしたが、デーミンはずっとそっぽを向いている。
「よし、来たな。そんじゃまず、俺が目覚めた時から話をするか」
そこでひと呼吸おき、ギルマス……ウォーレンが語りだした。
「病院で目覚めた俺は、真っ先にギルドに戻って、受付嬢と冒険者。それと、先に起きてたルークから話を聞いた。あのゴブリンキングを倒したのがお前だってな。それから、ゴブリンゾンビ発生とそれの殲滅の件も。あんまりにもCランクが怯えて話しやがるから、なんとなく察しちまった」
目覚めてすぐにギルドに戻るなんて、さすがはギルマスである。
次に、ルークが話し出す。
「……俺は、2番目に起きた。1番はデーミン。色々聞かれたけど……俺も途中まで気絶してたから……わからなかった。けど……エミルが気絶したデーミンを守ろうとして……攻撃されそうになってたのは見てた……」
無口なルークがここまで話しているのなんて見たことがない。超絶レアだ。
ずっとそっぽを向いていたデーミンが、俺を見た。
「俺は地方の村出身だ。村の中で俺に敵う奴なんざ居なかった。それがギルドじゃ中の上。納得出来なくて周囲に当たり散らしてた。自分の力を過信してキング戦に行っちまって、挙句には邪魔するだけ邪魔して何も出来ずに気絶だ」
所謂ガキ大将で、狭い村の中で俺より強いやつは居ないと思っていたら、世界の広さに現実を見せられてしまったわけか。
「俺はお前が戦っているのを見て、震えてただけだった。だがな、ルークの話じゃそんなどうしようもない俺を、お前は守ってくれたみたいじゃねぇか。そんなちっこい体でよぅ。それ聞いて、なんか自分が情けなくなってなぁ……。
そこに、お前を怖がってる奴がいるのを見て。ガキの頃喧嘩して好き勝手やって、女共にビビられた挙句村に居られなくなっちまった俺と、状況は違うがお前が似てるような気がしてな。守られた恩を返そうと思った訳だ」
「なるほど、それで冒険者達に色々言ってくれたんですか。帰ってきてびっくりしましたよ。ありがとうございます」
「あんたのことはよく知らないけど、なかなかやるじゃない!」
そういえば、ルーシィはデーミンに会ったことなかったっけ。記憶を掘り返してみるが絶妙にタイミングが悪く、確かに初対面だ。
「それでだな。次に何かやらかしたらギルドから除名の上、黒入り……ブラックリスト入りってことになってたんだが。デーミンがお前を引き連れて来たおかげで貴重なAランクが死なずに済んだし、エミルの為に計らったのも鑑みて、除名はするが黒入りはしねぇことにした」
ブラックリスト入りしたら一ヶ月生き残れないらしいから、それはそれで良かった。除名はされてしまったようだがカインは広い。元冒険者だし、力仕事なら探せばいくらでも仕事は見つかるだろう。素行不良の件が有名なら受け入れてもらえないかもしれないが、それはデーミンの努力次第だ。
「あと……弓。素材集めておいた……もう出来てると思う」
「え、本当ですか!? でもどうして……連絡無しに2週間も俺達居なかったんですよ。普通なら死んでると思いますよね?」
「帰ってくると……思ってたから……帰還祝い?」
ルークと一緒に狩れなかったのは残念だが、猛烈に嬉しい。学園入学には間に合わないかと思っていたが、これなら持って行けそうだ。それに、今からだと柊トレントが時期的に居ないかもしれなかったし。
「ありがとうございます! 今度何かお礼をさせてください」
「ん……じゃあ今度俺の依頼を手伝って……」
「はい!」
ルークと共闘出来なくて残念がっていた俺だ。よろこんで引き受けた。
ギルドから出て、逸る気持ちを抑えきれず小走りで武器屋にやってきた俺達。
「エミル君! ルーク君の言う通り、本当に帰ってきたね。全く心配させないでおくれ。弓を受け取りに来たんだろう? あの子には感謝しときなよ」
「はい。今度お礼に一緒に依頼を受けることになりました」
「そうかい、そりゃいいね。今ガルムスを呼んでくるからちょっと待っていてくれるかい」
ルーシィと話しながら待っていると、ガルムスが白くて少し大きい弓を持ってやってきた。
「耳タコだろうから、もう何も言わねぇ。ちっとこれ引いてみろや」
弓を落とさないよう丁寧に受け取り、軽く引いてみる。身体強化を使わないなら、ベストな張り加減だ。
「ちょうどいい張りです。30万イルでしたよね。確認してください」
無限収納袋から金貨30枚を取りだして渡す。
それをサッと確認したガルムスは、今度は10本くらい矢が入っている矢筒と皮製ベルトを持ってきた。
「背中は剣があるようだし、腰に巻いて使え。矢筒の方はしっかりくっついてるが、弓の方はスナップボタンで簡単に取り外し可能になってる」
早速試してみる。矢筒が背中側に来るように腰にベルトを巻き、弓を横にして留めた。スナップボタンとは、よく洋服等に付いている所謂パッチンボタンのことだ。
「これ便利ですね。咄嗟でもすぐに使えそう。あ、そうだ。今の剣に鞘が合ってないんですが、作ってもらえますか?」
そう。ミノタウロスから入手した剣は、オーダーメイドの鞘よりほんの少しだけ小さかった。だからもし逆さまにしたりすると鞘から抜けてしまう。危険だし、この際用意してもらうか。
「見せてみろ…………。ふむ、このサイズなら確かちょうどあったな。あー、どこやったっけか」
「アンタ、これじゃないのかい? それから、予備の矢も渡してやりなよ」
「おうそれだそれ、わかってるよ」
カリーナから木製に金属で補強された鞘を受け取り、一度店の奥へ戻って矢束を抱えて戻ってきたガルムス。
「予備の矢50本だ。これは弓代に入ってるし、鞘は余り物だから金は要らねぇ。強いて言うなら、ウチを贔屓にしてくれや」
「ありがとうございます! 新しい矢が必要になったらまた買いに来ますね」
「おう、待ってるぜ。
ガルムスの後について、店の奥にあった鍛冶場のさらに奥、30m四方くらいの開けた庭に移動する。ちなみにルーシィは店の中で待っているそうだ。
丸太を立てて、的を描いた紙を貼り付け準備完了。
弓を使うのは久しぶりだから、一射目は型の確認をしながら
射位に立ち、横を向いて足を肩幅に開く。左手で弓を持って右手で矢をつがえる。そのまま上に持ち上げ、顔を的に向ける。左の掌側が自分に向いているのを外側に向ける感じで弓を押し込みながら、顔の横に矢が来るように右手で弦を引く。
そのまま狙いを定め、左手をグッと押し、放つ。
――――スパァンッ――
的の中心から少し左下にズレた矢が、高い音を響かせた。
俺の弓技スキルランクはAだし、久しぶりにしてはなかなかだ。城にいた頃は毎日高確率で中心に当ててたけど。
センスにもよるが、Sならどんなに動いていても100%狙った場所にあたるらしい。俺はハーフではあるがエルフの為、神魔国の中ではトップクラスだ。
弓が左手の中で周り、弦が手の甲側に来る現象……
「うめぇもんだな。さすがハーフエルフだ」
「剣の方が得意ですけどね。もう何回か射っていいですか?」
「いいぜ。動く的が必要なら、俺がこの球を投げてやるからそれ狙え」
「助かります」
それから15分程試射して店に戻ったのだが、何故かルーシィの元気がなかった。
「ルーシィ? どうしたの?」
「エミル……学園に行っちゃうってホント?」
「ほぼ確実だけど、試験に合格出来たらね。カリーナさんに聞いたの?」
「そうさ、それ言ったら急にこんな静かになっちゃってねぇ。それまで元気だったのに」
カリーナには、初めてカインに来てギルドの場所を教えてもらった時に、学園への入学目的で来た事は伝えてあった。ルーシィにはまだ言ってなかったな。
「寮で暮らすんですって? そしたらあたし、エミルと一緒に居られない……」
「じゃあ、ルーシィも試験受けたら? それがいいよ! 勉強はできるでしょ?」
「うっ……それが、その……苦手、なのよ」
「えっ……」
ルーシィ、まさかの勉強苦手タイプ。試験まであと1週間と少ししかない。今から詰め込むには相当無理があるだろう。
「け、けどっ! エミルが教えてくれるならあたし頑張れる気がするわ! 頼めないかしら?」
「いいけど……1週間しかないし、かなり厳しくしないと間に合わないよ」
「望むところだわ! 絶対に受かってみせるわよ!」
そこまで言うなら、全力でサポートしよう。俺は試験勉強なんて必要ないけど、教えることで何か忘れている事を思い出すかもしれない。
「勉強するなら、うちの娘が使ってた問題集のお下がりで良ければあげるよ。あの子もカイン学園とまではいかないけど、そこそこの学園を出てたからね」
「それ、貰うわ!」
「はいよ!」
有難く問題集をもらってきた俺達は、帰りにレイリー雑貨店で勉強用の紙とペンを買い、宿屋に戻ってきた。レイリー雑貨店といえば、オカマお兄さんだ。あの強烈なインパクトにルーシィも圧倒されていたのは割愛しよう。
最初は軽く教えていたのだが、案外ルーシィの飲み込みが早く、後半はガンガンやってしまった。勉強が嫌いなだけで、どうやら苦手ではなかったようだ。これならなんとか試験に間に合ってもおかしくない。少し安心して、早めに寝ることにしたのだが。
――ピトッ――――
「うわぁ!? ごめんルーシィ!」
「っ、問題ないわよ!」
ルーシィに告白されてから、一緒のベッドで寝るのは初めてだ。魔導列車の中では向かい合わせの座席で寝ていたからそんなでもなかったが、今は近い。物凄く近い。
お互いに恥ずかしくて背を向けて寝ているが、たまに服越しではあるが肌が触れてしまう。向かい合ったら吐息がかかる程に近いかもしれない。
ここは1人用の部屋。ベッドは1つしかない。俺もだが、多分ルーシィの心臓もずっとバクバクしていることだろう。
心理的には寝るどころではなかったが、疲れが溜まった子供の体は正直だ。いつの間にか眠っていた。
水分が枯れ果てているのか、茶色くひび割れた大地。草木は一切見当たらず、乾いた風が吹き荒れる荒野。空は巻き上げられた砂で濁って見え、太陽は雲に隠されている。
「おかしいな。俺寝てた筈なんだけど」
ふと気が付くと、この場所にいた。夢にしては体に実体感があり、現実にしては思い当たる地域がない程荒れた場所。何故こんな所に居るのだろうか?
「やぁ、この姿では初めましてかな? エミル」
「っ、誰!」
突然背後から声がして、振り返る。そこには黒髪黒目、身長170cm前後の青年がいた。
「アドルだよ〜、声でわかるでしょ? まぁいいや。ところで君、神には会ったかい?」
「転生する時に会いましたけど……それよりここは何ですか?」
「ここは俺の無意識領域。心の世界だね。眠った君の意識を呼んだんだ」
ここが、アドルの心の世界。心ってもっと綺麗かと思っていたけど、かなり荒んでいる。俺の心もこんな感じなのだろうか。
「神に会ったのなら、恩恵貰ったでしょ? 君、それちゃんと扱いきれてる?」
「貰いましたよ。おまかせしたら3つも付けてくれました」
「ふぅ〜ん。ちょっと教えてよ」
俺の恩恵について、事細かに説明した。スキルについてと今までの訓練法についても聞かれたので、それも全部教えた。
「ダメだね。全然ダメだ。そんなに良い組み合わせで恩恵もらったのに、ちっとも活用できてないよ。これじゃこれから先アイツらと戦うのに、絶対対抗できない」
「アイツらって?」
「わからない。ただ、俺が生きてた頃に戦っていたヤツらだよ。全盛期の俺が苦戦してたんだ。今の君じゃ囲まれたら瞬殺。鍛えてあげてもいいけど、君、付いてくる覚悟はある? 血へど吐くほど厳しいよ」
全盛期の勇者が苦戦していた程の敵。そんなヤツと俺は戦うことになるらしい。俺にはわからないけど、アドルには何か見えているんだろう。
周囲に強い強いと言われて育ち、俺自身も強いと思っていたが、これから先はもっとヤバいのがでてくるのか。もし本当にそうなら、どんなに厳しくても鍛えなくては殺されるだけだ。
「お願いします。ルーシィも勉強頑張ってますし、俺だって負けていられません」
「よし、じゃあ最初は軽く死んでみようか?」
「はい?」
次の瞬間、アドルの姿が掻き消え、俺の全身が刺し貫かれて切り刻まれてバラバラになった。気絶しそうなほどの激痛が迸る。
確実に、死んだ。いくら不死身エルフとは言え、ここまで肉体の損傷が激しければ死ぬ。ヴァンパイアとして覚醒状態なら時間をかけて復活できるかもしれないが。
なるほど。これは文字通り血へど吐く程厳しい。
「これ、君が寝てる間毎日やるよ。この世界なら何度死んでも肉体は死なないけど、心が弱ければ心が死ぬ。もう一度聞く。覚悟はある?」
「はい!」
「じゃあもう遠慮しない。本気で行くよ!」
1週間と少し。俺は寝ている間パワーアップをはかり、ルーシィはカイン学園入試に向けて、それぞれ奮闘した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます