第28話。伝言と時間のズレ

 




 俺が椅子に座り、ルーシィがベッドに座ったのを確認すると、忍び装束の1人がルーシィに目線を送ったが、すぐに視線を逸らし話し出した。


「近頃、強き魔物が多く出ている。獣人国にて、要の1つが失われた。留意せよ。ただし、学園を優先するように。とのことでございます」


 強き魔物とは、恐らくアルベールの森のゴブリンキングや、ダンジョン近くの遺跡で発生したというエルダーレイスなどの高ランク魔物のことだろう。だが……要とはなんだ?


「伝言はそれだけか」


「左様でございます」


 つまり、自分で探せ、ということか。父様もなかなかハードな試練を突きつけてくれる。ヒントは獣人国ってことだけ。獣人国といえば、ルーシィの出身国だが、まだわからないことの方が多い。


「もうひとつ……私は殿下専属となります。普段は身を隠していますが、必要とあらばお呼びください」


 俺の補佐……いや、伝令役か。父様は俺になにかやらせたいようだし、それの報告も必要だろう。

 ちょうどいい、母様と兄様への手紙を届けてもらおうか。書くだけ書いて送れていなかったが、彼らなら間違いなく確実に届けてくれるだろうし。


「わかった。これを兄様と母様に届けてくれ」


「かしこまりました」


 今まで喋っていたのは1人だったが、喋っていなかった方が進み出て、俺が無限収納袋から取り出した手紙を、両手で受け取った。


「下がれ」


「はっ」


 2人で同時に頭を下げると、姿を消した。忍び装束を着ているし、本当に忍者みたいだな。

 黙って様子を見ていたルーシィが、俺の方を見た。


「なんか、神魔国王子って大変そうね。あたしの国はもっと気楽だったわ」


「そうなんだ。まぁ、俺もこういうの堅苦しく感じる時はあるけど、必要なことだと思ってるよ」


「そ。な〜んか、休む気分じゃなくなっちゃったわね。さっさとギルド行かない? ルークとかギルマスの怪我の様子も見たいし」


 そうだった。討伐作戦終了後、借りた剣をAランク冒険者に返した時に少し見舞ったくらいで、あれからずっと会っていない。神魔国製の薬草で治療をしたならもう治っているだろうが、心配なものは心配だ。

 それに、ルークと弓の素材調達の約束もある。


「そうだね。きっと女将さんには、降りてくるのが早くて驚かれると思うけど」


 ルーシィがベッドから立ち上がり、俺も椅子から腰を上げ、部屋を出た。









 ギルドに入った俺たちを出迎えたのは、ギルド内に居た冒険者30人程の驚愕した顔と、エイミーさんの叫び声だった。


「エミル君とルーシィちゃん!? 本物!? 本物よね! 良かった、ほんとに良かった。ダンジョンに行ったっきり、2週間も音沙汰が無いから、死んでしまったのかと……」


「エイミーさん。今、なんと? 2週間?」


「そうよ、2週間ずっと帰ってこなかったじゃない。往復3日と、どんなに長くても武器の入手目的なら2日くらいで戻ってくるはずなのに。一体何をしていたの?」


 どういうことだ? 2週間? どう長く見積もっても、俺たちがこの街に居なかったのは4、5日程度だ。


「エミル、もしかして……」


「ん? なに?」


 何か考えついたらしいルーシィが、俺の耳に口を寄せ、小声で教えてくれた。吐息が耳にかかって少しくすぐったい。


「あのダンジョン、異空間なんでしょ? よくわかんないけど時間がズレてるんじゃないかしら」


 なるほど。そう考えてみると、たしかに辻褄が合う。女将さんとリアちゃんの過剰反応とも思える心配は、そういうことだったのか。

 ダンジョンに行く前に4日、ダンジョンで2週間。カイン学園の試験まであと1週間と少ししかない。入学までに、弓の完成が間に合わないかもしれないな。


 それはさておき、異空間ダンジョンだの、勇者アドルだの話すわけにはいかないだろう。なんとか誤魔化さないと。


「ダンジョンの中で色々寄り道しちゃって。いつの間にか時間が経ってました」


 嘘ではない。異空間ダンジョンに寄り道? して、気づいたら物凄く時間が経っていた。

 俺の返答を聞いたエイミーは、物凄く不信そうな顔をしたが最終的には信じてくれたのか、ため息をついて話題を変える。


「ギルドマスターがエミル君と話したいそうよ。帰ってきたら呼べって言っていたわ」


「わかりました。行ってきます。大丈夫ですよね?」


「ええ、今は3階に居ると思うわ」


 早速3階のギルマス部屋に行こうとしたのだが、何故かギルド内に居た冒険者数人に囲まれてしまった。


「無事に帰ってこれたようで良かったぜ。それで、だな……。お前が居なかった間、俺達よう、ずっと後悔してたんだ。その、お前を避けてたこと」


「本当にごめんなさいね。あなたが居なくなってから、ちょっと心配してたんだけど、デーミンに言われちゃったのよ。私達が普通にしてれば、エミル君は絶対に私達にその力を向けない。って」


「それに、ウチらがそう信じんと、エミルが1人ぼっちになってしまう、ってな。あのデーミンが、やで? ホンマに信じられんかったわ」


「デーミンさんが!?」


 初めてギルドに来た日、俺に喧嘩をふっかけてきて、討伐作戦時には指示を無視したデーミン。一体、なぜ彼が? そんな事をしてる様子が全く想像出来ない。直接聞いてみたいけど今は居ないようだし、先にギルマスの要件を済ませよう。


「っと、ギルマスんとこ行くんだろ? 邪魔して悪かったな。伝えることは伝えたし、お前ら道を開けろ」


 一番最初に話しかけてきた冒険者が、道を確保してくれた。


「ありがとうございます。俺はもう気にしてません。これからもっと派手にやっちゃうかもしれませんが、出来ればスルーしてくれると助かります」


「スルーはちと厳しいが、もう避けたりしないことは誓うぜ。本当に悪かった」


 それだけ約束してくれれば十分だ。


 集まった冒険者達に別れを告げ、3階に上がった。数回ノックして、返事を聞いてから入室する。


「入れ。…………って、エミル!? やっと帰ってきたか。ったく、心配させんじゃねぇよ。まぁ、とにかく無事で何よりだ」


「色々あって遅くなりました。怪我は治ってるみたいで良かったです。あの、下でデーミンさんについて聞いたんですけど」


「それについてはちぃと説明が面倒だな。本人達を呼ぶから、菓子でも食って待ってろや。ベティ」


「かしこまりました」


 出ていって数分で戻ってきたベティは、マドレーヌを持っていた。俺達3人の前に取り皿とナイフとフォークを置き、テーブルの真ん中にマドレーヌの皿を置く。ルーク達を呼びに行くのか、またすぐに部屋を出た。


 この世界に来て初めてマドレーヌを食べた時は。前世知識のせいで素手で食べるものだと思っており手掴みしてしまった。3歳だったけど、物凄く怒られたのが記憶に残っている。

 今回はそんなことはない。きちんとマドレーヌを取り皿にとり、ナイフとフォークを使って美味しく頂いたのだが……。


「エミル……お前、何ナニモンだ?」


「いきなり何よ? 何者もなにも、エミルでしょ」


「どうやって、音を立てずに食ってんだ?」


「あっ……」


 しまった。星の海亭では周囲の音に紛れて無音なのはバレていなかったが。王子生活で染み付いてしまった音を立てない食事法は、一般ではありえない。言動や仕草には一般人だと思われるように気を使っていたのだが、ここまでは気が回らなかった。

 ルーシィも元王族のようなものだが、獣人国は世襲制ではないし、そこまで厳しいマナー指導はなかったのだろう。普通よりだいぶ抑えられてはいるが、多少音をたてていた。


「ゴブリンキングの戦闘跡を見に行ったら、魔法戦の痕跡が殆どなかった。あったのは肉弾戦メインの戦闘痕だけ。つまりお前は、ハーフエルフのくせにその背中の剣で戦ってたんだろ? エイミーはエミルの字が綺麗だってずっと褒めてやがるしよぅ。

 それに、初対面の時から気になってたが、スキル欄が異常すぎる。魔眼にゃ種族とスキルしか見えねぇが、見えてる範囲でこれだけヤバいんだ、他もヤベぇんだろ?」


 ここまで疑問点を持たれていたら、言い逃れは難しい。バレたくない気持ちはあるが、かといって何も言わないままも気まずい。ギルマス1人で情報を止めてくれるなら、話してもいいか。


「俺は事を大きくしたくありません。ウォーレンさんの心の内に留めてもらえますか?」


「いいだろう」


 俺は自分が神魔国第二王子であることと、種族やスキルについて簡潔に話した。前世や、ルーシィが獣人国前王の娘だとかは話していない。


「なるほどなぁ、流石は神魔国ってとこか。道理でこんな子供を人間国に旅立たせるわけだ。しかも王子を1人で。他の国じゃ考えられねぇな」


「神魔国はちょっと異常よね。最強種族なのはわかるけど、もう少し子供を大切にした方がいいと思うわ」


 シュメフィール最強の魔族。戦闘力は低いが、サポートでは最強を誇る天族。強いが故に危機感が薄い。

 俺は特殊なので比較にならないが、子供の魔族1人で人間族の大人数人を同時に相手しても負けはしないだろう。


「それは国民性ということで……」


「まぁ、問題無いならいいんじゃねえか。どうやらエミルは俺より強いみてぇだし、心配するだけ無駄な気がするしよ」


 ――――コンコンッ――


 話していたら思ったより時間が経っていたようで、2度ノックする音がした。多分ルーク達が到着したのだろう。ウォーレンが入室の許可を出すと、ドアが開いた。





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