第15話。獣人の少女
「取り敢えず、少し離れてくれるかな? 近い」
「仕方ないわね。これでいいかしら?」
「ありがとう」
女の子に離れてもらい、ウォーレンに話しかける。
「ウォーレンさん、この子どうしましょう?」
「別にいいんじゃねぇか? お前が来る前に聞いたら、帰るあてが無いっつうしな。宿代はギルド資金から出してやる。依頼受けたときは、ギルドの待合室か宿屋に置いておけばいいだろう。
それより嬢ちゃん、なぜ魔法を使える?」
「そんなの生まれつきよ。何故かは知らないわ。私はルーシィよ。嬢ちゃんなんて呼ばないでくれる? あと、部屋はエミルと一緒がいいわ」
「そうか、わかった」
獣人の女の子はルーシィという名前らしい。
橙がかった黄色の髪。耳の先が黒く、スカートから覗く尻尾の先が白いので、狐の獣人のようだ。にっこりすれば可愛い顔立ちなのだが、性格と表情のせいか、どこかツンツンした印象を受ける。
魔法が使えるのは生まれつきなのか。魔力を持たない獣人が、後天的に魔力を得る方法は無いので、ある意味当然ではあるが。
それにしても、どうしたものか。
カイン学園に入学すれば、生徒以外は入れない学生寮で寝泊まりする。少なくともそれまでは、このキツい性格のルーシィと同じ宿に泊まることになるのか。
正直、こういう子はあまり好きではない。同じ部屋で寝るなんて、気が滅入る。でもここで断るのも可哀想だし、仕方ない。
「わかりました。預かります」
「頼んだぞ。エミルも歳の近い女の子と一緒に寝るからって、羽目を外すんじゃねぇぞ?」
「いやいや、ないですって。子供ですよ?」
「いや別に、そういう意味で言ったんじゃねぇんだけど。あんま騒ぎすぎんなってこと」
あ、俺もまだ子供だったわ。変な方向に勘違いしてしまって非常に恥ずかしい。落ち着こう。
「エミル。今回のゴブリンジェネラル、もしくはゴブリンキングの討伐戦に興味はないか?」
「ありますけど、俺は参加出来ないんじゃないんですか? 参加条件はCランク1級からですよね?」
「たしかにそうなんだが。数時間でゴブリン420体討伐したお前の功績を鑑みると、足手まといどころか1大戦力になりそうだからな。希望するなら許可してもいいと思ってよ。どうだ?」
「ジェネラルと戦えるんですか!? 是非!」
元々戦いたいと思っていた俺だ。断るなんて有り得ない。内心めちゃくちゃ嬉しい。
「あー、それはちょっと違うな。ジェネラルと戦う高ランク冒険者に近寄る、雑魚ゴブリン共の処理だ。上位個体は、毎度毎度何するかわからねぇ。いきなり毒や暗闇の状態異常をばら撒く奴もいる。悪いが、エミルじゃ経験不足だ」
訂正しよう。内心めちゃくちゃ悲しい。けれど、大量雑魚殲滅も爽快感があるし、悪くないだろう。
「そうですか……それは危険ですね。大人しく雑魚殲滅に専念します」
「そうしてくれ。討伐戦開始は、今から4時間後の昼丁度だ。1時間前にギルド集合。装備の確認しとけ」
「了解です。あ、ルークさん。お願いがあるんですけど。弓を作る為に、クロムスパイダーの糸が必要だとガルムスさんに言われまして。討伐手伝ってもらったり出来ませんか?」
「……ん、いいよ。けど、ジェネラルの後。ね……」
「ありがとうございます! お願いします! ルーシィ、行くよ。集合まで3時間あるし、1回宿屋に帰ろうか」
「しょうがないわね。ついて行ってあげるわ」
いや、俺と一緒に居たいって言ったの君だよね? ツンデレ? この子ツンデレなの? ツンデレはツンデレでも、ツンしかないけどさ!
全く先が思いやられる。
「はいはい、ありがとうございます〜」
「何よその反応、ちょっと聞いてるの!?」
こういう時は聞き流すのが1番だな、きっと。
ところ変わって、宿屋の借り部屋。
部屋に入ってすぐ俺のベッドに腰掛けたルーシィは、俺が装備の確認をしている間に寝ていた。昨日まで暗い地下室に捕らえられていたのだ。1度寝たはずではあるが、疲れが完全に抜けきっていないのだろう。しかたない。起きるまで寝かせておいてやるか。
もし出かけるまでに起きてこなければ、置き手紙でも残していけばいいだろう。丁度よく紙を買ったところだし。
机に座って、朝買ったレターセットを取り出す。兄様には、縁に金の鳥が描かれたもの。母様には、銀の花と蔦が描かれたものを。我ながら、なかなか2人によく似合う物を選べた。
さて、何を書くか。取り敢えず兄様にはカイン学園の試験を受ける事を伝え、久しぶりに街で会えないか聞こうかな。母様には、無事に着いた報告と、元気に冒険者をやっていることを伝えればいいだろうか?
早速取り掛かろうとしたのだが、小さな声が聞こえ、ベッドの方を見る。
「か……さま……いや……しなないで……」
[母様、死なないで]だろうか? そんなことを寝言で口走るのだ。余程の体験をしているのか。キツい性格もそのせいかもしれない。
ふと、髪と同じ、橙がかった黄色の綺麗な眉を
涙を流す程の夢……いや、記憶。できることなら助けてやりたいが、彼女の性格を考えると、事情を聞いたところで答えはしないだろう。きっと、[何でもないわよ!]とか言われてしまう。
ルーシィが涙を流し始めてすぐ、起きる気配がして慌てて机に向き直る。
今はまだ、何も見なかった事にしておいた方がいいだろうな。大して仲が良いわけでもないのだし。その方がお互いの為だ。
「あれ……私、また?……っ、見た!?」
顔を上げず手紙を書くのに夢中なフリをし、無難な言葉を返す。
「見たって寝顔? 見てないよ。見ての通り、俺は手紙を書くのに忙しい」
「みみみ、見てないなら良いのよ! もう1度寝るけど、見るんじゃないわよ!」
「はいはい」
「きー! 返事が適当! もういいわよ!」
ご機嫌斜めになったルーシィは、勢いよく布団に潜ってしまった。舞ったホコリはごくわずかで、星の海亭の、掃除サービスの良さを感じる本当に宿をここにしてよかったな。料理は最高だし、リアちゃんが可愛いし。
さて、手紙を仕上げるか。
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