第13話。ルミナス








「カリーナさぁ〜ん!」


 声をかけて手を振ると気付いてくれた様で、小走りで来てくれた。


「おやおや、エミル君。こんにちは。今日はどうしたんだい?」


「それがその、お店に入れなくて」


「あぁ、そうかい。ごめんね。今は夫が……ガルムスって言うんだけど、店番してるからね。とにかく入んな。一緒に入ってやるから」


「助かります」


 カリーナさんの後ろに隠れるように、店に入る。


「ちょっとアンタ、こんな可愛い子に何してるんだい。折角のお客さんを追い返すんじゃないよ! 全く、あたしが居ないと接客も出来ないのかい?」


「すまねぇ。……おい坊主、悪かった」


「坊主、ですってぇ? エミル君だよ!」


「エミル、悪かった」


「宜しい」


 えぇ……。

 ガルムスさん、まさかの尻に敷かれてる……。というか、カリーナさんのパワーが凄いのか?ちょっと予想外すぎて笑みが零れる。


「大丈夫ですっ……クスっ……」


「笑うんじゃねぇ! あ、あー、あれだエミル。何買いに来たんだ?」


[笑うんじゃねぇ!]の声が大きくてカリーナさんに睨まれ、ガルムスさんが慌てて話題転換した。

 なんか以外と、この2人を見てると面白い。


「えっと、弓を買いに来ました」


「そうか。見繕ってやる。こっち来い」


 ガルムスの後ろに付いて、店の奥に行く。


「こんなのはどうだ。木製だが、鉄で補強してある。

 ハーフエルフ用に、弦を弱く調整済みだ」


「ん〜。ちょっと、いやだいぶ弱いですね。もっと強いの無いですか?」


「そうか? そんじゃこれだ。全鉄製で弦も強い」


 言い忘れていたが、初依頼を達成してから耳を隠していない。ハーフエルフ行方不明の原因は潰したからな。問題ないだろう、ということで。

 俺はヴァンパイア族の特徴である、黒髪や紅い瞳ではないので、こちらから言わない限り、人間とエルフのハーフだと思われる。だから筋力が弱いと思われているのか、弦を弱めに張った弓を出されたのだ。俺は半分魔族だから普通の人間よりずっと体が丈夫だ。同じく、筋力も結構強い。従って、弦の弱い弓を使う必要が無い。


「うーん、まだ弱いですね」


「これ以上だと、オーダーメイドになる。素材持ち込みなら30万イルで作ってやれるぞ。今の季節ならまだ柊トレントの生き残りが居るはずだ。それの枝で成りの部分を。クロムスパイダーの糸で弦を作る。入手できそうか?」


「それ、強いんですか?」


「柊トレントはそんなでもねぇな。だが、クロムスパイダーはBランク冒険者でも苦戦するぞ」


「Bランク……ルークさんクラスですか」


「ルークと知り合いなのか。ならアイツらに頼んでみな。あっという間に倒しちまう筈だ」


「ん? Bランクだと苦戦するんじゃないんですか? それに、アイツって?」


「ルークは俺たちの娘婿だ。夫婦で冒険者やってんだよ。ルークはなぁ……人見知りだろ? 実力はとっくにAランクあるんだが、その性格が災いして昇格試験に合格出来ない。Aランクからは貴族の護衛依頼があったりするから、ある程度滑らかに会話出来ねぇと、不合格になっちまうんだ」


 む、むむむすむす、娘婿ぉぉぉ!? 娘ぇぇ!? マジか。マジですか。

 結婚する年齢の娘が居る夫婦には見えない。カリーナさんは納得出来る。けどガルムスさんはなんというか、子供ができるをしてそうには見えない。

 もう一度言おう。見えない。

 ってか、ルークさん結婚してたのかよ! それに、実力はAって。どうりで強い筈だ。同じ人族の身でありながら、人族の手練8人をかすり傷で気絶させられるわけだ。


「娘さんいらっしゃったのですね〜。お頼み申してしてみます」


「どうした? 言葉が変だが?」


「なんでもありません!」


 あまりに動揺して、言葉が狂ってしまった……。


「そうか。なら良いが。で、結局オーダーメイドにすんのか?」


「はい、お願いします。素材を入手出来たら、また来ますね」


「おう。またな」


 カリーナさんにも別れを告げ、鍛冶屋を出る。








「あっ、そうだ。母様達に手紙書かないと」


 カインに到着してからイベント盛り沢山すぎてすっかり忘れていた。

 ギルドで冒険者に絡まれて、天国に昇る味を体感。ハーフエルフ達を助け出し、森で大量のゴブリン殲滅。受付嬢と鍛冶屋のドワーフにビビる。とても2日で体験する内容ではない。

 城では毎日似たような事の繰り返しで正直、飽き飽きしていた。王族に生まれて贅沢しておきながら、それに飽きたとはふざけた話だと自分でも思うが。

 2歳頃からずっと、起きて勉強、食べて勉強、一休みして稽古、寝る。の生活を5年間ほぼ毎日やってれば、誰しもこうなると思う。なにしろ、自分のやりたい事をする時間なんて、就寝前の数十分くらい。それ以上すると次の日が辛い。

 そんな日々も、確かに充実していると言えばしているが、カインに来てからの方が断然楽しいのだ。


「お手紙セットなら雑貨屋にあるかな……。しまった、カリーナさんに聞いておけばよかった」


 今から戻ってわざわざ聞くのもなんか恥ずかしいし、自分で探してみるか。そのうち見つかるだろう。







 15分後。


「…………迷ったな、これ……」


 素直にカリーナさんに雑貨屋の場所を聞いておけば、こうはならなかっただろう。

 現在は大通りからかなり外れて、細い裏路地に入ってしまっていた。早く戻らないと。アルベールの森を出てきた時から薄暗かったのだから、当然ではあるが、もうすっかり暗くなっている。


「あっ! そうだ! 気配察知あるじゃん!」


 早速気配察知の範囲を500mまで広げ、人の多い大通りを探す。すると、妙な気配がスキルに引っかかった。気配の色……つまり感情がないのである。

 人は誰しも感情を持つ。その感情は近くで見れば気配察知など使わなくても周囲に伝わる。わかりやすく言えば、雰囲気、である。怒って声を荒らげている人を見れば、怒っているとわかる。笑っていれば楽しんでいるとわかる。

 気配察知スキルを使うと、それらがそれぞれ違う波動として伝わってくる。怒っていればトゲトゲした反応が来るし、悲しんで泣いていれば、酷く不安定に揺れた反応が来る。

 それらが、今気になっている気配には無い。見つけた大通りからは離れてしまうけれど、そっちに行ってみるか。


 目的地にはすぐに到着した。そこには、丁度俺の目線の高さに、ふわふわと光る球体が浮いていた。

 触れない様に色々な角度からそれを眺めていたら、頭の中で突然若い女性の……いや、少女の声が響いた。


(あなた、私が見えるのね? だったらお願い、助けて……もう力がなくて消えそうなの……)


「えっ? 誰!? 消えそうってどういうこと?」


(私は……ルミナス。もう、だめ……お願い……)


「あ、え、えっと、ルミナスさん? 俺は何をすればいいの? なんでも言って!」


(何も……ただ……受け入れて……)


「なんかよくわかんないけど、わかった!」


(ありがとう……)


 すると、その光の球が俺の胸にスーッと近づいてきたが、俺の魔力に押し返されているようだ。受け入れる……ってことは[俺の中に]という事のようだ。自分の魔力を操って、ルミナスを受け入れる。


「う……ぁ……?」


 突然、体の力が抜け、座り込んでしまう。

 全身の虚脱感、発汗、目眩が同時に襲ってきて、それらに耐えられず、壁に背を預けた。


 この症状、魔力欠乏に似ている。

 元々俺は魔力が膨大なので、今まで1度しか経験したことがない。魔力操作スキルを覚える前に、多すぎる魔力の制御に失敗して。暴走した時だけだ。原因は間違いなく、ルミナスを受け入れた事だろう。

 ルミナスと言えば、火・水・風・土・闇・光。その6大属性のうちの1つ、光の大精霊の名だ。あの球体の様な姿。[私が見えるのね]という発言。そして、名前。精霊や妖精は、基本はエルフ。その他種族では相当素質のある人しか見ることが出来ない。

 これはもう、確定だろう。俺が受け入れたルミナスは、光の大精霊だ。何故6体しか居ない大精霊のうちの一体が、こんな所にいるのかはわからないが、いずれ聞けるだろう。

 それより今は、自分の心配をしようか。


「ふっ……く」


 少し休んで、なんとか立てるまでに回復したようなので、通常時の何十倍にも感じられる労力を使って、立ち上がった。かなりキツイ。こんな体調で雑貨屋なんて寄っていられないので、断念する。手紙は逃げないし。

 そのまま大通りまで歩き、そこからは人目があるので、無理してでも普通を装って歩いた。ようやっと宿屋に着いた時にはへとへとで、今にも座り込みたい程に消耗してしまっていた。何度か深呼吸をして息を整え、宿屋に入る。



「エミルお兄ちゃん? 大丈夫? 」


「……あぁ。大丈夫だよ、リアちゃん。ちょっと疲れちゃっただけなんだ」


「今日は随分遅かったじゃないか。本当に大丈夫かい? 顔色が悪いよ」


「あはは……ただの魔力不足なので、本当に大丈夫です」


「そう、なら寝てりゃ治るね」


「ありがとうございます。では」


 そして本日1番かもしれない難所、階段の目の前にやってきた。物凄くゆっくり3段上って立ち止まっていると、女将さんに抱き抱えられた。


「体調悪いのに、強がるんじゃないよ、全く。

 大人しく大人を頼んな」


「……すみません」


「そこは、ありがとうでいいんだよ」


「ありがとう、ございます」


 城にいた時は、簡単に礼を言ってはいけないと教えられていたが、ここでは言っていいのか。

 なら、神魔国第二王子エミル・スカーレット・シルフィの名を忘れて、ただのエミルでいよう。

 女将さんの暖かい体温が伝わってきて眠くなり、そのまま寝てしまった。





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