第11話。初依頼-達成-

 






 結論から言う。

 血を吹き出したのは、俺ではない。


「……遅れてすまない……手こずった……」


「ルークさん!」


 剣が俺に届く寸前。駆け込んできたルークが、なんとかギリギリ、凶悪顔の男の右腕を切り飛ばしたのだ。狩猟本能を持った思考可能生物は、獲物を仕留める瞬間、最も油断するのだという。通常時なら気づけたであろうが、今回はその隙を狙われた感じだ。

 これで、2対2。剣を砕かれた男が目覚めても、2対3。だが、武器を持たないなら居ないも同然だ。同じく腕を飛ばされた男も、敵ではない。


 この世界、シュメフィールにおいて、武器を持つ・持たないは、戦闘に於いて最も重要な意味がある。何か媒体がなければ、魔力を十全に使うことができないのだ。魔力を持たない獣人は、魔力の代わりに生命エネルギーである[]を使う。

 例えば、小さなプールを1人が持つ全魔力とする。そこから素手で水を掬おうとしても、掬えるのは全体の数%にも満たない、微々たる量だ。そこに、コップを持ってきたらどうか? バケツを持ってきたらどうか? そのコップとバケツが、武器である。

 武器にも性能があって、下はコップ程度から。上を見れば、ヒシュリム最高のSランク冒険者が持つと言われる[フラガラッハ]は、一振りで通常のエルフ一人分の全魔力を放てると聞く。そんな最上級クラスの魔剣なんて、全世界でも5本しかないらしいが。AやBクラスの冒険者が持てるとしたら、大きめのバケツと同じくらい魔力を掬えるだろう。


 俺とルークで呼吸を合わせ、凶悪顔の男に同時に飛びかかる。俺は腹を。ルークは頭を。子供の俺と大人のルークという身長差を考え、特に示し合わせることもなく、狙ったのだが。


「なっ!?」


「……っ闇から、手……?」


 刃と拳が届く寸前。ブラックホールの様な闇から、にゅっと手が出てきて、俺たちの攻撃を素手で受け止めていた。


「困りますねぇ。彼をここで殺してもらっては」


「……何者だ」


「おやおや、そこに居るのはスカーレットの子供ですねぇ。いずれまた相見えるでしょう……」


「――――っ!? 」


「……質問に……答えろっ」


「今はまだ、その時ではありませんよぉ……」


「あ、まっ、待て!」


 闇から聞こえてくる声の主は、ゾワゾワするねっとりした声で意味深な事を言い残し、凶悪顔の男を闇に飲み込んで消えた。


「……なんだったんだ」


「なんだったんでしょう?」


 構えを解きながら、顔を見合わせた。


「「……帰るか(りますか)」」


 外に続く階段は崩してしまったので、上に続く方の階段を、2人で登る。1階に着くと、8人の気絶した人族が倒れていた。元々上には合計9人居たのだが、1人は地下室に降りてきていたので数は合っている。

 それにしても、全員気絶か。戦闘に於いて、隔絶した戦闘力の差がなければ、誰一人殺さずに済ませるのは、案外難しい。それを、多方向から一斉に襲いかかられた筈なのに、数箇所のかすり傷だけで終わらせている。これでBランクなんて、冒険者ギルドのランク査定厳し過ぎだろ。


「捕縛しておいて……俺はギルマスを呼ぶ……」


「了解です」


 本当に静かな人だな。細身であまり喋らないルークは、傍から見るとソレほど強そうには見えない。人は見かけによらないんだなぁ。俺も城でよく言われてたけどさ。つい昨日も宿屋で言われたけどさ!


 それはさておき。

 気絶した男達を捕縛する為に、魔法を発動させる。使う属性は水と土。2つを混ぜ合わせて、かなり丈夫な植物を生み出した。それを縄の代わりに、男達の手足をキツく縛る。全員が終わった頃、タイミングよくルークがウォーレンと、警備隊、ギルド員2人を連れて戻ってきた。


「エミル、良くやった。あとは俺達に任せておけ。ありがとう、な」


「はい! 頑張りました!」


「おう。偉いな。ルークとギルドに戻っていいぞ。受付嬢に、荷物の件は伝えてある。受け取ったら、ギルドカードの更新もしてもらえ。ランクはまだだろうが、級は上がってるはずだ」


「わかりました。ルークさん、行きましょう」


「うん……」


 建物を出て、ギルドまで向かう。…………無言で。

 周囲に人がいない裏路地だから、見事なまでに沈黙が響く。何か話しかけた方がいいのか悩んでいると、驚いたことにルークから話しかけてきた。


「……君、エミルだっけ……スカーレットって、あのスカーレットのことなの……?」


「え、あ。それはその、ですね……」


「言えないならいい……俺も誰にも言わない……」


「すみません、ありがとうございます」


「……ん」


 さっきの闇から出てきた男が、何気なく口にした神魔国王家スカーレットの名。世界3大国の1つを治める王家の貴族名だ。その知名度は抜群で、他国の街の子供でも知ってるレベルだ。

 聞かれたのがルークで本当に良かった。もし別の誰かに聞かれていたら、面倒な事になっていたかもしれない。再び2人の間には無言が流れ、そのままギルドに到着した。


「……明日は早く来て……今日の詳しい報告をギルマスにするから……また明日……」


「わかりました。また明日。お疲れ様です」


 ペコッと軽く礼をして、カウンターに行く。


「エイミーさん、依頼終わりました。荷物の受け渡しとギルドカードの更新お願いします」


「おかえりなさい、エミル君。お疲れ様。荷物はこれね。確認してもらえる? カードは…..はい、OKよ。Dランク3級から、1級に昇級ね。おめでとう。今回の報酬、20万イルはどうする? ギルド金庫に預けることも出来るけど」


 ギルドカードと荷物を受け取り、装備品を身につける。解体ナイフを左腿に。剣は背中に。剣は本当は腰に付けたいんだけど、身長が低くて引きずってしまう為、背中に背負っている。


 報酬20万イル。結構な大金だ。手持ちに30万イルあるけど、遠距離攻撃用の弓が欲しい。受け取っておくか。


「荷物、全部揃ってます。報酬は手渡しで。質問なんですけど、3級から1級ってどういう事ですか? 飛び級は無いんじゃなかったんです?」


「いいえ、ランクの飛び級は無いけど、級は飛ぶことがあるのよ。規則だからあまり詳しくは言えないけど、級やランクが上がるごとに、次の級に上がるまでに必要なポイントが、どんどん増えていくの。だから、低いランクのうちに、高ランクの依頼を成功させると、一気に上がったりするのよ。エミル君は1級でも結構ポイントが高いから、あと2つくらい達成すればランク昇格試験が受けられるわよ。今からやる?」


 なるほど。級を上げるだけなら、パワーレベリングが可能なのか。思ってたより早くランクを上げられそうだ。今はまだ昼を1時間程度過ぎたくらいだし、近くで簡単な依頼を受けるだけなら、夕方には終わるだろう。


「へぇ、そうなんですか。勿論やります! 近くで短時間で終わりそうなやつとか、ありますか?」


「そう来なくっちゃ! エミル君ならきっとそう言うと思って、依頼書を確保しておいたの。1つは、カインの東隣、アルベールの森でゴブリン5体討伐。もう1つは、同じ場所で取れる薬草20束の採取よ。ゴブリン討伐が2500イル。薬草20束が2000イルの報酬ね。ゴブリンの方は狩れるだけ狩って。余剰1体につき700イル追加報酬があるわ。薬草はダメよ。次のが育たなくなってしまうから」


 俺の初依頼は、かなり高ランクだったらしい。あれ1枚で20万イルだから、ゴブリン討伐依頼10回分だ。どうりでいきなり2級をすっ飛ばす訳である。


「同じ場所で出来るんですね。じゃあそれでお願いします。見つけたやつ全狩りして来ますよ」


「OK、受理したわ。気をつけて行ってらっしゃい」


「行ってきます」


 さて、アルベールの森は東だっけ。ちょっとした準備運動がてら、走って行こっかな。体力を消費しすぎないように、弱く身体強化をかけ、東へ勢いよく走り出した。





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