第9話。武器屋と宿屋
「あの時のおばさん!? 武器屋の方だったんですか。先程はどうもありがとうございました」
「おばさんなんてよしとくれよ。あたしは、カリーナ・クラエ。夫婦で経営してる、このクラエ武具店の接客係さ。夫がドワーフの鍛冶師でね。随分と気難しいやつなんだ」
「そうだったんですか! びっくりしましたよ。あ、そうそう。解体ナイフを買いに来たんです。俺でも使えそうな、グリップが細いのあります?」
「ちょっと待ってな。すぐに持ってくるよ」
そう言ってカリーナさんは、店の奥から小ぶりのナイフを2本持ってきた。両方とも装飾などが一切なく、如何にも解体ナイフの雰囲気を醸し出している。
「こんなのでどうだい? こっちの方は抗斬属性耐性の特性が付いたレア物だよ。ノーマルの方が1万イル。特性付きは5万イルだ」
「抗斬属性耐性ってなんですか?」
「斬撃が効きにくい魔物が、ちょくちょくいるんだよ。スライムとか、やたらと硬いロックタートルとかね。そういう魔物は大抵、斬属性耐性のスキルを持ってるんだ。そういう魔物を解体するときは、普通のナイフだと結構苦労するよ。何せ、刃が通らない。
他には打撃耐性、刺突耐性とかもあるねぇ。もっと厄介なのだと、物理無効や魔法無効なんてのがある。そんなのはダンジョン中層以下の、高難度ボス部屋の魔物しか持ってないけどね」
「それは結構問題ですね。なら迷いはありません。特性付きナイフの方をください」
5万イルくらいの出費なら、大して問題はない。斬撃耐性魔物に遭遇した時の為、弓も持っておきたいけど、今はまだいいだろう。解体ナイフとは違って、剣や弓、槍等の武器はそれ相応に値が張るし。どうせ買うならお金を貯めて、より良い質の物にしたい。
「ちょっと高いけどいい判断だね。きっとお前さんは冒険者やってても生き残れるよ。冒険者やるなら装備をしっかり整えなきゃ、あっさり死んじまうからね」
「しかと覚えておきます。これ、お代です」
「はいよ、確かに受けとった。おまけでホルスターもあげよう。左太腿に付けるといい。咄嗟の時とかは解体ナイフでも案外役に立つんだ。納剣時なら剣を引き抜くよりそっちの方が早い。練習しておきな」
「はい!ありがとうございます!」
「いい返事だ。またおいで。気をつけて帰んな」
「また来ます」
いい買い物をした。何より、耐性持ち魔物について情報を得られたのは非常に大きい。何も知らずに戦っていたら、苦戦していたかもしれない。情報の大切さを知った俺である。
「ここか……」
ベッドマークの看板に、Sea of stars、つまり星の海と書かれているので間違いないだろう。
中に入ると食堂が広がっており、数人の冒険者風な格好をした客が食事をしていた。
「あ! お母さん、お客さんだよー! お兄ちゃん、宿かな? ご飯かな?」
「うーん、両方かな」
5歳くらいの女の子が話しかけてきた。明るい茶髪に同じく茶色の瞳をしている。この宿屋の娘のようだ。調理場の奥から出てきた女将さんに目元がそっくりだからすぐにわかった。
「お母さん、ご飯と宿両方だって!」
「はいよ。おやまぁ、ずいぶんと可愛い子だね。僕、1人なのかい?」
「はい。実家が遠いので、1人でカイン学園の試験を受けに来ました。」
「カイン学園!? ヒシュリムで1番レベルの高い学校じゃないか。見かけによらず凄いんだね。
宿と食事だっけ。セットで1泊1200イル、前払いだ。食事は1日2回。あたしに言ってくれれば、食堂が開いてる時間なら、いつでも食べられるよ。何泊するんだい? 試験は1ヶ月後のはずだけど」
「では試験日の翌日までお願いします。30日分なので、3万6千イル……金貨3枚と銀貨6枚ですね。
はい、確認してもらえますか?」
「僕、計算早いね。流石カイン学園の試験を受けようとする者だ。……うん、確かに3万6千イルだ。これが部屋鍵。そこの階段を上って2階、突き当たりの部屋だ。食事は今するかい?」
「そうですね。では、おねがいします」
「了解だ。すぐに持ってくるから、好きな席に座っていておくれ。」
女将に頷きを返し、近くの適当な席に座っていると、女将の娘の女の子が水を持ってきてくれた。
「ねえ君、名前はなんていうの? 俺はエミルだよ」
「リアはリアだよ!」
「リアちゃんか。お水ありがとう」
「はーい!」
どうしよう。とてつもなく可愛く見えてきた。いや、顔自体も結構可愛いけど! なんというか、雰囲気が!なんだこの愛玩動物みたいな愛らしさは。妹が居たらこんな感じなのかなぁ。前世も今世も妹なんて居ないからわからないけど。
「お待たせ! 星の海亭特性ビーフシチューだよ! ダンジョンで取れたミノタウロスの肉を使ってる。魔力保有量がかなり高い魔物だから、美味いよ!」
「美味しそうですね、頂きます」
それを口に入れた瞬間、口の中に幸せが広がる。
なんと言おうか、こう……アツアツのシチュー自体の美味さもさることながら、その中の肉がヤバい。
と・に・か・く・ヤバい!
長時間煮込んであるのか、舌の上でとろけ、気がついたときには既に飲み込んでいる。もっともっと、と口が、脳が求めて手が止まらない。
「あっ……もうない」
「お気に召したようでなにより。こんなに早く食べ終わるとは。また明日作ってやるよ。今日までずっと移動だったんだろう? もう寝ちまいな」
「楽しみにしてます! おやすみなさい!」
「そこまで喜んでくれると作りがいがあるね。嬉しいよ。おやすみ」
ダンジョン産食材、恐るべし。神魔国には何故かダンジョンがないため、今までダンジョン産の食材を使用した料理を食べたことがなかったのだ。まさかこれ程とは。まさに天国の味だった。これから毎日食事が楽しみになった俺である。
階段を上って借りた部屋に入ると、丁寧にベッドメイキングされた寝台。机と椅子。ロッカー。窓が目に入った。正直寝台だけかと思ってたけど、色々揃っていて安心した。
ふかふかそうなベッドに寝っ転がりたい要求に負けそうになるが、我慢我慢……。寝る前に荷物整理とナイフの練習をしないと。
ベルトの左腰側に紐で括り付けられた、小さな袋を外す。その袋から、着替えの服やら硬貨の入った巾着やら、明らかに小さな袋に入り切るはずもない分量が出てくる出てくる。
実はこの袋、魔道具なのだ。
ダンジョンからの出土でしか入手方法がない、スーパーレアアイテム。売れば紙幣扱いの手形が何十枚と飛ぶだろう。元々は王家の宝物庫にあったものだが、それを見つけた俺が王にねだって譲り受けた。
こらそこ、わがままとか言わないの! だって
あらかた荷物を取りだした俺は、これからの冒険者生活に備えて確認をしていく。
絶対にかかせない水筒。神魔国から持ってきた、オーダーメイドの剣と手入れ道具。長めのロープ。丈夫な素材で出来た、フード付きの外套。4着の着替え。所持金30万イル。そして、ナイフ。
しかし、あまりこっちで役立ちそうな物を持っていなかったので、荷物は少ない。冒険者として稼ぎながら、何か必要になったらその都度、買い足すつもりで来た。
明日の作戦ではそれら全てを、ギルマスのウォーレンさんに預かってもらうつもりだ。潜入時に装備を持っていったところで、恐らく全て没収されるだろうし、そのまま取り返すことが出来なかった、なんて事になれば目もあてられない。宿に置いておくのも少し不安だし。
「さて、と。」
武器屋のカリーナさんに貰ったホルスターを、左太腿に装着。ナイフをセットし、抜いたり戻したりを暫く繰り返す。3分程たって滑らかな動きになってきたら、次は身体強化を発動しながら練習する。それも5分程で随分スムーズに動けるようになってきたので、ホルスターを外す。
広げたものを袋の中に戻し、魔法を発動する。使う属性は水・風・火。3属性複合魔法で、体を清める。めちゃくちゃ便利だ。3属性の複合ができるようになって真っ先に試したのがこれだった。
ちょっとテンションが上がって『ウォッシャー』と名付けまでしてしまった。服を着たままこの魔法を使えば、服も綺麗になるので洗濯いらずの超ハイテク魔法である。
「っあぁ〜、疲れたぁ。三日ぶりのベッドだ」
綺麗になった服を脱いで、明日の服に着替えたら、勢いよくベッドにダイブした。
メリーナの目があるので、城ではやったことがなかったが、ここでは誰にも見られていない。つまり、やりたい放題できるのである。まぁ、迷惑かけない程度に、ではあるけど。
「寝よ寝よ……」
目を閉じると、思っていたより疲れていたのか、すぐに眠ることが出来た。
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