第2話「秘計」

 十年に一度、国の安寧を祈願し、くじで当たりを引いた王位継承者が神殿にて生贄として一命を捧げる。

 今般、白羽の矢が立った王子はアホだが正義感が強くて正直な、むざむざ若い命を散らせてはもったいない好青年。我々世話係は彼を逃亡させる手立てを講じたが、計略の露見を防ぐため、情報交換には、例えばパンにジャムや蜂蜜で短文をしたため、受け取った側が一読して頭に入れたら食べて証拠を隠滅する、という方法を用いることにした。ある者はマスタードまみれのナプキンで顔を拭く羽目になり、しばらく涙を流し続けたものだが、小間使いがコーヒーに添えて寄越した角砂糖にシロップで小さく刻まれた「!」の記号。


 妙案に期待して数日、短い時間だけ城砦の内外を行き来する物売りの舟が堀に。しかし、日覆いが付いていない。王子は待ってましたとばかり、身一つで窓から飛び降り、救助マットの代わりに重ねられた布団に受け止められて脱出した。

 偶然ではあるまい、打ち合わせされていたに違いない。振り返ったら小間使いと目が合った。よくやってくれたと、感謝の意を顔に浮かべたところ、彼女はプッと口を尖らせ、見事に膨らんだ風船ガムを披露した。その表面に「どういたしまして」と書かれていたかは、定かでない。

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