なんだかんだでお人好しの団長さんは人でなし

草木しょぼー

第1話 序

「乗せてもらえて本当に助かりました」


「いやいや、アネッサちゃんのお陰で息子の機嫌が良くて、こちらこそ大助かりです。道中退屈ですぐにグズるんですよ。なぁ、ライアル?」


「もぉ!」


 ガタゴトと、単調な車輪の音に混じり、幌に響く笑い声。

 備え付けの長椅子には十歳くらいの少年と、その隣に少し年上だが、まだ顔立ちにあどけなさの残る黒髪の少女が座っている。

 二人は向かい側に腰掛けた、少年の父親を交えて談笑していた。


「ところでマイヤーさん、街までは後どのくらいでしょう?」


「この先の丘を越えたらもうちょっとだよ、アネッサお姉ちゃん」


 しゃしゃり出た息子にマイヤーが苦笑し、端まで通る声で付け加える。


「ライアル、もうちょっとは言い過ぎだ。まだ二日は掛かるだろ。そこから先は幾つかの道が合流するので、徐々に人の往来も増えてきますよ」


 ギシリと椅子が鳴った。

 最後尾に座る飴色の髪の女が、出入り口にかかる布の隙間から、険しい顔つきで外の様子を窺っていた。

 その横には揃いの外套にズボン姿の、フードをすっぽり被った小柄な少年? が寄り添っている。


「つまりこの辺りが最後の難所――といった所ですか」


 独り言の様に呟いたアネッサが、ライアルの栗毛頭を優しく撫でる。

 不貞腐れ、足をバタつかせていた少年の尖った口が、見る間に大きな弧を描いた。

 

 年相応の少年と比べ、少女の落ち着いた雰囲気は、見た目よりもずっと大人びた印象を与える。

 いささか大きすぎる感のある象牙色の長袖チュニックに、羊革であしらえた焦げ茶色の膝上ズボン。

 足の上には綺麗に畳まれた外套が置かれ、膝小僧がお行儀よく並んで顔を覗かせている。

 一見地味な服装だが、それが却って彼女の容姿を際立たせていた。


 不安に駆られたのか少女は俯き、頬にかかる黒髪が厚いカーテンの様にその表情を隠す。

 焦ったライアルが身を乗り出した。


「大丈夫っ! アネッサお姉ちゃん、安心して! 護衛の人たちは凄く強いから」


「全く……ライアル、いつも教えているだろ? どう凄いのか、どうして大丈夫なのか、そこをきちんと説明しなさい。そんな説明では、どんな取引も成立しないぞ」


 呆れ、或いは諦めともとれる溜息を吐き出したマイヤーが、アネッサへと視線を向けた。


「彼らは協会の認定試験を突破した一つ星シングル持ちの傭兵ですからな。その中でも護衛任務を専門に請け負う熟練者たち。仮に、野盗が集団で襲ってこようが物ともしませんよ。所詮は烏合の衆です」


「それは心強いですね」


「本当に強いんだよ! 前に戦ってるのを見たんだけどさ、魔法の火の玉が飛んでいって、どーんって魔獣を吹き飛ばしてた!」


「凄いけど危ないですから、戦闘中は隠れてじっとしていないとダメですよ?」


「うん、今度はそうする! ねぇ、アネッサお姉ちゃん、知ってる? 最強の傭兵さんのお話」


 本当にそう思っているのか疑わしいライアルの様子に、若干の困り顔を浮かべるアネッサ。


「最強の? ですか。んー、傭兵ではありませんが三つ星トリプルで最強と言われているのは、ガレス王国の国王アイゼン様ですよね。強さよりもしつこさに嫌気が差しますけど。あっ……コホン。それに比肩するとなると、リサルト帝国騎士団、団長のベイル様といった辺りでしょうか。あとはパルマスの黒騎士やその他の方も含め、相性とか得意不得意もありますから、一概に誰と決めるのは難しそうですけどね」


「ほぉ、アネッサちゃんくらいの女の子でそれ程詳しいのは珍しいですね」

 

 淀みなく語ってみせたアネッサに、マイヤーが感嘆の声を上げた。


「えぇ、その、あちこち回っていますから。色々と耳に入ってくるんですよ」


「情報は宝の山ですからな。その真贋の目利きが、商人の腕の見せ所です。いいか、ライアル。大事なのは――」


 マイヤーが語り始めた【商売の極意】を、またかと言わんばかりに顔をしかめたライアルが、仰々しく話を戻す事で遮る。


「違う違う、アネッサお姉ちゃん。そんなの有名な人ばかりじゃん。そうじゃなくって、大きな声じゃ言えないんだけど、お伽噺や伝説みたいに囁かれてる人がいるのっ!」


「ライアル、お前の声は十分大きいぞ」


「うっ……」


「そんな人がいるんですね。じゃあ、ライアルくん。こっそりと私に教えてくれますか?」


「うん、いいよっ」


 マイヤーの一言で沈黙したライアルを、あっさりと持ち直させたアネッサ。

 すっかり息子の操縦に慣れた少女を見ながら、将来息子の嫁には年上のお嬢さんを貰おうと、何だったらアネッサを嫁に貰えないかと、マイヤーが一人計画を立てていたのを二人は知る由も無い。


「えっとね、その人は、なんとドラゴンを一人で倒したんだって。凄いでしょ?」


三つ星トリプル数人掛りでやっとのドラゴンを一人で? 確かにそれは凄いですね」


 囁く様に、それでも伝説の人物を自分が教える、その興奮を抑え切れていないライアルが目を輝かせて続ける。


「しかもね、そんなに強いのに、その人は女の人なんだって。凄いよね! それもね、背が高くて銀色の長い髪をした、すんごい奇麗な女の人らしいよ。あっ、えっと、その……アネッサお姉ちゃんも凄く奇麗だよ」


「あら、ありがとうございます」


 人形の様に整った笑顔で返すアネッサ。

 流石は俺の息子だと、マイヤーは心の中で親指を立てる。


「へへっ。それでね、その人は宝石みたいに透き通った紅い瞳をして!? ……していて、それで、それで頭……に……」


 アネッサの吸い込まれる様な紅い瞳を見つめた途端、ライアルの顔から興奮の色がすとんっと抜け落ちた。

 それからゆっくりと、見てはいけない物を見るかの様に、アネッサの頭へと目だけを動かしていく。


「ふふっ、私の頭に何かありましたか?」


 微笑みを浮かべたアネッサが、興味深そうに尋ねた。

 ライアルはどこか安堵した素振りで小さく息を吐くと、にかっと笑顔を作った。


「うん! 天使様の輪っかみたいなのが出来てる。アネッサお姉ちゃんの髪は黒色だもんね。そう、それでね、その人は頭に角が二本生えているんだって。それもキラキラしたやつが」


「へー、そうなんですか。でもライアルくん、内緒ですけど私も――頭に角が生えるんですよ」


「えっ?!」


 ライアルの耳に手を添えて囁かれたアネッサの告白。

 思わずといった感じでライアルが上体をらせた。


「すんごく怒ったらね」


 そう言ってアネッサは、両手の人差し指で頭に角を生やして見せる。

 切れ長の紅い瞳を少し細めて真顔をすると、いっそう大人びた雰囲気を醸しだし、怪し気な魅力が増す。

 その顔に間近でじっと見つめられたライアルが、ごくりと唾を飲み込んだ。


「冗談ですよ、冗談。それに、ライアルくんみたいな良い子には怒ったりしませんよ」


「……う、うん」


 ころころと笑うアネッサに、ライアルは短く返事をすると俯いてしまう。

 跳ね回る心臓が教える感情を、どう捉えれば良いのか分からず戸惑っていた。

 その様子を眺めていたマイヤーは、何とも言えない複雑な笑みを浮かべている。


 淡々とリズムを刻んでいた車輪が、ガタンっと大きく調子を外した。

 直後、緊迫した叫声きょうせいが平穏の終わりを告げる。

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