コミュ障吸血鬼、アンナ・クロンツェルの家に住む


 お礼を口にしてから、アンナの様子が変わった。

 そう、あれだ。


「てぃ、ティアナが笑ってお礼を……か、可愛い……! それに、私の名前呼んでくれたなんて、こんなに嬉しいことはないわ! この感情をどう表したら……。あぁ、嬉しすぎて思考が回らない! とりあえず、ティアナ、もう一回私の名前呼んで!」


 なぜそうなった……。

 というか、顔が近い。

 でも、まぁ、名前を呼ぶくらいなら……。


「あ、アンナ……?」


 呼んだ瞬間、アンナの顔が一層明るくなった。

 そして再び僕に抱きつく。

 しかし、そんな雰囲気をぶち破るように、僕は疑問を口にした。


「……あの、えっと、ここって、どこなの?」


 僕の質問にハッと我に返ったように顔を上げたアンナが僕から離れる。


「コホン。ここは私の家の寝室よ。一応言っておくと、これは私が使ってるベッドね。このベッドはティアナが寝たベッドとして一生保管し続けるから、安心して?」


 要らない報告と要らない宣言をされた。

 なに、僕が寝たベッドとして一生保管し続けるって。

 女の子好きもここまで来ると恐怖を覚えるし、全く安心できない。

 それにしても、街並みが見えるほど高さがあるということは、この部屋が二階以上なのは確実なのでは?


「この家……何階建て?」

「4階建てよ」


 思ってたよりも大きい家みたいだ。


「こんなに大きくても、私一人だけしか住んでないからもったいないのよね。あ、でも、使用人は雇っているから家の中は清潔に保たれてるわよ? この家、元はと言えば陛下が勝手にこんな家を造って、はいどうぞって渡してきたのよ? 信じられる? まぁ、眺めはいいから気に入ってるけれど……。ティアナはこの家、気に入った?」


 と、聞かれても……僕まだこの部屋しか知らないんだけど?

 けど、この部屋は居心地がよくて、窓からの眺めは綺麗だから好きだと言える。

 なので、〝この部屋は〟と答える。


「そっか。……だったらここをティアナの部屋にしましょうか。私は別の部屋で構わないから」

「そ、そんなつもりは……」

「いいのいいの。ティアナがこの部屋を使ってくれるのならこんなに嬉しいことはないわ。あ、でも、安心して? 一番嬉しかったのは名前を呼んでくれたことよ?」


 いや、僕、そこに不安を覚えたことはないし、べつになにが一番嬉しかろうと僕は構わない。

 でも、本人が使っていいと言うのならこの部屋を使わせてもらうことにしよう。


「本当に、使っていいの?」

「もちろんよ! 欲しいものがあればどんどん言って! 用意するから!」


 というわけで、この部屋に住まわせてもらうことになった。

 当面の課題は、部屋より服のことだ。

 早速アンナに要求しよう。

 なるべくシンプルな服を。


「じ、じゃあ、普通の服がほしい……」

「えっ、その服可愛いのに?」

「うん、フリルは可愛いよ……でも、その、フリルがついてるのは、スカートだけでいいかなって……ごめんなさい……」


 頭を下げる。


「あ、謝らなくていいのよ!? そうよね、さすがにフリルを付けたり飾り付けしすぎてティアナの可愛さが薄れちゃってるものね……私が間違ってたわ。服をシンプルにすればティアナの可愛さが引き立つもの。そんな簡単なことを失念するなんて……舞い上がってたみたいだわ。許してくれる?」


 そう問われれば、元々怒っているわけではないため、素直に頷いて返す。


「ありがとう。服は任せて! 今度こそ、ティアナの可愛さを引き立たせるようなシンプルな服を用意するから!」


 うん、ちゃんとしたシンプルな服を用意してくれるなら、文句はない。

 今着てる服が嫌いなわけじゃないけど、不満はあるから。

 フリルとかフリルとかフリルとか。

 女王の服だってこんなにフリル付けてなかったのに、僕の服にはこんなにフリル尽くしなんて、不公平というか、納得いかない。

 それはそうと、体の調子がよすぎて落ち着かない。

 そういえば、吸血鬼は夜になると活発化するって聞いたな。

 完全に夜行性動物のそれだ。

 加えて、夜間は吸血鬼の魔力量が劇的に上がる。

 昼間は劇的に下がる。

 つまり、昼間ゲキヨワ、夜間ゲキツヨということだ。

 それも、極端に体に反映される。

 というのは、今日実際に体験済みだ。

 昼間あんなにぐったりするのなら、もう、昼の間に外に出るのはヤダ。

 断固拒否する。


 ◆


 その後、なぜかアンナがお風呂に入ろうと言い出した。

 待ってほしい。

 僕、外見は女の子だけど一応心は男なわけで、一緒に入るのはだいぶマズイのでは? と思うわけだよ。

 ただ、女の子には手入れが必要だというのも理解している。

 けど、よくよく考えると、吸血鬼って汗とか出ないし、老廃物とかも出ないからお風呂入る必要ないんだよね。

 まぁ、でも、女の子の大事なところとか髪とか、その辺は手入れしておくべき、かな……?

 色々と思考を巡らせた結果、僕は覚悟を決め、アンナと一緒にお風呂に入ったのだった。



 ――5分後



 もう……アンナと一緒に入りたくない……。

 なんでって、アンナが自分の豊満な胸を僕の背中に当てながら慎ましい僕の胸をまさぐるように触ってきて、「大丈夫、成長期だから。すぐ大きくなるわ」なんて無神経なことを言ってきたから。

 吸血鬼は不老で成長期なんて無いからこれ以上成長するわけない! ……って言いたかったけど、コミュ障が発動して言えなかった。

 というわけで、今現在僕は拗ねている。

 言われた直後に逃げるようにお風呂を先に出てアンナが用意してくれた寝間着に着替え、真っ先に寝室まで戻ってきてベッドにダイブした。

 入ってすぐの出来事だったため、どこも洗ってないまま出てきたことになる。

 アンナがあんなことを言うからいけないのであって、僕はなにも悪くない。

 完全に嫌味にしか聞こえなかったし。

 でも、こんなことで拗ねるなんて、僕って幼稚かも……。

 と思ったところへ、



 ――コンコン



 部屋のドアをノックする音が響いた。


『ティアナ……入ってもいい?』


 アンナだ。

 タイミング悪いよ……。

 まだ頭の整理がついてないのに。

 そう思いつつもドアのところまで行き、ドアを少し開ける。

 隙間から覗くと、そこにはいわゆるネグリジェを着た妖艶な赤髪の女性がいた。

 それを確認した瞬間、咄嗟にドアを閉める。

 あれ? 声は確かにアンナだったよね?

 なんで娼婦みたいな人が部屋の前にいるの?

 でも、ドアを閉めた瞬間に「えっ!? ちょっ、ティアナ!?」というアンナの焦り声は聞こえた。

 確認のためにもう一回開けよう。

 再びドアを少し開け、隙間から覗く。

 どう見てもアンナに見えない。

 雰囲気が違いすぎる。

 胸を強調してるところとか、髪を結ばずおろしてあるところとか。

 全くの別人に見える。


「ティアナ、ごめんなさい。お風呂場で言ったこと、吸血鬼のティアナに言うべきことじゃなかったわよね……。お詫びに……私の体を好きにしていいわよ!」


 腕を広げカモーンと準備万端なアンナ。

 瞬間、僕はドアをソッと閉めた。

 再び「えっ!? ちょっ、ティアナ!?」という焦り声が聞こえるけど、知らない聞こえない反応したくない。

 面があったなんて……。

 ……コホン。この事は、見ざる言わざる聞かざるとすることにしよう。

 それにしても、アンナをどうするべきか……。

 このまま部屋に入れるのは変態を入れることと同義だから、危険以外のなにものでもない。

 だからといって追い返すのは、家に住まわせてもらっている身として心苦しい。

 どうすれば……。

 そう考えていたところへ、


『わかった。今日はもう寝ることにするわ。おやすみなさい』


 ドア越しにアンナがそう言った。

 足音が離れていく。

 ほ、本当に行っちゃった……。



 ……………どうしよう?



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