横花市営地下鉄 異世界アクアライン

有本博親

Station:01 異世界転生駅

 ◉


 あたしの名前は工藤アスカ。

 神奈山県横花市の学校に通う、ごくごく普通の高校一年生だ。


 学校帰りの電車の中。

 そろそろ実家の最寄り駅に着く頃だと勘えたあたしは、顔を上げて車窓を見た。


「え」


 驚きのあまり、声が漏れた。


 ここ、どこ?


 あたしは眼鏡を一度外し、両目を強くこすった。

 もう一度、眼鏡をかけ直して車窓を覗いた。


 草原だ。


 車窓の外に広がっているのは、青い空に地平線の彼方まで続く大草原だった。


 …………アフリカ?

 ついさっきまで、地下鉄の暗いトンネルを走っていたはずが、いつの間にかアフリカに着いている。


 どういうことだ。

 たしか地下鉄アクアラインが地上に上がるのは、高架駅の上永屋駅だけのはずだ。

 が、車窓から見える景色は、どこからどう見てもこの見慣れた上永屋駅付近の景色ではない。

 ひょっとして新しい駅とか?

 いや、そんかバカなことあるわけ……。

 

 はっとあたしは我に返り、別の異変に気付いた。


 いない。

 ぎゅうぎゅう詰めに座席シートに座っていた乗客たちが、誰一人いない。


 あたしだけだ。

 この車両に乗っているの、あたししかいない。


 ……うわぁ、うそでしょ。やっちまった?

 いつの間に乗り換えがあったの? まったく周りのこと見えてなかったな、あたし。


 って、ちがうちがう。そうじゃない。

 驚くポイントはそこじゃない。


 そもそもこんな大草原、アフリカとかオーストラリアみたいな広い土地の外国とかに行かない限り見ることなんてない。

 少なくとも、うちの近くにこんなだだっ広い草原なんてみたことも聞いたこともない。


 というか。

 どうして18時過ぎているのに太陽が昇っているわけ?



 ギャアアアス!



 突然、耳を劈く怪鳥音が聞こえた。

 び、びっくりした。何事?

 怪鳥音が聞こえた方向に振り向くと、ぎょっとなった。


 車窓の外に、真っ赤な表皮に、コウモリの翼が生えたやたらでかいトカゲっぽい生き物が、大空を飛んでいるのが見えた。


 まさか。あれ。

 ドラゴン?


 いや、ドラゴンだけじゃないぞ。

 

 草原には川があって、その川沿いに半人半馬のケンタウロスがいる。ケンタウロスの周りには、ぷにぷにと柔らかい半透明のスライムや、ごつごつとした岩の塊みたいな体のゴーレムとかもいる。


《この度は【横花市営地下鉄 異世界アクアライン】をご利用いただき誠にありがとうございます。次は『異世界転生』に到着です。お出口は左側となります。Ladies and gentlemen.We will soon make a brief stop at ISEKAI TENSEI.The exit will be on the left side.Thank you.》


 車両内にアナウンスが流れた。

 顔を上げると、扉の上部に設置されている液晶モニターに『異世界転生 ISEKAI TENSEI』と表示されていた。


 このイタイ駅名にこの状況……。

 ひょっとして、まさかのまさかだけど。


 あたし……異世界に迷い込んだ?


「見かけない顔だね」


 突然、声をかけられてあたしはびくついた。


 振り返ると、そこに勇者がいた。

 全身真っ青の甲冑に、天使の羽が生えた兜を被っている。

 たぶん20代前半くらいだと思う。

 笑うと可愛い大学生のお兄さんといった印象があった。


「初めまして。山田ハルトっていいます。君は?」


「く、工藤アスカです」


「アスカちゃんか。高校生?」


「あ、はい」


「何年生?」


「い、一年です」


「そっか。一年生か。可愛いねー、眼鏡美少女だね」


 ハルトと名乗った勇者が、なんの躊躇いもなく褒めてきた。


 なんだろう。

 急に口説いてきたな。この人。


 顔面偏差値がそこそこ高いイケメンによくありがちな、無駄に自信に満ち溢れた馴れ馴れしい態度っていうかなんというか。あたしとあなた初対面なんですけど? わかってます? って、いいたくなるような距離の詰め方をしてきている。

 イケメンだけど変なコスプレしているし、正直あたしは得意じゃない。この人。


「アスカちゃん。もしかして迷い込んだ的な感じ?」


 あたしの不安げにしている様子を察して、ハルトはあたしに訊いてきた。


 正直にあたしは答えると、ハルトは「なるほど」とつぶやいた。


「アスカちゃん。この地下鉄は横花市のアクアラインじゃなくて、異世界の駅に到着する地下鉄なんだ」


 ハルトはいった。

 現実世界かや異世界に入る方法はいくつかあるそうだ。


 魔法的なチカラで空間にゲート(?)を開けるのや。

 偶然通りかかった2トントラックにはねられたり、などなど。


 この地下鉄は、異世界に入るための交通手段のひとつらしい。そうハルトはあたしに説明した。

 

「たまに時間帯が被ると、アスカちゃんみたいな乗客が迷い込んでしまう時があったりするんだ。でも、大丈夫! 次の異世界転生駅で乗り換えれば元の世界に戻れるよ!」


「本当ですか⁉︎」


 よかった。戻れるのか。

 それを聞いてあたしはホッと胸をなでおろした。


「だから、次の現実世界行きの電車が来るまで駅で待っていればいいよ」


「ハルトさんもその電車に乗るのですか?」


 あたしが訊くと、ハルトはかぶりを振った。


「僕は乗らない。やらないといけないことがあるから」


「やらないといけないこと?」


「魔王を倒すんだ」


 電車が駅に到着した。

 ハルトとあたしがホームに降りると、電車はすぐにホームから発車した。


「僕はこの世界を平和にするために、魔王を倒さないといけないんだ」


 真面目な顔でハルトはいった。

 へ、へぇ〜……ふーん、魔王を倒す……ねぇ。ふーん。


「魔王どこにいるのですか?」


「北にある山を越えたら魔王の城があるんだ。そこに魔王はいると聞いた」


 ハルトが指差した方向に、小高い山が見えた。

 あの山の向こうに、魔王の城があるのか。ふーん。


「その情報って何で知ったのですか? 情報源は誰ですか?」


「さぁ! これからまたモンスターたちの戦いが始まる! 頑張るぞー!」


 ハルトは両腕を上げ、伸びをする。


 無視された。


 ナチュラルなスルーに、あたしの心は少し傷ついた。


「アスカちゃん。ここで待っていたら現実行きの電車が来るはずだ。多分1時間後くらいだと思う」


「え! そんなかかるんですか?」


「現実行きは一日10本しか走ってないんだ。乗り遅れたら翌日まで来ない時もあるから、気をつけるんだよ」


 ハルトはあたしに告げると、屈伸をしたり上半身を左右に捻ったりして、軽く準備運動を行った。


「それじゃ行ってくる!」


 準備運動がある程度終えると、ハルトは駅の改札を抜けた。

 とりあえず、異世界の駅でもPacimoが使えるみたいだ。


「色々教えてくれてありがとうございました。魔王退治、お気をつけてくださいね」


 あたしはハルトに向かって手を振った。

 ちょっと気持ち悪いイケメンだったけど、異世界からの帰り方を教えてくれたし、とりあえず悪い人じゃないかもしれない。


「ああ、君も気をつけ……」



 グシャァ!!!



「は?」


 返り血が、ほっぺたにくっついた。


 改札の足元には、真っ赤な血だまりができている。


 何が起こったか理解できないあたしは、目を見開いたまま、その場で立ち尽くした。


 え。

 まさか。

 死んだの? あの人。


「なるほど、あそこで待ち伏せていたか」


 声が聞こえた。

 あたしは驚きのあまり悲鳴を上げた。

 背後を振り返った瞬間、心臓が止まりそうになった。


 踏み潰されたはずのハルトが、何事もなかったかのようにあたしの背後に立っていた。


「あー、びっくりしたー」


 にこっとハルトが微笑む。


 びっくりしたのはこっちだよ。

 なに? なんで生きてるの? どういうこと?


「転生だよ」


「転生?」


「そう転生だ。この世界は死んでも『転生』することができる。だから、ここにいる」


 ごめん、ちょっと何言ってるかわからない。

 ちゃんと説明してほしいんだけど。


「つまり、生き返ったんだよ。この世界にいれば、何度も生き返ることができちゃうんだ」


「どうして生き返ることができるのですか?」


「うん。大丈夫! 安心してほしい。あそこにトラップがあることは学んだよ。今度はそうはならないように、別の改札から出れば問題ないはずだから」


 ハルトは血だまりができた改札とは反対側の改札に向けて指を差した。


 また無視だ。


 どうして生き返ることができるのか答えてよ。


「それじゃ行ってくるよ」


 線路を堂々と横切り、反対のプラットホームにハルトはよじ登った。

 よじ登った後、反対方向の改札を抜けていった。



 バグウッ!



「うわぁあああああああああ!」


 ハルトの悲鳴が轟いた。

 車窓から見えた赤いドラゴンが、ハルトの首根っこを上から啄ばみ、餌のミミズを巣まで運ぶ鳥のように

、あっという間にハルトを連れ去ってしまった。


「やぁ」


 ホームにハルトが突然出現した。


 出現したというより、湧いて出てきたというか。


 駅ホームの石畳の隙間から、むにゅむにゅむにゅって粘土みたいな柔らかい物体が滲み出て、あっという間にハルトの形に変形した。


 変形している間、あまりのグロさに本気で吐きそうになった。


「そうだった。あそこはドラゴンが待ち構えていたんだ。改札から出ないとダメだったのをすっかり忘れてたよ」


 粘土から人間になったばかりのハルトが、なんの警戒心もなく、Pacimoを使って普通に改札を抜けた。



 グシャァ!!!



 改札を抜けた途端、ハルトの肉片がホームに飛び散った。


「ゴロロロ……」


 改札前を血まみれの岩が通せんぼしている。

 あたしが見上げると、ゴツゴツした全身岩の皮膚で覆われたモンスターがあたしを見下ろしているのに気づいた。


 ゴーレムだ。

 最初、ハルトを踏み潰したのも、きっとこのゴーレムだ。それがはっきりわかった。


「はぁ、またか」


 駅の改札の横に設置されている事務室らしきところから、帽子を被った半人半馬のケンタウロスが扉をあけて現れた。

 帽子のデザインから察するに駅員さんだろうか。


「あの勇者……君の友達?」


 ケンタウロスの駅員があたしに訊ねた。

 あたしは「違います」と即答した。


「そうか。あの勇者には困っててねぇ。君が友達なら注意してほしいと思ってたんだけどなぁ」


「注意?」


「転生するのはいいんだけど『ゴミ』は持ち帰ってほしいんだよね」


 ケンタウロスはそういうと、首から下げている双眼鏡をあたしに手渡した。

 あたしが双眼鏡を受け取ると、ケンタウロスが魔王がいるとされる山を指差した。


「あのゴミの山だよ」


 あたしは双眼鏡で山を覗いた。


 山には草木が一本も生えてなかった。


 死体。

 おびただしい数の死体で山が埋め尽くされている。


 というより、あの山って……。


「こうハイペースで転生されると困るんだよ。いい加減、諦めてほしいんだけど、なかなかしぶとくて」


 ケンタウロスが腕を組んでため息をついた。

 嫌な予感がして、あたしは振り向いた。


「やぁ、アスカちゃん」


 爽やか笑顔のハルトがホームに立っていた。


「なんとなくわかってきたよ。あと3000回くらい転生したら、多分コツがわかってくる気がするんだ。心配しなくてもいいよ! 僕はきっと魔王を倒すから!」


 そういって、ハルトは改札を抜けた。



 グシャァ!!!



 ケンタウロスが頭を抱えてため息をついた。


「掃除するの俺なんだぞ、まったく」


 あたしはケンタウロスを見上げた。


「すみません。次の現実行きの電車っていつですか?」


「19時12分」


 スマホで時間を確認すると、17時57分だった。

 あと1時間15分待つのか。

 それまでこの一連の流れがループして見させられるのかと思うと、ちょっと憂鬱な気分になってきた。


「やぁ、アスカちゃん。君もよかったら僕と一緒に転生して魔王退治しないかい?」


 生き返ったハルトが、あたしに声かけてきた。

 ぼろっとハルトの眼球がこぼれ落ちた。

 短い期間で何度も生き返っているせいなか、顔のクオリティが最初に比べて悲惨なことになっている。


「けっこうです」あたしは即答した。


 3000回死んでようやくコツが掴めるのか。

 魔王退治も先が長いな。


 だけど、その諦めない前向きな姿勢は嫌いじゃないかも。


 そうあたしは思った。



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