作業用BGM

エリー.ファー

作業用BGM

 私がこの場所で物音を立てることに意味はある。

 そう思いたい。

 何か意味があると思っていなければやっていけなくなっている。

 そう、思いたい。

 なんというか、思いたいことばかりで、結果としては、物音を立てる以外の行為は一切していないのと同義なのだが、それでも、私は思ってしまう。

 考えてしまう。

 この場所に居続けて自分が無意味な存在なのか同化を確かめたくなる。

 仕事で大きな問題を起こしてしまった。女性問題であるとかそのようなことではない。単純に、自分のした行為の責任ではない、上司の失敗や部下の失敗をそのまま押し付けられたのである。その結果としてこのような仕事をすることになった。

 正直に言えば良かったのかもしれない。

 すべてを話してしまえば許されるところもあったのかもしれない。

 けれど。

 気が付けば。

 私はもう、自分の足で立つ感覚を忘れてしまっていたのである。

 何もかも、自分の力でやっていたころとは明らかに違う思考。明らかに違う筋肉。明らかに違うスキルばかりを備えてしまっていた。

 私は。

 私の思い描いていた私から遠いところで結果を出そうとし、そして、結果として、何もできないままだった。

 物音をたてる、という仕事も、結局は誰でもできるのだ。

 誰であろうと簡単にできて、しかも何の準備もいらない。新入社員だけではない、バイトでも、派遣社員でも、それこそ小学生でもきるだろう。

 ここにやりがいはない。

 被害者面をしてみてもいいが、給料はいい。

 有給休暇も簡単にとらせてくれるのだから、一々文句を口に出そうとも思えない。

 悪くはない。

 品の良い監獄。

 それが適切だろうか。

 他にもいたのだ。

 社員、と思わしき存在は。

 しかし、である。

 私以外は皆、精神をやってしまってどこかに行ってしまった。

 ここに来なくなったのだ。

 私はもう、ここにほぼ住み着いていると言っても過言ではないのだが。

 そうしているから。

 この仕事に愛着など一切湧かないのに、居場所として定義してしまっているのか。

 分からない。

 私はもう分からないのだ。

 ただでさえ、社会の中でこのような状況を贅沢だ、という輩がいる中で、自分のしている判断が正しいかどうかの自信が持てないのである。定義がない、ルールがない、まるで最初から深夜の野原にいたかのような寂しさの中にいるのだ。

 賢くはなったのだろう。

 深夜であると分かったし。

 野原であることも分かったし。

 しかし。

 分かったからと言って、何かが変わる訳でもないのだ。

 認知の変化は自分の心の成長を感じ取れるが、状況や環境の変化と繋がっている訳ではない。

 賢くなった自分へ酔う行為もほどほどに、ただひたすら地面の上の小石を数えては、自分の掌に乗せようとして距離感を間違え、顔から倒れるばかり。

 そして。

 誤魔化して笑うばかり。

 どうすればいい。

 我慢して。

 我慢して。

 我慢して。

 気が付いたら、誰も勝てないような素晴らしい存在になっていた。

 というような妄想にとりつかれるのが正解なのか。

 いや。

 それが正解、不正解に限らず仕事をしていく人間の常ということなのか。

 私はまた物音をたてる。

 誰かがこちらを覗き、そして自分の業務に没頭し始める。

 お前も、俺だぞ。

 そう口にしようとしたがやめてしまった。

 相手はもう気づいていて、声を殺して泣いていた。

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