生きていた、そして生きていく
稀津月 麗慈
生きていた、そして生きていく
祖父は強い人だった。
僕は田舎で暮らす祖父を、時折訪ねていた。
それはいつだったか、僕がひどく落ち込んでいた時のことだった。
「人生ってのは不思議なもんでなぁ」
縁側で何もすることを見つけられず、時間を潰していた僕の隣によっこらせと腰掛けながら祖父が語ってくれた。
「俺ももう歳だからな、最近になってよく不思議に思うんだ。」
ほれ、と僕の大好きなアイスを差し出す。それを受け取って僕はちびちびと食べ始める。
「なあ、人生って何のためにあると思う。」
僕は黙って耳を傾ける。
「最近の若い奴は、生きる目的が見つからないとか言って落ち込んだりするんだろ。お前ももしかしたらそんな風なことで悩んでるのかもしれんが、あんまり考えすぎるなよ。」
「お前が今生きてるのは、誰かに何かするためでも、お前が何かするためでもない。生きるって事は、手段でも、道具でもないんだ。あれしなきゃとか、これ失敗したら大変だとか、だれだれがいないと生きていけないとか、人生はそういうもんじゃない。」
祖父は濃くて熱い茶を啜りながら続ける。
「ただ生きるために、生きろ。」
そうしてりゃ大概のことには動じなくなるからよ。と祖父は笑いながら湯飲みを洗いに炊事場へ行ってしまった。
それが、祖父と二人きりで過ごした最後の時間だった。
その数週間後に、祖父は亡くなった。脳卒中だった。
何かを予期したような祖父のあの一言は、僕の心の中で生き続けている。
「生きるために、生きろ。」
僕は、生きるために生きられているのだろうか。祖父が亡くなってからそう考えることが多くなったようになった。
祖父は、僕の中で『言葉』となって、記憶となって、息を続けている。
祖父は、生きるために
僕の心の中で生きるために、最後の瞬間を生き切ったのだ。
生きていた、そして生きていく 稀津月 麗慈 @reiji-kitsutsuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます