第201の扉  そばに居て

「梨都」


 リビングでのんびりお茶を楽しんでいると、月がためらいがちに話を振った。


「京也のことなんだけどさ……何とかならないかな」


 先ほど翼とも話していたが、最近の京也はかなり苦しそう。しずくを奪えという董魔からの重圧と、奪いたくないという感情の狭間でずっと板挟み状態。彼はもう限界が近いのだろう。

 助けてあげたい気持ちはあるのだが、京也はあまりにも董魔に近い。そう簡単に助けられる場所に居てくれない。


「どうしたらいいかな」


 今にも泣き出してしまいそうな顔で尋ねる月。梨都はそんな彼を安心させるように優しく微笑んで、頭を撫でた。


「きっと大丈夫よ。京也は一人じゃないんだから」

「でも……」

「そう言えば、今日だったかしら、あの子が長期任務から戻るらしいわよ」

「あの子?」


 梨都には何か思い当たる人物が居るようだが、月にはさっぱり分からない。一体誰のことを言っているのだろうか。


「あら、会ったことなかったかしら? 私に似ていて、とっっってもいい子よ」

「……嫌な予感しかしないんだけど」


 にっこりと微笑む梨都とは対照的に、月の顔が引きつる。帰ってくるのはどんな人物なのだろうか。梨都に似ていると言うことは……考えるだけで背筋にゾクッと冷たい物が走る。京也が無事であることを願わずにはいられない。


「あぁぁぁぁぁぁ! 助けて、やだぁ! 相原くんっ!」

「「!?」」


 月が京也へと合掌を捧げていると、二階の風花の部屋から悲鳴が響き渡る。彼女の身に何かあったのか。

 今風花は翼と一緒に居るはず。二人っきりの室内、翼は恋する犯罪者予備軍。そして、響き渡る悲鳴……こ、れ、は。


「ついに炎が覚醒したんか?」

「楽しい展開の予感がするわね」


 犯罪者予備軍翼がついに最終形態の犯罪者翼になったようだ。今頃風花の部屋では二人でゲフンッゴフンッしているのだろう。


「案外覚醒が早かったな」

「すぐに手を出すなんて、恐ろしい子」


 呑気に月と梨都が呟いているが、月の身体から一気にブワッと白い物が噴き出した。


「何を悠長なことを言っているのですか? 早く助けに行きましょう」

「えぇ、人の濡れ場に突撃するなんて、趣味悪いわよ」


 月とチェンジした太陽が梨都を促すも、全く動こうとしない。ズズーと音を響かせてお茶を楽しんでいるだけである。


「もういいです。私一人で行きます」

「やめておきなさい。いい所を邪魔したら悪いでしょう?」

「姫が助けを求めているのですよ! 放っておける訳がないです!」

「太陽! 月! 早く来て! おね、がい、んぅ、助けてぇ」

「姫様、すぐに参りm……むぐ!?」


 風花の部屋へ行こうとしていた太陽の口が、梨都によって遮られる。完全に今の状況を楽しんでいるのだろう。とても悪い顔をしていた。そんな彼女をジトッと睨みながら、太陽は文句を言い放つ。


「むぐほふご(離してください)」

「嫌よ。楽しそうだからこのままにしておきましょう。そして、こっちはこっちで楽しみましょうか」

「!?」


 そして、そのまま梨都が首に口づけ。太陽の身体がガクッと崩れ落ち、床に転がる。


「向こうが濡れ場なら、こっちも濡れ場をしましょ?」


 ぺろりと舌なめずりをして、こちらはこちらでゲフンッゴフンッである。梨都がドレインタッチしようと、容赦なくその唇を近づけていった。

 しかし……


「太陽ぉぉぉぉ! 早く来てよぉぉぉ! 相原くんが倒れたの!」

「「?」」

「お願い! 早くぅぅぅぅ!」

「……状況が分かったような気がします」

「何よ濡れ場じゃないのね」


 風花の言葉でいろいろ理解した様子の太陽と梨都。ため息をつきながら、彼女の部屋へと向かう。











「あぁぁぁ! 太陽、たぃよう。相原くんがぁぁ」

「はいはい」


 部屋に入った途端、泣きながら抱き着いてきた風花。そして、みなさんもうお分かりだと思うが、翼が目を回してぐったりとしている。

 先ほどから風花が太陽たちに助けを求めていたのは、翼を助けてほしいからである。決して犯罪者予備軍翼が犯罪者翼になったからではない。

 風花が「そばに居て」と懇願したと同時に、遠くに行ってしまった翼の意識。そして、いきなり倒れた彼にパニックを起こし、泣き叫んでいたのである。

 犯罪者予備軍翼が覚醒するのはまだまだ先らしい。



_______________






「あ、紅刃! お出迎えありがと」

「長期任務お疲れさま、さとり」

「ほんとに疲れたわよ。董魔パパンはもう少し威圧感を減らせないのかしら。報告するだけで疲れるんだけど」


 魔界、王城にて、紅刃に文句を垂れている女性が一人。真っ黒なゴスロリワンピースに身を包んだ女性。名前は市原いちはらさとり。京也が組織する魔界四天王一人であり、小松梨都の従妹である。


「流石は京也ちゃんのパパンってだけあって、顔はいい感じなのよね。京也ちゃんも歳を重ねたらあんな感じのダンディーになるのよ、きっと」


 さとりは長期の任務で魔界を離れていたが、先ほど帰城し董魔への任務報告を終わらせたところである。


「はあー、京也ちゃんに会いたい。長期任務って会えなくなるから辛い。京也ちゃんと二人きりの長期任務ならいつでも歓迎なのにな」

「あなたそろそろ京也様に嫌われるわよ」

「紅刃はいいわよね! 私が仕事で居ない間も、京也ちゃんと一緒に居たんでしょ! ズルいズルいズルい!!!」

「さとり……帰ってすぐで申し訳ないけど、京也様のことで協力してほしいことがあるの」

「んー?」


 声のトーンが低く落ちた紅刃の言葉。喜々としていたさとりの顔が真剣な表情へと変わる。


「何かあったの?」

「……実は」







_______________








「お騒がせしました」

「良かったぁ」


 しばらくすると、翼の意識が戻ってきて、全員にぺこりと頭を下げた。そして、風花が彼を抱きしめそうになるものの、月がその行為を阻止。翼との間に挟まり込み、代わりに抱きしめられた。


「月、退いて」

「風花やめとけって。またあいつ死ぬぞ?」

「抱きしめられて死ねるなら、僕は本望だよ」

「お前……」


 月ににっこりと殺気を飛ばしながら、手を広げている翼。本来なら今頃風花に抱きしめられて、天に召されているはずなのに、月が挟まったのでかなり怒っているようだ。


「勝手にしやがれ」


 呆れながら風花の道を開けた。それと共に、風花が飛び込み、翼が無事天に召される。


「俺は忠告したんだからな」

「ねぇ、月。風花は自分の恋の結末がどうなるか知っているの?」

「……まだ知らない」


 風花に聞かれないように声を潜めて、梨都が月に話を振る。

 風花は心のしずくが欠けている影響で、自分の恋心を自覚することができない。しかし、彼女の想い人は恐らく翼だろう。


「風花には辛い展開になりそうね」

「……」


 風花は恋を理解した時、何を想い、どう行動するのだろう。彼女が結末を知ってしまう日はそう遠くない。

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