第200の扉  不快な感情の名前

「梨都さんっ! んぅ、どうして、ここに来たのですか? 特に用がないなら、早く帰ってくださ、あっ」

「冷たいわねぇ。そんなに言うなら全部吸うから」

「いやっ」


 風花が自室で自分の感情を考えている時、リビングでは梨都が太陽を組み敷いて、ドレインタッチ。モゾモゾと抵抗するも、魔力を吸われて力が入らないこともあり、逃れられない。チュウチュウと吸われていく。


「やめてぇ、もうむりぃなのですぅ、ぁぁぁ」

「ふぅ、美味しかった。ご馳走さま」


 梨都は満足そうにうっとりとしているが、太陽はもう限界。真っ赤な顔でビクビクと痙攣していた。


「それじゃあ、本題に入ろうかしら」


 瀕死の太陽のことはさておいて、先ほどの雰囲気とは一変、真面目な空気に変わった梨都が本来の目的を話し出す。


「タタン様のことだけど……」


 夢の国の王、タタン。彼は夏休み直前に風花だけを夢の国に誘い、何やら話をしていた。彼の意図が分からず、優風に相談していたのだが、どうやら動いてくれたようだ。梨都はその報告に来たらしい。


「風花の姿を、見せたい人が居たみたいよ」


 寂しそうな光を瞳に宿して、梨都は話してくれる。

 タタンに誘われて夢の国へと渡った梨都と、風花の母親である優風。彼女たちは夢の国で一人の人物に会っている。タタンは風花の姿をその人物に見せたかったようだ。


「あの時京也が夢の国に来たそうね? その時点で、それを考えるべきだったわ」

「……確かに」


 梨都の言葉に納得を示した太陽。

 夢の国は精神世界。厳重に守られた世界で、夢の国にいる人物がその扉を開けないと、入国することは不可能。風花救出のために向かった翼と彬人は、風花たちと手を繋ぎ、太陽が補助して入国することができた。しかし、京也はどうやって……


「これで一件落着、解決ね」

「でも、それなら私も会いたかったです」

「太陽が行くと、月も引っ張られるからじゃないの? 精神世界だから封印とか関係ない訳だし、そのまま風花に存在がバレてたわよ」

「それは……そうかも、しれませんが」


 太陽は納得できない様子。梨都の言う通り、月を封印したままの状態の太陽が夢の国に渡っていれば、身体から月がポンッと出ていたかもしれない。月の存在を隠したかった彼にしてみれば、それは良くないことだっただろう。


「……でも、それでも、会いたかったのです」


 しかし、「会いたい」と言う感情が余程勝るらしい。悲し気にしょげてしまった。夢の国の人物に会えなかったことは、相当ショックなようだ。


「太陽たちも招待してもらうように言っておくわ。それまで我慢ね」

「我慢……でも、あの、その……分かりました。ありがとう、ございます」


 不服そうではあるが、何とか納得したご様子。駄々をこねる子供っぽい一面を見ると、思わず梨都の口元が緩む。

 何かと大人っぽく見える太陽だが、まだまだ幼い子供。子供は子供らしく、少し駄々をこねるくらいが丁度いい。

 そして、子供と言えば、もう一人。ずっと頑張ってくれていた少年が。


「ねぇ、月」


 名前を呼ぶと、太陽の身体からブワッと黒い物が噴き出す。徐々に白い髪を黒く染め上げて、ツンとした目元に変わり、月にチェンジ。


「なんだよ、梨都。吸うなよ」

「吸わないわよ。ただ、あなたに言いたいことがあっただけ」


 チェンジした途端、警戒の目線を向ける月。梨都はそんな彼に苦笑いをこぼしながら、月との距離を縮める。そして……


「お帰りなさい」


 ムギュっと彼を抱きしめた。それと共に温かな感情が月の中に広がる。梨都の思いがけない行動に、どこか恥ずかしさを感じたが、月は優しく微笑んで、


「……ただいま」


 と、抱きしめ返した。






 ____________





 一方……


「どうしてぷくぅってなったのかな」


 風花は感情の正体を突き止めようと頭をひねる。ちなみに翼はいまだ気絶しており、風花に抱きしめられたまま。


「相原くんが梨都さんに連れて行かれた時、すごく嫌だった」


 風花の手をすり抜けて連れて行かれた翼。翼が梨都の胸に押し付けられてプシュゥとなった時、心の中にモヤっとした感情が広がった。そして、気がついたら頬っぺがぷくっと膨れていた。


「……」


 風花は自分の胸に手を当てる。そして、頭の中には……


『風花のぺちゃパイに興味ない』


 京也から言われた言葉がフラッシュバック。

 梨都の胸部に比べれば、風花の胸部は月とすっぽん。越えられない壁がそこにはある。


「気にしないって言ってたけど……相原くんは、やっぱり大きい方が好きなのかな?」


 翼がプシュゥとなった原因は梨都の胸部だろう。柔らかな感触が駆け巡り、頭がショートしたのだ。

 胸のことを考えていると、風花の心の中のモヤモヤが加速していく。


「あ、れ……どうして私は相原くんの好みを気にしているんだろう」


 風花のモヤモヤは止まらない。翼の好みが胸が大きい人物なのだと考えると、モヤモヤが更に大きくなっていった。そして、胸の奥が疼くような感覚も覚える。この感情の名前は何だろう。


「分からない……」


 翼を抱きしめながら風花が頭をひねるも、胸の疼きは加速する一方。しかし、今の疼きは以前のような心地よい物ではなく、不快な物だった。この感情の違いは何だろう。


「ん……あれ、僕はどうし……へ? え、あ? 桜木さんに抱きしめられてるんだけど! どういうこと? なに?」


 風花が考え込んでいると、ようやく翼の意識が戻ってきた。しかし、風花が自分を抱きしめているのでパニック状態である。


「さささ、桜木さん、あのぉ、この状況は一体?」

「……」

「あれれ? 桜木さん?」


 緩みまくった顔を何とか引き締めて、状況を理解しようと風花に問いかける。しかし、風花は全く反応を示してくれない。


「……」


 なんで、かな……胸の奥がざわざわするの……

 でも、この感じはいつもの感覚とは少し違ってて。いつもは胸の奥がくすぐったいけど、ちょっぴり嬉しくて。でも、今のはくすぐったくないけど、すごく嫌な感じがする。悲しい気持ちになる。なんで?


「どうしたの? 大丈夫?」

「……」

「んー、困ったな。桜木さーん、おーい、桜木さーん」


 風花に声をかけながら、翼はゆらゆらと身体を揺らす。風花は抱き着いたままなので、彼と一緒にしばらく揺れていたのだが……


「あ、れ?」


 振動に誘われて風花の意識が現実に戻ってきたようだ。翼の腕の中で小さな声が漏れる。


「お! 桜木さん気がついた? 大丈夫?」

「あい、はらくん?」

「うん、僕だよ」

「……っ!?」


 ぼぅっとしていた風花だが、すぐに意識がはっきりとしてきたようだ。しかし、自分が翼の腕の中にいることに気がつくと、ボフンッと音を立てて、顔が真っ赤に染まる。翼から身体を離し、不規則に乱れた息を整えようと必死に呼吸を繰り返した。


「スゥ、ハァ……」

「苦しい? 顔も赤いね。熱あるのかな?」

「え? あ、あのぉ……」

「動ける? ベッドに横になろうか」


 しゃがみこんだ風花に翼は優しく手を差し伸べてくれる。しかし……


 どう、しよう……すごく体が熱い。相原くんの言う通り、熱があるのかもしれない。きっと横になって休んだ方がいいよね。


 ……でも、ね。あのぉ、相原くんの手を握れないの。握ったらダメな気がするの。今触ったらダメな気がするんだ。どうしよう……


「桜木さん?」


 風花が手を取ってくれないので、翼は不思議そうに首を傾げる。

 そして少し考えた後、閃いたようにポンっと手を叩き、風花へと手を伸ばした。


「桜木さんごめん、少し触るよ」

「!?」

「気がつかなくてごめんね、相当辛かったんだよね」


 翼は一言謝罪すると、風花の身体を優しくお姫様抱っこ。そのままベットまで運び、ソッとその身体をおろした。そして、優しく布団をかけてくれる。


「太陽くん呼んでくるから。ちょっと待っててね」


 ふわりと微笑むと、翼は部屋を出て行こうとする。しかし、翼の手が離れたと同時に、風花の心に寂しさが広がった。


 あ、待って、やだ、行かないでほしい……相原くん……


 グイッ


「ん?」


 服の裾を引っ張られる感覚に翼が足を止めると、風花が翼の服を掴んでいた。翼は彼女の仕草を受けて、枕元にしゃがみこむ。


「あ、あのぉ……」

「どうしたの?」

「あぃ、はら、くん……」


 風花は翼の服をにぎにぎしながら、口ごもっていたのだが、しばらくして……
















「そばに居て」


 小さな声で懇願した。

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