第216の扉 愛を知った少年と素直になった少女
「ごめん」
「え……」
誰も居ない校舎裏。二人の間を静寂が包む中、彬人がぺこりと頭を下げた。彼のその言動に一葉の頭が真っ白になる。
「たくさん待たせたのに、結局上手く言葉が見つからなかったんだ」
「……」
「どうしてだろうな。伝えたいことはたくさんあるはずなのに、考えれば考えるほど頭が真っ白になって、幸せなこの気持ちを伝える言葉が見つからない。だから……」
彬人は下げていた頭を上げて、真っ直ぐに一葉のことを見つめる。そして……
「好きだ、一葉」
優しい風が二人の間を駆け抜けて、お互いの香りが鼻腔をくすぐる。
「本当は、もっと、あの、ちゃんと……あー、もう! なぜなのだ、言葉が出てこない。ずっと考えていたのに、何も出てこなくて……好きしか出てこなくて……結局こんなありきたりな言葉しか……ごめん」
胸の中の感情がくすぐったいのだろう。ほんのりと頬が赤く染まっている彬人。
彼は一葉に想いを伝えられてから、ずっと言葉を探していたらしい。いつもはポンポンとうるさい位に意味不明な言葉を生み出している彼も、今回ばかりは一向に思いつかず撃沈。悔しそうに地団太を踏んでいる。
「あき、と……」
悔しそうな彼は置いておいて、ポカンと口を開け一葉は放心状態。心臓が破裂するのではないかというくらい、ドックンバックンいっている。
彼は今何と告げた?
好きだ、一葉。好きだ、好きだ、好きだ……(エコー)
すきスキ好きsuki……
ん? ちょっと待って、好きって何だ?
「好きは好き、そのままだろ」
違う、そうじゃなくて。
こいつの言っている好きは本当に私の言った好きと同じなの?
ライクとラブの違いをこいつは理解できているの? バカだから、無理なんじゃない?
「なんてひどいことを言うのだ、一葉! 一生懸命考えたのだ! そして、分かるようになったのだ!」
えぇぇ、信じられない。だってバカだもん。
後からライクの方でしたとか言われたら泣く。というか、死ぬ。
……あ、どうしよ、もうすでに泣きそう。あれ、私今フラれたんだっけ? もうよく分からなくなってきた。どうしよ、うぅ……
「なぜそうなるのだ! お前はフラれてないだろ? 俺は好きと言ったのだ!」
これは夢かな。そもそもこいつが私の心の声に返事できている時点でおかしいもんね。何だ、夢か……
「夢ではない。さっきから全部声に出てるぞ」
「うそん……やだ、泣きたい。いっそ夢ならいいのに」
「あぁぁぁ! もう、分かった、こうすればいいのだな!」
彬人はクシャクシャと髪を掻くと、泣き出しそうになっている一葉の腕を引っ張った。そして、そのまま強引に自分の胸で抱きしめる。
「ちょ、ちょっと、あき……」
「大好き」
「@#$&’!?#”」
バタバタと慌てる一葉を押さえつけて、蕩けるような甘い声を囁く彬人。彼の言動で一葉がボンッと赤く染まった。
「信じられないのなら、何回でも囁こう。好き好き好き大好き……」
「あああ! もういい! 分かった、分かったから!」
「いや、お前はまだ分かっていない」
「!?」
彬人は抱きしめていた一葉を壁に押し付け、彼女の髪に手をかけた。一葉が髪を束ねていたゴムを外し、ふわりと彼女の髪が肩につく。
「え、ちょっと……」
後ろには壁、前には彬人。一葉に逃げ場はない。彼の手が一葉の顎にかかり、上を向かされる。
「なに、するの……」
「何って、キスだ。恋人同士はキスをするものだろう?」
「いきなり⁉」
「キスまでして、夢だったとは言わせんぞ?」
一葉が慌てるも彬人は真剣そのもの。彼の優しい瞳が一葉を捕らえて離さない。
「嫌なら、いつもみたいに殴れよ?」
「……っ」
彬人は一葉が殴れるように彼女の手はそのままにしている。彬人は意地悪く笑うと彼女との距離を更に詰めた。彼のその行為で一葉の体温が沸騰寸前。
「ちょ、ぁ、彬、人」
「なんだ? 殴らないのか?」
彬人は一葉の反応が楽しいのだろう。完全に遊んでいる。ほどいた彼女の髪をサラサラと自分の指に絡めていた。彼のその仕草が何だかくすぐったくて、一葉は上手く言葉が出ない。
「あ、の……うぁ」
一葉のそんなパニック状態が見られて、彬人は満足したようだ。ふっと微笑みをこぼして、彼女の前から退く。
「ごめん、やり過ぎたか? でも、俺はお前が好きなのだ。やっと分かったこの感情を、夢と片付けないでほしい」
彬人は謝りながら、ほどいた髪を結びなおしてくれる。彼の手の中で嬉しそうに髪が踊った。
「あ、き……」
「大丈夫か、一葉? 顔が真っ赤だな、可愛い」
「#$%&’+@!?」
彬人の言葉でついに限界のきた一葉。真っ赤な顔から煙を吹き出して、彬人の顔面にグーパンチを炸裂させる。彬人は諸にその拳をもらい、綺麗に宙を舞った。
「ふ、いつもの如く凄い威力である。流石は俺の惚れたおn……ぐっ」
「うるさい! うるさい! なんで、恥ずかし気もなくそんなことを言える訳!? バカなの! バカでしょ!」
「ちょ、ちょっと、ちょ、痛い痛い痛い。待て一葉、暴力反対なのだ、痛い!」
一葉は結相当怒っているらしい。普段よりも拳の音が重く、黒い音を奏でた。
「ぐっ、一葉、待っ、て、ほんとに痛いってぇ!」
「まだ足りないわよ! いきなりあんなことされるこっちの身にもなってよね! バカ彬人!」
「俺は良かれと思って、やったのだ! そんなに嫌だったのか!」
「違う! 嫌な訳ないでしょ! むしろ嬉しかったわよ!」
一葉からその言葉が出た瞬間、彬人が一葉の腕をパシッと掴む。そして、ニマァと微笑んだ。
「……あ」
彼のその行動で先ほどの自分の失言に気がついたようだ。一葉の顔が赤く染まった。彼女が恥ずかしそうに俯く中、彬人が優しい光をその目に宿して、一葉を見つめる。
「改めて言うぞ? 俺はお前が好き。お前も俺のことが?」
「……」
「黙るな一葉」
「……」
「きらい?」
「ぐ……」
確信犯彬人が、俯いている一葉の顔を覗き込み、上目遣いで瞳を見つめた。もちろん効果抜群なので、一葉の頭から煙が噴き出す。
「……す、き。そんな捨てられた犬みたいな目で見ないでよぉ」
「ふはっ! 面白いなお前」
「あんたのそういうところは嫌いよ」
「褒め言葉である」
彬人はとても満足そう。今日の彬人はいつにも増してパワフルである。
初めて人を愛することを知った少年は、ギア全開で迫ってくる。こちらの体力が持ちそうにない。
「と、言うことで、俺たちは恋仲ということでいいんだな?」
「う、ん……うわっ、ちょっと危ないじゃん! 降ろして!」
一葉が頷くと、彬人は彼女を高々と持ち上げた。一葉が驚きの声を漏らすも、お構いなしである。
「大事にするよお前のこと、今までよりもっと。これからもよろしくな」
そして、真っ直ぐに一葉のことを見つめて言葉を紡いでくれる。こんな素直に言われては、こちらも素直にならざるを得ない。
「こちらこそ、これからもよろしく」
一葉は恥ずかしい気持ちを押し込めて、彼に笑顔で言葉を返す。
愛を知った少年と、素直になった少女は、とても幸せそうに笑い合った。
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