第189の扉  ひみつの話

「では……」


 太陽はゆっくりと息をひとつ吐き出して、心を落ち着けると、淡々と事実を語り始めた。


「風花様には●●●●●●●●●。●を●●●●●、●●で●●●●●。そして、風花様の心のしずくが全て揃った時、●●●が●●●●」

「おい、●●って……なんで、そんなところに」

「董魔さんが風花様の心を砕いた後、●●を●●●●●ました。●を●●●●以外は危害を加えていないようですが、今後何かをするおつもりなのかもしれません」


 そう語る太陽の瞳には、何の感情も映していなかった。恐ろしいほどの無感情でその事実を述べるだけ。


「姫がこの事実を知れば、ご自分を犠牲にしてでも、心のしずくを探し出そうとすると思いました。なので、王様方とも協議を重ね、●●に関する記憶を封印することとなったのです」

「だから今まで俺たちにも、何も言えずに……」

「はい、逃げ回るようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」


 太陽はぺこりと頭を下げた。最初に尋ねた時に、真実を話してくれていれば、優一とうららはここまでしつこく追い回すことはなかっただろう。

 しかし、この事実はそう簡単に口にしていい物ではない。万が一にも風花の耳に届いてはいけない言葉たち。どうして彼が頑なにこの事実を隠してきたのか納得がいった。


「っ……」

「太陽さん」


 二人は今までの太陽の努力を想い、胸が熱くなった。言いたいことも言えなくて、何度も言葉を飲み込んだ。彼は今までどれほどの物を抱え込んできたのだろう。そして、彼はこれからどれほどの物を溜めこんでいくのだろう。


『姫には少しでも長く、笑顔で居ていただきたいのです』


 以前太陽が泣き出しそうな笑顔で紡いだ言葉。

 あの時既に、その言葉、その表情が彼の努力の全てを物語っていた。


「ちょっ!? 優一さん、うららさん、どうしたのです!?」


 優一とうららの手は自然と太陽の方へと伸びていく。そして、戸惑いの声を上げる太陽に構わず、強引に彼の腕を引いた。


「うわっ!? 突然あぶな……」

「「話してくれて、ありがとう」」

「え……」


 柔らかな言の葉が太陽の耳に届いた。それと同時に、包み込んでくれる二人のぬくもりが胸の中に染み渡る。


「それだけのものを一人で抱え込むのは辛かっただろう」

「太陽さんはいつも頑張り過ぎですわ」


 手放さないように太陽の身体をギュッと抱きしめながら、二人は温かい言葉を紡いでくれる。


「これからは一緒に抱えられる」

「私たちにも力にならせてください」


 その言葉と共に、太陽の肩が軽くなった。まるで今まで抱えていた荷物が無くなったかのような感覚。身体が軽く、心地よい感覚を覚える。


「おっと」「大丈夫ですか?」

「すみません、緊張していたようで……一気に力が抜けました」


 フニャンと倒れ込んでしまった太陽だが、すかさず優一とうららが支えてくれた。

 もう彼は一人ではない。倒れてしまいそうな時は、きちんと横に支えになってくれる人が居る。


「ありがとうございます、優一さん、うららさん」

「おう」「はい」


 太陽は二人が差し出してくれた手を強く握り、立ち上がる。彼らと一緒なら、董魔が用意した結末以外を迎えられるかもしれない。










 _______________










「一旦頭の整理がしたいから、話し合いは今度にしよう」

「これ以上長居すると、風花さんたちに不審がられるかもしれませんしね」

「そうですね、戻りましょうか」


 一通りの話の区切りはついたので、三人は翼と風花が待っているリビングへと歩みを進める。随分待たせてしまったが、大丈夫だろうか。


「あー、そういえば、姫が王妃様に電話をかけてしまったんでした。あれ以上事態がややこしくなっていないといいのですが……」

「桜木何やってんねん」


 風花の強引な行動に三人が揃って頭を抱えた。しかし、あのお姫様はまた何か引き起こしていそうな気がする。ドキドキしながら、リビングへと近づくと……


「相原くんすごく硬いよ」

「ちょ……さくらぎ、さん、待って」


 二人の声が扉越しに聞こえてきた。一体何をしているのだろうか。先ほどとは違う意味でドキドキしながら、ほんの少しだけ扉を開けてみる。

 三人の位置からはソファに隠れているので頭しか見えないが、風花が翼の背中から顔をひょこっと出して話しかけているようだ。彼女の息が耳にかかり、翼から力が抜けている。更に……


「だいぶ溜まってたんだね」

「っ……ぁ、そこ」

「ここ? 気持ちいい?」

「んぅ、き、気持ちいぃ」


 風花の温かい手の平が、翼の気持ちいい所を刺激しているようだ。翼は完全に風花の技術の虜。トロンとうっとりとした表情になっている。


「はわあああああ、姫様。いけません、いけませんぞ、物事には順序というものが!(小声)」

「おい、翼何やってんだよ。お前が主導権握れ! そこだ、押し倒せ!(小声)」

「いえ、翼さんには任せておけません! あの流れになっているのですから、このまま姫が攻めた方が手っ取り早いです(小声)」

「ダメだ、あいつはやればできる男の子なんだ。ここから流れをグッと引き寄せてくるはず!(小声)」

「お二人ともいい加減にしてくださいます?(ドス声)」


 優一は扉の隙間から堂々とガン見だが、太陽は恥ずかしそうに手で顔を覆い、極力見ないようにしているフリをしながら、指の隙間からガン見している。そんな二人にはうららのドス声でさえも届かない。


「さくらぎ、さん……ぅ、それ、ヤバい、あぁ」

「ん? これかな、これがいいの?」

「う……ダメダメダメ、それ以上はヤバいって。そんな、に、強くされた、ら」


 リビングの外では、ゴツン×2と痛そうな音が響き渡ったが、行為に夢中の翼と風花の耳には入らない。

 そして、翼は限界が近いようで、ふるふると首を振りながら風花に訴えている。しかし、風花はその手を緩める気はないらしい。


「それじゃあ、たくさんやってあげる。もっと気持ちよくなってね」


 風花はそう言うと、にっこりと微笑みながら手のひらに力を込めた。













「風花さん、相原さん、お待たせしてすみませんでした」

「あ、うららちゃん! お話終わったの?」

「お帰りなさい」


 優一と太陽を仕留め終わったうららが、彼らを引きずりながらリビングに入出。風花と翼がにこやかに迎えてくれた。


「あれ? 成瀬くんと太陽はどうしたの?」


 風花はぐったりとしている二人を不思議そうに眺め、頭の上に出来ているたんこぶをツンツン始めた。


「何があったの……」

「内緒ですわ」

「え、でも……」

「内緒ですの」


 翼がうららに尋ねるも、にこりと微笑まれてしまった。今まで三人で何の話をしていたのかも聞きたかったのだが、これ以上聞くと自分も彼らのようにたんこぶを貰いそうなので、何も言わずに口を噤む。 


「楽しそうな声が聞こえていましたが、お二人は何をされていたのですか?」

「ん? あぁ、肩もみだよ。桜木さんすっごく上手なんだ」

「嬉しい! またやってあげるね!」


 翼の言葉に頬を緩ませる風花。翼に喜んでもらえたことが嬉しかったらしい。音符を撒き散らしながら、殺人スマイルが炸裂した。


「ぐ……」


 彼女の音符と笑顔が突き刺さり、モザイク寸前である。顔を隠すためにフラフラとソファに倒れ込んだ。


「くっそ、またいつもの如くなんちゃってかよ!」

「急展開するからおかしいとは思っていたのですよ!」


 事の真相が分かり、復活した優一と太陽。

 風花は肝心な言葉を省略する習性があるのだ。ちなみに既にお分かりだと思うが、硬かったのは『翼の肩』であり、溜まっていたのは『日頃の疲れ』である。


「へ? なに? なんちゃって?」

「お前は何も気にするな。そのままの翼で居ておくれ」

「んー?」


 翼は無邪気に首を傾げていたが、優一はしばらくため息が止まらなかった。

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