第187の扉 一緒に居たい
「はい、チーンしてください」
本日三度目になるが、太陽が風花の顔を整えてくれる。風花は泣いている間も、太陽の服を握って離さなかった。翼たちはそんな彼女をただ、見ていることしかできない。
風花は現実を知った。大好きな風の国の人達の裏の側面を。今、彼女は何を思っているのだろう。
「私は、二人に会いたい」
翼たちが考え込んでいると、風花が太陽の胸に手を当てた。今太陽の中にいる月にも、そのぬくもりが届くように。
「太陽にも、月にも」
「……」
「二人に会いたい。二人と一緒じゃなきゃ、やだ」
風花は潤んだ瞳で太陽を見つめる。太陽は困ったような笑顔を浮かべて、彼女の頭を撫でた。
「しかし……」
風の国の人たちに月の存在がバレれば、また命を狙われることになる。それに太陽は風花のそばに居させてもらえなくなるだろう。風の国の国民は自国の姫の近くに、混合が居ることを許さない。
「いやだ」
しかし、風花はふるふると首を振って拒否。再び月が封印されることも、太陽たちが自分の従者をクビになることも彼女は許さない。更に……
「風の国の姫として、あなたたちに命令します。二人とも、ずっと私のそばに仕えなさい。それ以外の職務に就くことは認めません!」
「……」
権力を振りかざしてきた。ビシッと胸を張ってどや顔で宣言しているが、パワハラである。風花は風の国の姫。国家の最大権力を用いて、職権乱用だ。
「お返事は?」
「しかし……」
「返事は!!!」
「……はぃ」
横暴である。無理やり太陽に「はい」と言わせた。更に……
「月、返事は?」
「……」
「月!!!」
「……分かった」
月にも無理矢理お返事させた。そして、話し合いは終了というように、ムギュッと抱き着く。こうなってしまっては風花の意見は変えられない。
「姫、あの、大臣の仕事はしてもいいですか?」
「しまった!? すぐに辞任しよう!」
「……」
めちゃくちゃなお姫様である。太陽からため息が止まらない。
こうして、風花の命令により月の封印はなし。これからは自由に太陽と月が入れ替われるようになった。
「お茶にしましょうか。準備してきますね」
風花が何とか落ち着き、剥がれたタイミングで太陽が立ち上がる。そして、そのままキッチンへ消えた。
「「……」」
その背中を難しそうな顔をしながら見ている、ツートップ。二人で目配せして、彼の背中を追った。残された翼と風花は……
「賑やかになるね」
「嬉しい」
風花の強引過ぎるやり方に、苦笑いを浮かべる翼。しかし、これからは月にも会えるので、風花は満足そうだ。
「でも、知らなかった、何も」
にこやかに音符を撒き散らしていた風花だが、突如その顔から笑顔が消える。
「私のためだって、知ってるの」
「うん」
「太陽はいつも私のためにって、頑張ってくれる。それは月も一緒」
「そうだね」
翼は風花の手を握って、彼女の感情を受け止める。
太陽たちはいつも風花のことを第一に考えている。大切に思ってくれるその感情は、きちんと風花に届いていた。しかし……
「嬉しいけど、悲しい。ずっと何も出来なかったって思っちゃうの」
「うん」
「一番近くに、居たのにな……」
風花は胸に手を当てる。その瞳が潤んでいるのは、気のせいではないだろう。
小さい頃からずっと一緒に居た、風花と太陽と月。魔法をかけられていたので、仕方がないのだが、ずっと忘れていた、太陽たちに負担をかけてしまった。風花は自分のことを責める。
「すごく、悲しい」
風花の瞳が涙でいっぱいになり、ポロポロとこぼれ落ちる。彼女の背中を翼が優しく擦ってくれた。この小さな背中には到底背負いきれる物ではないだろう。だから太陽たちは隠そうとしたのだ。少しでも彼女の荷物が軽くなるように。
「私ね、太陽のこと好き。月も好き」
「うん」
「だから、二人には笑っていてほしい。二人が私にそう思ってくれたように」
「そうだね」
風花に笑顔で居てほしいと願った太陽と月。太陽と月に笑顔で居てほしいと願う風花。
彼らの想いが届く日は来るのだろうか。太陽と月が待ち望んでいる『いつかのその日』はいつ来るのだろう。
「私、これから頑張るんだ。まずはちゃんとしずくを取り戻して、風の国の人たちの憎しみを消すの」
「うん」
涙を流しながらも、彼女の瞳は強い光を宿していた。今回の出来事で心を痛めたが、彼女はきちんと乗り越えられそうだ。翼は握る手にギュッと力を込める。
「焦ってしずくを集めたらダメだよ? 桜木さんに何かあったら風の国の人たちが悲しむからね」
「うん、そうだね。焦らない、焦らない」
風花は鼻息荒く宣言している。彼女のことなので、一目散にしずくを集めるかと思ったが、きちんと理解できていたようだ。翼はホッと胸を撫で下ろす。
「僕たちも一緒に居るから、頑張ろうね!」
「うん! ありがとう」
「太陽」「月さん」
キッチンでお茶の準備をしていた彼らの背中から、優一とうららが声をかける。
「首のそれ、見せろ」
優一が太陽のしているネックレスを指さした。そこには風花にかかっている封印の強さを示す石がある。
「どうしてでしょうか?」
「その石、まだ黒いままですわよね?」
うららの言葉を聞き、太陽は胸元をギュっと握りしめる。石が黒ければ、封印が強い。白ければ、封印が弱い。以前彼はそう言っていた。
月の封印が解かれたのだから、白色をしているはずである。しかし、優一とうららはそうとは思わない。
「風花
うららの問いかけに、太陽の瞳に冷たい光が宿る。
先ほど月が話してくれた、混合狩りの真実。その中に『風花
「前に言っていたな?」
太陽の瞳に冷たい光が宿ったことを確認して、優一が話を進める。
『この事実を知れば、姫は壊れる。全ての時間を削って一分一秒でも早く心のしずくを揃えようと動くでしょう』
「前にお前が語ったこの言葉。今回の話はそれ程の事実か?」
月のことを知り、風花は心のしずくを頑張って集めるのだと決意をした。風の国の人たちの憎しみを少しでも消せるように、と。
しかし、彼が以前言っていた程の事実ではないだろう。風花は分かっている。もし、焦って自分の身に何かあれば、風の国の人たちの憎しみを増してしまうことになる、と。
だから彼女は今まで通りの日常を過ごすはず。と、いうことは……
「「隠している情報は、複数存在する」」
風花が壊れてしまうほどの事実。彼女が先ほど決意した『風の国の人の憎しみを消すため』これを上回る事実が存在するということになる。
「どうしてそうも聡いのでしょうか」
太陽は諦めたようにため息を零した。ほんの小さな手がかりを元に、結論までたどり着かれてしまったようだ。どこまでも見通すようなこの瞳を前に、もう隠し事はできないらしい。
「こちらへどうぞ」
太陽は優一とうららを応接室へと案内する。翼たちにお茶を出し、応接室には近づかないように告げた。
「あなた方には知る必要のないことなのですが」
「教えろ」「教えてください」
「……」
太陽が最後の説得を試みるも、二人の意思は固いらしい。鋭い視線が注がれた。太陽が悩み込んでいると……
「俺はこいつら二人ならいいと思うぞ」
月の声が響いた。彼の声は太陽の中から響いてくるので、優一とうららにもその声が届く。
月は封印されている間も、太陽の目を通して彼らとの日常を見ていた。そのため、精霊付きたちがどんな性格をしているのかも、ある程度理解している。
「水と光は大丈夫だろう」
「優一さんとうららさんです」
「ただ、ここまでだ。それ以下はダメだな。特に炎は絶対にダメだ」
「翼さんです。あなたは属性で人を認識するのやめてくださいよ」
月の言葉にため息を漏らしながら、太陽が頭を抱えた。こうなっては、もう話すしか道はないだろう。
「本当によろしいのですか?」
「あぁ」「はい」
「後戻りはできませんよ」
「上等だ」「受けてたちますわ」
太陽はゆっくりと深呼吸をすると、一度目を閉じて感情を飲み込んだ。そして……
「少し、むかしの話をしましょう」
長い、長い、昔話が始まった。
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