第180の扉  命令は絶対

「あなたの目的は何でしょうか、愛梨さん」

「……太陽くん」


 愛梨が恐る恐る振り返ると、にこりと微笑んでいる太陽の姿が。しかし、普段の柔らかな笑顔ではなく、冷たい笑顔である。

 太陽は鋭く彼女を見つめて、口を開いた。


「あなたは既に亡くなっていると聞いていたのですが、お元気そうですね」

「あ、の……」


 太陽の鋭い目つきと威圧に愛梨は怯えて上手く答えることができない。立っていることもままならず、ぺちゃんと地面に座り込んでしまった。


「姫のしずくが狙いですか?」

「ぁ、ぁ」


 愛梨がぶるぶると震える中、太陽は服に隠し持っていた短剣を手にして、その距離を詰めていく。彼の身体からどす黒いものが出ているような気がするのは、気のせいだろうか。


「残念ですが、消えていただいてもよろしいでしょうか?」


 ニコリと冷たく微笑んで、太陽は愛梨の前までやってくる。そして、手にしていた短剣を突き刺そうと振り上げた。













「そこまでだ」


 その言葉と共に大きな地響きが鳴り響く。そして、太陽の動きがピタリと止まり、剣は愛梨に突き刺さる寸前。声のした方へ目線を向けると……


「京也さん」

「に、兄様……」


 京也が目をギロリと光らせて、太陽を睨みつけていた。今の彼は普段よりもその目の鋭さに、拍車がかかっているように思える。


「妹に何か用か?」


 京也は震える愛梨を背中に隠しながら、太陽に問いかける。愛梨は相当怯えているようで、京也のローブをギュッと握りしめて縋り付いていた。


「やり過ぎだぞ、太陽。完全に怯えちゃってるじゃんか」

「そのつもりでしたが、何か?」


 京也が愛梨の頭を撫でながら慰めるも、愛梨の震えは止まらない。そして、太陽はそんな彼らに容赦なく威圧を放ち続けていた。


「お前なぁ……」


 京也は太陽の様子にため息をつく。彼は本気のようだ。愛梨に風花を傷つける意思があるなら、今ここで始末しようとしているのだろう。彼の手に握られている短剣がその証拠である。


「今こいつには扉魔法使用の命令しか出ていない」


 愛梨の使用する魔法は太陽と同じ、扉魔法。京也が異世界に渡る時の手助けを行っているのだ。

 風花と同じクラスで生活しているものの、、彼女に『心のしずくを持ってこい』という命令は出ていない。学校の合間に京也の移動を手伝っているだけである。今まで京也の近くにいたローブを被った少女は彼女だ。


ということは、今後他の命令が出るということですか?」

「否定はしない。今後しずくを奪う命令が出る可能性はある」

「その命令が出た時は?」

「命令には逆らえない」


 京也の言葉を聞いた太陽から黒い物が溢れ出し、放たれる威圧感が倍増した。肌が焼けるような感覚が京也を襲う。


「……」


 しかし、太陽が放つ威圧にも動じず、それと同様の圧を放ち始めた京也。ピリピリとした空気が辺りを包み、まさに一触即発。


「姫を傷つけるのなら、容赦いたしません」

「こいつを傷つけるなら、俺も容赦はできない」


 太陽と京也。それぞれが守りたい少女を守るため、その瞳に光が宿る。今にも戦闘が始まりそうな緊張感が辺りに漂った。

 しかし……


「にぃさま」


 京也の後ろからか細い声が発生。それと同時に京也が威圧感を消した。京也は諦めたように息を吐き、愛梨の頭をポンポンと撫でる。


「分かった、分かった。戦わないからそんな顔するなよ」


 京也は泣き出してしまいそうな顔をしている愛梨を、太陽から隠すようにローブの中に入れてくれる。愛梨はされるがままに収まった。


「太陽、この話はまたにしよう。しばらく愛梨に命令は出ないはずだから」

「きちんと説明していただけないと、次は本気で殺しますよ」

「はぁ、分かってるって。後で話すから」


 いまだ鋭く殺気を向けてくる太陽に、京也はため息を返し、愛梨と共に姿を消した。















「太陽、遅いね」

「混んでるのかな」


 一方その頃、翼と風花は太陽の帰りを待っていた。彼は飲み物を買ってくると言って、なかなか帰ってこないのだ。今日は文化祭。多くの人で賑わう中、迷子にでもなってしまったのだろうか。


「そう言えば、風の国には文化祭ってないの?」


 ふと翼は疑問に思い問いかけてみる。風花は最初文化祭の意味を理解していなかった。日本と風の国では全く文化が違うのだろう。


「なかったかな。でも、風の国にも学校はあるんだよ」


 風の国にも日本のような学校はあるのだそうだ。国の歴史や隣国との関係。魔法の実戦練習などなど。流石は異世界。


「風の国にも一回行ってみたいな」

「今度みんなで行こう! 案内するね」


 風花の笑顔が弾ける。彼女は風の国のことが大好きなのだろう。ニコニコ笑顔で話してくれた。風の国の歴史、街の人たちとの思い出などなど。


「国の人たち、みんな優しいんだよ。それで国の真ん中に大きな桜の木があってね、よくそこで……」


 柔らかに言葉を紡いでいた風花だが、動きがピタリと止まった。目の中から光が消えて、ぼぅっと目の前の景色を眺めている。彼女のこの変化は何だろうか。


「どうしたの? 桜木さん」

「……」


 疑問を感じた翼が口を開くも、風花の様子は変わらない。彼女の目の前で手を振ってみるも、変化なし。消助のようにまた誰かが遠隔で風花を操っているのだろうか。翼は周りを警戒しながら、風花に話しかけ続ける。


「桜木さん?」

「……」

「ねぇ、桜木さん?」

「……ん?」

「あ! 分かる? 大丈夫?」


 翼が数回呼びかけると意識が戻ってきたようだ。以前のように、風花の記憶から翼の存在は消えていない。きちんと認識できており、少しすると今が文化祭の最中であるということも思い出した。


「ごめんね、何だかぼぅっとしちゃったみたい」

「疲れてるのかな? 無理しないでね」

「ありがとう」

「お待たせしました」


 そんなやり取りをしていると、ようやく太陽が帰ってきた。風花の変化が気になるものの、特に嫌な気配はしないし、敵の心配はなさそうである。







_______________






「この世界は本当に平和だな」


 京也が屋上で校庭を眺めながら呟く。彼の視線の先には、楽しそうにはしゃぐ学生たちの姿が。彼の横顔が何だか寂しそうなのは気のせいだろうか。


「すみませんでした、兄様。太陽くんに……」


 今にも消えてしまいそうな声で愛梨が謝罪する。

 京也と愛梨は兄妹。愛梨は幼い頃にこの世界に捨てられ、今は偶然拾ってくれた川本夫妻が大切に育ててくれている。そして、既に他界したと知らされていたため、彼女がここにいることを太陽さえも知らなかった。


「大丈夫。お前が気にすることじゃないよ」


 京也は優しく微笑み、愛梨の頭をポンポンと撫でる。頭を撫でている彼からは、普段の冷酷さは微塵も感じられない。優しい優しい兄の顔をしていた。離れ離れになっているものの、彼にとって愛梨は大切な家族なのだ。


 父親である董魔は愛梨を捨てておいて、都合よく彼女の魔法を利用している。

 愛梨はファンタジーとは関係のないこの世界で日常を送っていたのに、『逆らえば、川本夫妻を殺す』と脅されて、無理やり協力させられているのだ。董魔は残酷で冷酷。彼が『殺す』と言えば、本当に殺す。だから、愛梨は逆らえない。


「本当の目的はなんだろうな」


 京也は愛梨の頭を撫でながら、自分の父親の目的について思いを馳せる。

 彼がやりたいことは何なのだろう。最初は風花の心のしずくを奪って、風の国を苦しめたいのだと思っていた。しかし、董魔は京也がしずくを持って帰ってくる気がないことを知っても、何も言わない。彼の目的は本当に心のしずくなのだろうか。彼が何をしたいのか、自分たちに何をさせたいのか全く分からない。

 そして、京也にはもう一つ気になることが。


「何でこれを渡してきたんだろうな」

「それって」


 京也が取り出したのは一つの瓶。その瓶の中には真っ黒でおどろおどろしい液体が詰まっていた。それを見た愛梨の顔がみるみる青くなっていく。


「私の、せい……」

「違うよ、今回のことは関係ない」

「でも、それを使ったら」

「あぁ、あいつはいなくなるだろうな」


 董魔からの命令『姫の近くに居るあの小僧を消して来い』

 今まで董魔は、心のしずくに関係する命令しか出してこなかった。しかし、ついに関係のない命令が飛び出した。しかもそれは、人一人の命を消してくること。この命令の意図は何だろうか。


「命令だから」


 京也はとても苦しそう。しかし、命令には逆らえない。命令は絶対なのだ。京也は悲しい感情に蓋をして、いつも通り冷酷な仮面を貼り付ける。

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