第130の扉  今の自分では救えない

「桜木さん……」


 風花が治療を受けている部屋は、廊下からガラス越しに見ることができる。太陽たちが賢明な治療を施している中、翼と優一がその様子を見ていた。

 風花の身体は血管、皮膚を突き破り、血液が体外に吹きだしていた。しかも大量に。魔力は血液と同じように体内をめぐっている。リミッターを踏み切った彼女の魔力が、自身の身体を破壊したのだろう。

 太陽たちの治療が続いているが、風花を助けられるかどうかは全く分からない。依然予断を許さない状況。


「なんだ、あれ?」


 優一が太陽の手元に気がつき、声を漏らす。彼の手元には綺麗なガラスの球体が。中には何か入っているのが見えるが、遠すぎてここからは見えない。翼と優一が目を凝らして観察していると、太陽がその球体を丁寧に風花の胸の上に置いた。それと同時に彼女の体内へと吸い込まれていく。


「終わったのか?」

「そうみたいだね」


 風花の呼吸、脈拍を確かめた太陽たちから息が漏れた。治療が終了したようだ。彼らの様子を見るに、成功したのだろう。ガラス越しに風花の胸部が上下しているのが見えた。

 じっと見つめていると、太陽が二人の存在に気がつき、病室を抜けてきた。


「桜木さんは?」

「もう大丈夫だと思います。時期に目が覚めるでしょう」

「良かったぁ」


 太陽の口からその事実を聞いた翼は、目が潤むのを感じた。一時はどうなるかと思ったが、一命をとりとめることができたようだ。しかし、今回の彼女の状態はかなり危なかったのだろう。太陽はひどく汗をかいており、疲れているようだ。


「っ……」


 翼は拳をギュっと握った。今回、バーサーカー風花の活躍で全員無事だが、結局翼はキリに勝てなかった。自分はまだまだ弱い。もっと強くならなければ、風花はまたリミッターを解除してしまうかもしれない。彼女がもう傷つかないためにも、自分が強くならなくては。翼は自分の中で決意を固める。


「さっきの丸いやつなんだ?」

「以前、翼さんには話したことがありますが、あれは心の器です」


 翼が決意を固めていると、優一が太陽に尋ねている。

 心の器。以前柳たけるとの戦いの後に、太陽が説明してくれた言葉。風花の心のしずくを保管するための容器だと言っていた。球体の中に入っていたのは心のしずくだろう。


「心のしずくに何が入っているか覚えていらっしゃいますか?」

「「感情と記憶と魔力」」


 太陽の質問に二人が声を揃えて答える。

 風花は今回、体内から自身の魔力で破壊されていたのだが、その破壊活動はずっと続いていた。おそらく心のしずくが足りない影響で、魔力暴走が止まらなかったのだろう。そのため、心の器を取り出し、風花の身体から魔力を取り除くことで破壊活動を中止させた。しかし……


「心の器を取り除くと、身体は生命活動を停止します」


 心臓が止まり、血液循環が遮断される。太陽が器を取り除いた時に、彼女の呼吸が止まるのはこういう理由だ。もちろんその状態が長く続けば、本当に死んでしまう。雛菊がこの治療法に難色を示したのはこのためである。


「「なるほど」」

「太陽さん、風花さんが目を覚ましたようです」


 廊下で三人が話し込んでいると、病室から鈴蘭の声がかかった。















「姫様」

「……」

「姫様、風花様。私の声は聞こえますか?」

「……」


 風花の目は開いた。しかし、返事をしないし、目の前にある太陽の顔をぼぅっと眺めているだけ。翼と優一は大丈夫なのか、と焦るも、太陽は焦らない。前回と同様、記憶が混乱している影響だろう。

 心のしずくには感情、記憶、魔力の3つが入っている。先ほど治療のために器を取り出した。それが原因で一時的に記憶が混乱しているのだろう。


「風花様」

「……ん?」

「分かりますか? 私は誰でしょう」

「……たい、よぅ?」


 しばらく太陽が声をかけ続けていると、風花の意識がはっきりとしてくる。混乱が落ち着いたようだ。その様子を見て、翼と優一から息が漏れる。


「あれれ? 何があったんだっけ?」


 最初のクワの戦いの時と同様、風花の記憶が欠けてしまった。リミッターを外した代償なのだろう。彼女が覚えているのは、美羽を救いに行くために侵入して、クワと対峙したところまで。状況が理解できず、キョトンと首を傾げている。


「みんな助かったよ。無事だから、大丈夫」


 翼が風花に声をかける。美羽や他のハナカラ族の人たちも救い出し、無事であると。バーサーカーのことは伝えずに、全員無事であるという事実だけを伝える。

 

「「……」」


 太陽と優一は翼が語ることを黙って聞いていた。

 風花の攻撃を食らったクワとキリだが、彼らも一命は取り止めている。風花は誰一人として殺していない。そして、仲間は全員取り返した。風花が知っているのは、その事実だけでいい。彼女は全てを知れば、その心を痛めてしまうだろう。


「風ちゃん!」

「ふ、天使のお目覚めか」


 美羽たちが病室に入ってきた。ニコリと微笑む風花を見ると、自然と口元が緩む。美羽と一葉が風花に抱き着いて、いつも通りの雰囲気が戻ってきた。


「太陽さん、お話が」

「はい?」


 美羽たちが賑やかにする中、鈴蘭と雛菊に呼ばれて太陽が外へ。









「もし良ければ、私たちと契約してくださいませんか?」

「えっ、いいのですか?」


 鈴蘭と雛菊は回復特化型のハナカラ族。式神として人に遣えることも多く、あるじの魔力を一部もらい生命活動を維持することもできる。


「さっきは強い言い方してごめんね。風花ちゃんには生きていてほしい」

「微力かもしれませんが、お力添えさせてください」


 二人は太陽に手を差し出してくれる。太陽は目頭が熱くなるのを感じながら、二人の手を取った。


「こんなに、心強いことはありません。ありがとうございます、ありがとうございます」


 風花の二度もの瀕死状態。太陽は彼女の状態になす術がなかった。心の器を取り出した後は時間との勝負。複雑な人体の内部を治療するには、膨大な魔力と知識、確かな技術が必要。今の太陽には全てが不足していた。


「風花さんが助かったのは、最後まで諦めなかったあなたのおかげですよ」

「普通、あんな無謀なこと思いつかないもん」


 自身の技術不足を責める太陽に、二人は優しい言葉を伝えてくれる。風花はこの三人が一人でも欠けていれば、命を繋ぐことはできなかっただろう。彼らが誰一人として、諦めずに治療をしたから命を繋ぐことができたのだ。


「っ……ありがとうございます」

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