第117の扉 俺たちの戦いはまだ終わっていない
「作戦会議だ」
集まったのは翼、優一、彬人、颯、平野。
優一が戦闘の時のような真剣な顔で指揮をとる。いや、戦闘の時よりも彼は真剣かもしれない。その様子を見て、翼はごくりとつばを飲んだ。今は戦闘に匹敵する状況なのだと悟る。
「……今の状況は最悪。このままだと確実に負けるね」
平野も真剣な顔で口を開く。
クラスの人数は30人。男子15人、女子15人。男性陣が結束すれば、勝負を引き分けに持ち込むことができるだろう。しかし、男性陣が結束することがないと優一は知っている。
「どういうこと?」
「横山と藤咲だ」
理解できてない翼が優一に質問する。
『横山美羽と藤咲一葉』
この学校で二人を知らない生徒はいないだろう。美羽は芸能人、一葉は剣道部エース。二人には親衛隊とファンクラブまでもが存在している。そして、その会員はこのクラスの男性陣も例外ではない。
「それって……」
優一の突き付けた現実に、翼の顔が青くなり、嫌な汗が背中を伝った。
彼女たちがひと声かければ、親衛隊とファンクラブ会員はコロリと落ちるだろう。根こそぎ票を持っていかれてしまった。
翼たちの間に重い雰囲気が広がる。自分たちはフリフリのメイド服に身を包むしか、道はないかもしれない。
諦めかけていたそんな中……
「彬人くんが藤咲さんを落とせばぁ」
「む?」
のんびりとした颯の声が響く。彬人本人は意味が分からないようでキョトンとしているが、颯の言葉を聞いた優一の顔が不敵な笑みを携えていく。
「名案だ。これは勝てるかもしれないぞ」
クククッと不気味な笑い声を響かせる優一。早速何かを考えたようで、彬人に耳打ちをしている。いくら票を獲得するためとは言え、人の恋心を使っていいものだろうか。翼は苦笑いするしかなかった。
「ふははっ! しばし待たれよ。必ずやこの
優一に何か吹き込まれた彬人が、一葉の元へと向かっていく。本人はやる気に満ち溢れているが、本当に大丈夫なのだろうか。
「おい、一葉」
「なによ、彬人」
一葉は彬人の登場にあからさまに嫌な顔をした。彼女はこの票取り合戦に気がついているのだろう。そして彼がここに来た意味も。一葉は警戒心むき出しのまま、彬人の言葉を待つ。
「ふ、漆黒の堕天使に会いたくないか?」
訳)執事服に身を包む僕を、見たくありませんか?
「ふふっ、ふ……玉砕……ふふっ」
颯が苦しそうに笑っている。笑い上戸の彼にこの状況は辛すぎるようだ。翼が背中をさする。
「ふ、名誉ある負傷だ」
颯の目の前には、目の周りに青あざを作る彬人が。もちろん一葉から一発もらった。本人はなぜかどや顔である。
「くっそ、ダメだったか……」
優一は頭を抱える。彬人に恋心を抱く一葉なら、彼の執事姿に落ちると思ったのだが、失敗してしまった。
どうしたらいいのだろうか。彼女たちに勝利しなければ、自分たちはフリフリのメイド服に身を包むことになる。想像しただけでも吐き気がした。
「とりあえず、一票でも多く票が欲しい。手分けして片っ端から声かけていくか」
気を取り直して、ローラー作戦へと切り替える。優一と翼。彬人、颯、平野。2グループに分かれて、声をかけていくことになった。
「おい、翔吾」
「あ?」
翼たちは井上翔吾の元へ話しかけに行く。彼は親衛隊でも、ファンクラブ会員でもないはずだ。
「お前はどっちだ?」
「俺は桜木のメイド服派だ」
「……そうか」
優一は翔吾の即答の内容にたじろぐ。翔吾は熱烈な風花ファンのようだ。翼は複雑な感情のようで顔を引きつらせている。何とも潔い答えだが、とりあえずこれで彼の一票はこちらに入るはずだ。
「あとは……」
二人は次なる一票を獲得するため動き出す。
「神崎、大野、川本」
次に向かったのはうららの席。彼女の席の周りには大野彩と川本愛梨の姿が。大野と愛梨は以前いじめっ子、いじめられっ子という関係だったが、大野が改心して以来仲良くしているようだ。大野はうららとの友達になり、最近は楽しそう。
「どうされましたか、相原さん、成瀬さん」
「お前たちの票を俺にくれ」
二人は頭を下げる。いきなりの行動に理解が追いつかないうららたちは、キョトンと首を傾げていた。
「なるほど。そういうことですか」
うららは事情を聞き、納得する。必死な彼らが笑いを誘うが、ぐっと堪えた。女性陣は執事服を着るだけだから無害だが、彼らにとっては死活問題だろう。
「私は別に構いませんわよ」
「私もいいよ」
「わたくしも差し上げますわ」
彼らの必死の願いが通じたのだろう。三人は翼たちに味方してくれるようだ。翼と優一は二人でハイタッチする。
これで翔吾と合わせて四票をもぎ取った。小さな一歩だが、俺たちには大きな一歩だ。
「しかし、今のままでは明らかに票が足りないのでは?」
手分けして地道に票を集めてはいるが、今のままだと過半数の票を取るのは難しいだろう。それほどまでにあちらの戦力が大きすぎるのだ。
「一発逆転の一手がありますわ」
「?」
うららが何か閃いたようだ。彼女は敵に回すと恐ろしいが、味方にすると限りなく頼りになる。彼女が優一の耳で囁いた。作戦を聞いた優一の顔が勝利を確信していく。
休憩時間が終了し、ついに最終決戦。負けられない戦いが、今、始まる。
「それじゃあ、投票に移ろうと思うんだけど、その前に僕から一つだけ」
教壇に立った平野が、クラスメイトの顔を見渡しながら話す。優一と目が合って二人で頷き合った。
「男装女装カフェをやりたい人が多いかなって思うんだけど、よく考えてみてほしい」
「……」
「僕たちの女装姿を見たいお客さんはいるのかな」
クラスメイトの全員が男性陣の女装姿を想像し、苦い顔をする。
「みんなは今面白いからってそれを推しているかもしれないけど、お客さんたちは来たいと思うのかな? 今回の収益は全て寄付される。寄付額を多くするためにも、普通のカフェの方がいいと思うんだよね」
今回の文化祭で出た収益は全て寄付される。平野はそれを逆手に取り、クラスメイト達に訴えた。額は大きいほうがいい。クラスメイト達も「確かにそうかも」と少し票が動いている。流れはこちらに傾いた。このまま投票に持ち込めば行ける。 優一がそう確信していた時……
カチリ
不吉な音が教室に響き渡った。
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