第100の扉  いつかの別れの日まで

「ありがとうございました!」


 彬人と結愛は、美羽と翼へのプレゼントを無事に入手できた。二人の喜ぶ顔を想像しながら、ほくほくと帰宅しようと歩いていく。頭のアホ毛が嬉しそうに揺れていた。しかし……


「見つけましたわ」

「む?」「およ!?」


 ほんわりモードの二人の後ろから黒い声がかかる。びくりと肩を揺らし、振り返ると……


「神崎……」「うららちゃん……」


 にっこりと黒い笑顔を張り付けた、ブラックモードのうららが。その後ろにはやれやれ顔の優一もいる。二人はいなくなった彬人と結愛を探し回っていたようだ。


「どこに行かれていたのですか?」

「Questに出かけていたのだ……」

 訳)買い物をしていました


「一言お声かけください」


 ごもっともである。いきなり二人が消えたら、何か事件に巻き込まれたのだろうか、と考えてしまう。そこからブラックうららのお説教が始まったことは、言うまでもない。途中彬人が優一に助けを求めるも、「自業自得だろ」と見捨てられたことも記載しておく。







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「リミッター?」


 翼の声が部屋に響いた。ここは風花たちが昨夜休んだホテルの部屋。翼の前には机を挟んで、風花と太陽が真剣な顔をして座っている。翼は二人から話があると連れてこられたのだ。そして、謎の言葉を告げられる。


「何なの、リミッターって?」


 リミッター。それは魔法使い全員に備わっているもので、限界以上を突破しないように抑えてくれるものらしい。


「たぶんメグさんの視線に恐怖を感じて、勝手にリミッターが外れてしまったんだと思う」


 風花の言葉でメグの恐怖を思い出した翼が、ぶるっと震える。メグの視線は、今までに感じたことのない鋭く、冷たい目線だった。その恐怖が心を満たし、翼の魔法が暴走してしまったらしい。彼が試合の時に纏っていた赤黒い炎は、リミッターで抑えられていた魔力の一部だそうだ。


「そう、だったんだ……」


 リミッターは、今回のように極度の恐怖を感じた時、勝手に外れることがある。そして、修行を積めば、自分自身で限界突破をできるようにもなるらしい。ちなみに風花は自分で自在に外せる。


「あのね……」


 風花はバーサーカー状態の翼のことを話してくれた。暴走状態になり、メグを手にかけようとしたこと。優一たちが止めようとしたこと。そして風花が彼を止めたこと。今まで隠していたことを全て話してくれた。


「僕は、そんなことを」


 翼は自分の中の知らない力に恐怖を感じる。


 もし太陽や優一たちが止めに入っていなければ、自分はメグを手にかけていた?

 もし風花が間に合わなければ、自分は優一たちを手にかけていた?


「相原くん、体でどこか痛いところはない?」


 翼が考え込んでいると、風花の声が彼を現実に引き戻す。

 そもそもリミッターが備わっている意味は、身体を壊さないようにするため。大きすぎる力は身を滅ぼしてしまうからだ。

 今回の翼のバーサーカーはそう長い時間続いていない。だから体も心も、特に大事ない。今は痛みも何も感じない。

 しかし、あの暴走状態が長く続けば、反動で体と心を壊す可能性がある。今回のように、無意識にリミッターが外れた場合は特に。風花が意識の戻ってきた翼をなかなか離そうとしなかったのは、その反動を恐れたからだ。再び暴走しても大丈夫なように、彼を抱え込んでいた。


「ごめん、僕、何も覚えてなくて。みんなにも怪我を……」


 バーサーカー状態の自分がどうなっていたのか、翼に記憶はない。風花が説明してくれただけの情報しか彼は知らない。それは余計に得体のしれない存在として、翼の中に深く残った。今後も自分の心が恐怖に埋め尽くされた時、今回のようなことが起こるのだろうか。破壊の限り、全てを焼き尽くしてしまうのではないか。


「……」


 翼は自分の中の制御できない力に恐怖を覚える。いつか自分は誰かを殺してしまうかもしれない。


 どうしよう、怖い。自分の力が怖い。もし誰かを殺してしまったらどうしよう。

 桜木さん、太陽くん、優一くん、他のみんなも……

 僕はいつか人を殺してしまうかもしれない。人殺しになるかもしれない。


 翼の心が不安に埋め尽くされ、体がガタガタと震えだした。不規則に息が乱れ、体温が下がっていく感覚がする。冷たい、寒い、苦しい。絶望の底へと飲み込まれていく。


「あ、ぁ……」


 怖い、怖い、怖い。自分自身が怖い。


「大丈夫だよ」

「ぇ……」


 ガタガタと震える翼の元へ、一つの温かな手が伸びていく。その心地よさを感じ、彼が顔を上げると……


「大丈夫。もし今後同じようなことが起こっても、必ず私が止めるから」


 ニコリと微笑んでくれる風花の姿が。彼の不安を打ち消すように、暖かな微笑みがそこにある。彼女の手が、震える翼の手を包み込んだ。


「桜木、さん……」


 何回目だろう、この笑顔に救われたのは

 いつもそうだ、この人は僕を救ってくれる

 恐怖のどん底に、不安のどん底にいる僕に必ず手を差し伸べてくれる。


 風花の暖かさに翼の目からポロリと涙がこぼれだす。そして、彼女のぬくもりで翼の心を支配していた不安が消えていった。







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 翼の不安な感情が消え去り、震えも収まった頃、風花と太陽が口を開く。


「改めて優勝おめでとう。相原くん」

「おめでとうございます。翼さん」

「え……」


 戸惑う翼に、風花と太陽は優しく微笑んでくれる。

 彼女たちが今の今まで、リミッターのことを話さなかった理由。それはこのバトル大会の思い出を、嫌な思い出としてしまってほしくなかったから。

 翼が元に戻った時にこのことを告げられていれば、彼は優勝の余韻には浸れなかった。笑顔で観客に手を振れただろうか。笑顔で表彰台に上がれただろうか。


「あ……」


 できなかった。優一たちを傷つけた、風花を傷つけたかもしれない。その思いを抱えながら、彼は笑顔を作れない。風花たちはそれを分かっていた。

 今回翼は力を暴走させてしまったが、きちんと自分の手でこの優勝をもぎ取った。彼が今まであきらめず、努力してきた証だろう。一番近くで彼の努力を見てきた二人は、それが痛いほど分かる。


 相原翼の優勝。彼の成長と努力の結晶。それは黒い感情と共に語られていいものではない。

 だから二人は今まで黙っていた。翼がきちんと自分の成長を噛みしめられるまで。笑顔で笑っていられるように。


「あり、がとう……」


 翼は自分に差し出された二つの暖かい手を取る。



 どうしてこんなにも優しくて暖かいだろう。自分はこの人たちに何かを返せているのかな。



 翼は目の前の二人とのいつか訪れる別れの瞬間までに、自分は何を返せるのだろうかと想いを馳せる。

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