第84の扉 一回戦終了
【Cブロック1回戦 藤咲一葉 VS ミキ】
「
対戦相手は一葉よりも身長の高い、ゴブリン。皮膚の色は緑色、大きな鼻とギョロリと光る大きな目。手にはこん棒を持っている。
一葉は杖を剣に変化させる。美しい雪の結晶を纏いながら、透き通った薄水色の剣が彼女の手に収まった。
ザシュッ!
「勝者、藤咲一葉!」
「わーーーーー!」
審判がコールすると、観客から歓声があがる。一葉は剣道部エースなだけあって、その剣さばきには隙がない。しかし、一つ問題が……
「……」
剣道では人を殺さない。技を決めれば勝つことができる。しかし、今後の戦いではそんな生ぬるいことは言っていられない。水の国での経験で、彼女の心の中に重い覚悟が生じていた。一葉は自分の手に持つ剣を見つめる。透明な透き通った色に混じって、赤色の液体が剣に付着していた。
「殺さない……」
剣を通じて相手を切った感覚が手に残っている。殺すかもしれない。そして、殺されるかもしれない。自分は迷いなく人を切ることができるのか。
一葉の中に迷いの色が立ち込め始めた。
「行ってくるねぇ」
翼と颯は風花の試合を見終わって、自分の試合会場であるBブロックにたどり着いた。翼は自分より先の試合である颯を見送り、一人選手控室で息を吐く。
「ふぅ」
頭の中には先ほど観戦してきた風花の試合が浮かんでくる。
彼女はいとも簡単に、自分より何倍も大きな巨人を吹き飛ばした。風花は心のしずくを取り戻すにつれて、感情と一緒に魔力も取り戻してきている。翼たち10人のメンバーの中で、一番強いのは彼女だろう。自分が守りたいと手を伸ばしていた少女は、もう自分の何倍、何十倍も強い。
自分も彼女のように強くなりたい……
翼はぐっと拳を握り、自分の試合の出番を待った。
【Aブロック 1回戦 横山美羽 VS ぐり】
「安心せい、みねうちじゃ」
試合開始早々、美羽は杖を剣に変化させ、相手を切りつける。
「勝者、横山美羽選手!」
「一度言ってみたかったんだよね、このセリフ」
美羽は観客に手を振り、上機嫌で競技会場を後にした。無事に一回戦を突破。
「美羽ちゃん、おめでとう」
控室に戻ると風花が話しかけてくれる。風花の笑顔を見ると、美羽の表情がふにゃんと緩んだ。
風花も無事に一回戦を勝ち抜き、次の試合に駒を進めた。このまま順調に勝ち進んでいくと、Aブロック代表者決定戦で美羽と風花は戦うことになる予定だ。
「頑張らなくちゃ!」
風花なら代表戦まで勝ち残るだろう。しかし、自分は分からない。美羽は一人意気込み、拳をギュっと握る。
「ふーん」
そんな美羽の様子を、陰から見ている男性の影が一つ。
「殺さない、大丈夫。殺されない、大丈夫」
一方Bブロックでは、自分の出番を迎えた翼が、ブツブツと呟きながら競技会場へと足を進めていた。
「翼くん、リラックスしてぇ」
そんな翼の背中に、1回戦を無事に勝ち進んだ颯がのんびりとした声をかける。翼はかなり緊張しているようだ。カチカチの固い笑顔を向けて、カチカチと歩いて行った。
「ありゃ、大丈夫かなぁ」
颯はカチカチ翼を心配そうに見送ると、試合を観戦しようと場所を移動していった。
【Bブロック 1回戦第4試合 相原翼 VS アンド】
「よろシク、おねがいシマス」
翼の相手はアンドロイドの女性。身長は翼と同じくらいの大きさだが、その手には太い、大きな刀が握られていた。かなり重たそうだが、細い腕でしっかりと持っている。
「コチラこそ、よろしく、おねがいシマス」
「ぶっ!」
緊張のためか、相手のアンドロイドよりもロボットのような挨拶を返しながら、翼はぺこりと頭を下げた。観客席では笑いのツボの浅い颯が、苦しそうに笑い転げているが、翼はそれどころではない。
アンドの持つ剣の大きさ、太さに緊張感が増したのだ。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
呪文のようにブツブツと唱え、自分の心を落ち着ける。今まで太陽とたくさん練習をしてきたのだ。時間がある時は風花の家に通い、彼が練習を見てくれた。精霊付き8人の中では翼の練習量が一番多いだろう。
自分はみんなが一回でできることが一回でできない。だからできるまでやるしかない。
翼が自分の今までの努力を振り返っていた時……
「試合開始!」
審判の声が響き、試合が開始。翼は意識を現実に戻して、アンドの姿をその瞳に映す。
「行きマス」
「
機械の瞳に鋭い光を宿したアンドが、重く太い剣を振り回して翼との距離を詰めてきた。彼女の剣が翼を切り裂く前に炎の盾を出して、攻撃を防ぐ。アンドは攻撃を防がれても怯まず、何度も何度も翼に剣を打ち込んでいった。しかし……
「軽、い?」
アンドの剣を受け止めながら、翼は重さを感じなかった。日頃太陽の攻撃を受け続けている翼にとって、痛くも痒くもない攻撃のようだ。
(これならいける!)
翼は重心を低くし、腕に力を込めた。そして、盾でアンドの剣を押しのけると、彼女のバランスを崩させ押し倒す。そして、盾から剣に変化させ首元に突き付けた。
「……降参デス」
「勝者、相原翼!」
審判のコールと共に、観客からの歓声が響く。
翼は自分に向けられた拍手なのに、どこか他人事のようにその音を聞いていた。
僕が、勝ったの……
肩で呼吸をしながら、自分の成長を噛みしめる。今まで攻撃が軽いと感じたことなどなかった。殺気や威圧感を放たれると震えて頭が真っ白になっていた自分が、一回戦を勝ち抜いた。相手を殺さず、必要以上に傷つけず。
「っ……」
目頭が熱くなるも、翼はゴシゴシと乱暴に目元をぬぐった。
翼が選手控室に戻ると、颯が待っていた。
「やったねぇ、翼くん」
「ありがとう」
待っていてくれた颯に、翼はいつもの笑顔で返事をすることができた。ふぅ、と息をつくと今までの緊張が抜けていく。
「他のブロックのみんなはどうかなぁ?」
颯の言葉に、翼はトーナメント表を確認する。
Aブロックは風花と美羽二人とも勝ち上がっている。
Cブロックは彬人が脱落し、優一とうららが次に戦うようだ。
Dブロックは結愛が脱落。太陽と一葉が無事に勝ち上がっている。
「各ブロックの代表が、俺たちだったらすごいよねぇ」
「そんなにうまくはいかないと思うよ?」
颯は楽観的に話していたが、この時はまだこれから起こる悲劇について、誰も知らない……
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