第5章  バトル大会編

第82の扉  バトル大会開幕

「およよー!」

「ほぅ、恐るべき異世界」


 結愛と彬人が目をキラキラと輝かせながら呟く。

 翼たち10人はバトル大会に参加するため、異世界へとやってきていた。大会はコロッセオのような丸い建物で行われる。人間の参加者もいるようだが、巨人、エルフ、アンドロイドなどなど、人ならざる者たちもちらほらと見受けられた。厨二病真っ只中の彬人にとって、この光景は夢のような世界なのだろう。彼はさっきからぼぅっと見惚れている。


「……」


 彬人や結愛がはしゃぐ中、翼は一人ごくりとつばをのんでいた。全員がライバル。自分は大切なものを守るために強くならなくちゃいけないんだ。自然と拳に力が入る。すると、トントン、と肩を優しく叩かれた。


「相原くん、大丈夫だよ。リラックスして」


 風花が翼の緊張に気がつき、声をかけてくれた。ニコリと微笑んでくれる彼女の笑顔を見ていると、翼の中の緊張がだんだん消えていく。


 この笑顔を守りたい。


 翼は自分の決意を硬く固める。









 そんな中、翼たちの出場登録の順番が回ってきた。

 出場者はABCDの4つのブロックに分かれて試合を行う。1ブロック8人で勝ち抜きトーナメントを行い、各ブロックの勝者が他のブロックの勝者と戦い、最終的に優勝者を決定する方式だ。


 Aブロックには風花、美羽。Bブロックには翼、颯。Cブロックには優一、彬人、うらら。Dブロックには太陽、一葉、結愛。それぞれがランダムに割り振られた。


「まじか、神崎いるやん」

「何か?」

「……いえ、何でもありません」


 うららは優一と目が合うとニコリと微笑んでいる。優一が9人の中で一番戦いたくなかった相手はうららなのだ。彼の口からため息が止まらない。


「やった! ついに太陽とやれる!」

「まだ決まった訳ではありませんよ」


 優一が憂鬱な感情を抱える中、一葉の明るい声が響いた。

 Dブロックの一葉と太陽はお互い勝ち上がることができれば、代表選で戦う配置にいるらしい。一葉は剣道部のため、太陽と戦ってみたいとずっと言っていたのだ。ニコニコ笑顔で話し込んでいる。


「ふむ……」


 そんな一葉の様子を見ながら考え込む彬人。一葉は水の国から帰ってきて、何か様子がおかしかったのだが、今は普段通りの様。自分の勘違いだったのだろうか、と一人首をひねっていた。


「バイバーイ!」

「ふ、再びこの地で会いまみえよう」

 訳)みなさん頑張りましょう


 各試合会場にみんなが散らばっていく中、翼が自分のトーナメント表を確認する。翼はBブロックの最終試合。自分の試合までだいぶ時間がある。


「桜木さんの試合を見てから行こうよぉ」

「そうだね、時間あるし」


 Aブロックの第一試合は風花。颯と一緒に観客席へと移動する。


【Aブロック 1回戦第一試合 桜木風花 VS グランデ】


「お嬢ちゃん、こんにちは」


 競技場に上がった風花に対戦相手のグランデが声をかける。

 競技場はバスケットボールコート1面くらいの大きさ。その周りを観客席が取り囲み、至る所から声援が飛んでいる。勝利条件は、場外、戦闘不能、降参宣言の3つ。


「わぁ」


 グランデの姿を見た風花から思わず声が漏れた。対戦相手は、風花が首が痛くなる程見上げなければならない巨人。その身長は10mを越えているだろう。


「大丈夫かよ、あれ」


 二人のあまりにも違いすぎる体格差に、会場から心配の声が上がっていた。風花はまだ子供、その少女の対戦相手は巨人。この状況だけ見ると、グランデが腕を一振りでもすれば少女は死んでしまうようにも思える。


「困ったな」


 グランデは会場の様子に困惑の表情を浮かべているが、どこか満足そう。

 一方の風花は、対戦相手を見てもその表情が変わることはない。「ほー」と声を上げながら、グランデのことを見上げていた。


「ここは、お嬢ちゃんのようなかわいい子が来る場所じゃないよ? 悪いことは言わないから降参しな?」


 グランデは目の前のあまりにも幼く、かわいらしい少女にそう告げた。彼から見ると、小さく、か弱い少女に映るのだろう。


「ん?」


 風花はグランデの申し出にキョトンと首を傾げている。どうして彼がそんなことを言っているのか理解できないようだ。

 状況を理解できていない少女に、グランデはさらに話し続ける。


「そうだ、せっかく参加したんだから、記念に俺を一発殴る権利をあげるよ」


 俺はなんて紳士なのだろう、とグランデは自分に酔っていたが、この後痛い目に合うことに、この時の彼は気づけない。

 風花は相変わらずキョトンと首を傾げていたが、何かに納得したようにポン、と手を打った。


「ご忠告、ご提案感謝します」


 と、ぺこりと頭を下げた。彼女は何に納得したのだろう。その瞳にはとある感情が浮かんでいた。


「それでは試合スタート!」

「お嬢ちゃん、本気でいいよ」


 審判の声が響き、試合がスタート。風花は余裕の微笑みを携えているグランデの元へ、ゆっくりと歩みを進める。


「ご忠告を頂いたので、私も一つ忠告を」


 風花は普段通りの無表情で彼への歩みを進めているのだが、瞳の中にはとある感情が。もちろんグランデはその感情には気がつかない。


「こ、れ、は……」

「あー、ヤバいねぇ」


 観客席の翼と颯が風花の目の中の感情に気がついて、声を漏らす。長い時間彼女と共に過ごしてきた彼らは今の風花の感情が手に取るように分かったようだ。

 彼女の瞳の中の感情、それは……


「見た目だけで相手の実力を判断することは危険かと、それに……」

「っ!?」


 風花は下を向いていた顔をグランデの方へ向ける。その瞳を見たグランデの顔が青くなり、ガクガクと足が震え始めた。先ほどの自分の発言を後悔するも、もう遅い。

 そんな様子の彼に構わず、燃え盛る炎のような瞳のまま口を開く。


「本気で向かおうとしている相手に、とてつもなく失礼です」


 風花の瞳に宿っている感情、それは怒り。彼女は真剣に戦おうとしたにもかかわらず、その見た目だけで手を抜かれた。かなり怒っているようだ。

 風花は鋭い威圧感を放ちながら、グランデへと進んでいく。


windウインド……」

「ま、待った、ヤバいって……」

fistフィスト!」


 彼の静止を聞かず、風花が拳をグランデのお腹に炸裂させた。彼は場外の壁まで一直線に吹き飛ばされ、会場には攻撃の余波の風が吹き渡る。とてつもない突風により観客たちから悲鳴が上がった。


「グ、グランデ選手、場外。勝者、桜木風花!!!」


 コールを忘れていた審判が慌てて宣言する。それと同時に会場には観客の拍手と歓声が沸き起こった。

 グランデは風花の攻撃をくらい壁でのびてしまった。救護班が急いでかけていくのが見える。


「あれは両者相手が悪かったねぇ」


 グランデは相手が本当にか弱い少女であれば、あんなことにはなっていないだろう。

 風花は自分の見た目だけで判断され、本気で挑もうとしていたにもかかわらず、手を抜かれたのだ。貴重な試合を一つ無駄にしてしまったことになる。


「まぁ、でも見た目で人を判断するような奴とは、いい試合はできないかぁ」

「颯くんってたまに毒舌だね」


 翼は苦笑いをしながら自分の試合会場へと向かう。

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