第80の扉  これからの選択

「もう、冒険を終わりにするかどうか」


 風花は悲しい言葉を紡いだ。彼女は何かを決心している表情をしていた。そして、瞳に迷いの色は浮かんでいない。ほんの少しの寂しさを滲ませて、彼女は言葉の先を紡ぐ。


「私は、優しいみんなに甘えすぎていたんだと思う。最初は一人で寂しくて、でも仲間ができて、嬉しかった。一緒に戦ってくれるって言ってもらえて、嬉しかった」


 風花はほとんど心のしずくを集めきれていない状態で、この世界にやってきた。たった一人きりで、いつ終わるとも分からぬ旅が始まる。そして幼馴染である京也からの襲撃。彼女へと忍び寄る黒い魔の手の数々。そんな中で、翼たちの存在は心強かっただろう。


「でも、戦わなくてもいい。異世界に行くのが怖いなら、行かなくていい……だから」


 水の国での出来事をきっかけに『死』を自分の身近に感じた。戦いに慣れていない翼たちに、怖い、という感情が出てくるのは正常な反応だろう。


 そして、その感情が生じるのは風花も例外ではない。

 風の国の姫、異世界の住人、心を失くした魔法少女……

 彼女の背負う運命は重いが、翼たちと何も変わらない。ただの14歳の少女だ。

 

 しかし、彼女は仲間のために『怖い』という感情に蓋をした。自分が巻き込んだ、自分のせいだ、と責め続けて。彼女一人で仲間を守ろうとする。


「だから、私とずっと友達で居てくれる?」


 風花が呟いた言葉は、あまりにも悲しくて優しい言葉。風花が初めて口にした仲間たちへのお願い事。

 彼女の瞳には寂しさが溢れている。ぽろりと涙が零れ落ちるも、彼女の瞳に迷いはない。彼女は何かを守ると決めた時、その瞳に迷いの感情は浮かばない。


「桜木さん……」


 翼は風花との出会いを思い出す。

 桜の木の下に立っていた彼女。あまりにも無表情で感情のない横顔。あの時風花は何を思い、桜を見つめていたのだろうか。

 怖い感情を必死に押し込めて、震える手で仲間を守ろうと戦う。誰も傷ついてほしくない。傷つくのは自分一人でいい。

 背負わなくていいものまで、小さな肩に背負い込んで、ボロボロになりながらも強引に歩いて行こうとする。


「っ……」


 別れを決意してまで、翼たちを守ろうとしている。彼女は優し過ぎて脆い。今にも壊れてしまいそうなほどに。





 全員意見は同じだろう。彼女に優しく微笑みかけ、動き始めた。


 美羽が「何言ってるの、風ちゃん。私たちはずっと仲間だよ?」と、うつむいていた風花の頬を両手で包み、前を向かせる。


 一葉が「ウチらはそう簡単に離れていかないよ?」と、抱きしめる。


 うららが「それに誰も風花さんのことを責めてはいませんわ?」と、風花の震えている手をしっかりと握りしめる。


 結愛が「そうそう! 結愛たちはみんな風ちゃんのこと大好きっ!」と、風花に抱きつく。


 颯が「桜木さんと会わなかったら、きっとこんなに仲良くなれなかったよぉ」と、風花の肩を叩く。


 彬人が「ふ、素晴らしきギルドだ」と、決めポーズをつけてアピールする。


 優一が「だからそんな顔するな」と、背中を押す。


 翼が「桜木さん」と、優しく微笑みながら



「大丈夫、一緒に強くなろう?」と、手を差し伸べる。



 翼たち一人一人の言葉が風花を優しく包み込んだ。風花は胸がいっぱいになり、目頭が熱くなった。


 私が手を伸ばしたら、こんなにもたくさんの人が握り返してくれるんだ。

 一緒に手を繋いで歩いてくれる。暖かくて、優しい……


(頼もしい方々に出会えましたね、姫様)


 優しく包まれている風花を太陽がその瞳に映していた。翼たちと出会えたことで、風花は変わり始めている。今後も彼女は良い方向へと変化できるだろう。彼らと一緒なら、旅の結末は幸せな物になるかもしれない。












「成瀬さん、私のこと殴ってくださいます?」

「はぁ!?」


 こっそりと優一の隣にやってきたうららは、いたずらっ子のような笑みを浮かべて申し出た。


「昨日保留にした答えですわ。成瀬さんが私を殴ってくださるのなら、私も成瀬さんを殴りましょう」

「……俺、お前のそういうところ嫌い」

「あら、褒め言葉として受け取りますわね」

「そういうとこも嫌い」


 うららの態度に優一はため息が止まらない。彼は風花を傷つけてしまったことを気に病んでいるようだが、彼のせいではない。ずっと風花を見てきた優一だからこそ、風花のあの涙の本当の理由に気がつけたのだろう。誰も気がつかなければ、風花は今頃砕け散っているはずだ。


「神崎……ありがとな」

「こちらこそ」


 敏感に彼女の変化を感じ取ってくれた優一に、うららは心からの感謝を捧げた。





「ところで、みなさんこちらに参加されてはいかがでしょうか?」


 太陽はがやがやと騒いでいるみんなに、一枚のチラシをみんなに見せる。チラシには大きく『バトル大会開催』と書かれていた。


「このバトル大会はトーナメント戦で行われます。もちろん『殺す』ことは禁止事項。勝つためには敵を場外まで飛ばすか、気絶など戦闘不能にするか、『降参』と相手に言わせるかです」


 今回のルールは翼たちが話し合った覚悟にぴったりだった。『相手を殺さずに戦闘不能にする』こと。これはこのバトル大会最大のルールだ。力を出しすぎて相手を殺してはいけない。力を出さな過ぎて負けてもいけない。この大会への参加は翼たち全員に成長のきっかけを与えてくれるだろう。

 大会の開催は1週間後。全員今からやる気を見せている。しかし……


「みんなには誰も殺させない」


 賑やかに全員が騒ぐ中、小さく呟かれた少女の決意は誰の耳にも届かなかった。

















「たっだいま~」


 結愛はいつも通りスキップで家に帰り、元気よく玄関の扉を開けた。が、いつもは聞こえてくるはずの「お帰り」の言葉はない。


「およよ?」


 結愛は不思議に思いながらもリビングへと歩みを進める。すると、中から両親の声が聞こえてきた。


「もういいんじゃないのか、結愛は中学2年だぞ」

「まだ2年生よ。高校生になるまで待った方がいいんじゃない?」

「もともと中学になったら話すって決めていただろう、俺たちの子供じゃない・・・・・・・・・・って」

「え……」

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