第62の扉  移動姉弟編その3

「じゃあ、魔界侵入メンバーを発表します」


 機嫌が回復してきた風花が侵入メンバーを発表していく。今回侵入するのは、風花、優一、颯、うらら、結愛の5人。翼と一葉と太陽はお留守番である。


「それでは、扉を開きます」


 太陽が赤い印の点滅したパソコンを睨みながら呟く。彼が見ているパソコン、これは京也の持つレーダーと同じ機能を果たし、しずくの位置を伝えてくれる。


「誰の所に着くか分かりません。お気をつけて」


 彼の言葉と共に風花たちの前に、真っ黒で禍々しい気配を放つ扉が。今心のしずくは誰が持っているのだろう。扉を開けた瞬間、戦闘開始ということも考えられる。突撃隊5人の緊張は増していく。


「行ってきます」


 風花が鋭い光を目に宿して、扉へと歩みを進める。今の彼女に先ほどまでのどんよりな空気は感じない。いつも通りの桜木風花。しかし、その目が言っている。『必ずしずくを取り戻す』と。


 パタン、と扉が閉じ、5人は無事に魔界へと旅立った。


「みんなちゃんと帰ってきてね」


 扉の消えた後に居残り組の翼と一葉が呟く。潜入人数と、作戦と技の相性のため、居残りになってしまった2人だが、5人が心配で気が気じゃない様子。


「さて、ずっと心配していても身体が持ちません。お茶にしましょう」

「「……」」


 肩に力が入った翼と一葉を気遣って、太陽がお茶とお菓子を出してくれた。しかしこのお菓子は食べても大丈夫なものだろうか。

 風花の料理の見た目は完ぺき。とても美味しそうに仕上げる。しかし、味はとても個性的で独特なもの。目の前のお菓子は誰が作ったのだろう。


「サクリ……」


 翼がお菓子とにらめっこをしているうちに、太陽が一つ口に含んだ。サクサクと美味しそうな咀嚼音が響いているが、彼の目はどこか遠くを見つめている。どうやらこのお菓子の作者は風花のようだ。


((あ、これは食べたらダメなやつだ))


 翼と一葉は心の中で太陽に合掌し、お茶だけを楽しむことに決めた。いつか風花の料理が上達したら必ずご相伴に預かろう、うん、そうしよう。今はその時ではないのだ。


「ふぅ……」


 太陽の出してくれたお茶を飲んだら、身体に入っていた力が自然と抜けた。彼はこういう細やかな心配りがとても上手い。流石は執事という所だろうか。

 翼はお茶を飲みながら、リビングを見渡す。以前は殺風景で寂しい印象だった空間。今では暖かな雰囲気が漂っている。風花たちとの思い出が増えたからだろうか。

 魔法の練習やしずく探しなどで、この空間に足を踏み入れる機会は多い。今後も風花たちとは楽しい思い出を作れるだろうか。彼女はもっといろいろな表情を見せてくれるだろうか。風花の表情を想像した翼の心がざわざわと騒ぎ出した。


「ん?」


 翼は自分の中に生じた感情に首を傾げる。このざわざわとした気持ちは何だろう。


「そう言えば前にもあったな……」


 以前中央投下を成功させた時、天使のような美しい光景に、胸がざわざわと騒ぎ出したのだ。そして気がつくと、翼は風花に触れ……


「プシュゥ」


 翼の頭から煙が吹きだす。彼の頭の中に今までの行動が駆け巡った。無意識ではあったものの、何回か彼女に触れようと手を伸ばしたことがある。そして、彼女のことを考えると、胸がざわざわと騒ぎ出す。こ、れ、は……


「あぁぁぁぁ!」

「え!? 何、いきなり……」

「どうしたのでしょう?」


 突然煙を吹きだしたと思ったら、今度は頭を抱えて発狂し出した翼。そんな彼を太陽と一葉は眺めていることしかできなかった。












「着いた」


 風花たち5人は太陽が開いた扉を抜け、魔界城に到着した。至る所から京也と同じまがまがしい気配が立ち込めている。

 魔界の城は黒を基調としていて、所々に不気味な置物が置かれていた。彬人が居れば「漆黒の何とか」と言い出しそうな感じである。しかし、残念ながら彼は今ここにいない。


「おや? 来たんだね」


 真っ黒な部屋には瞬が。しずくを持って不敵に笑っている。

 部屋には京也も紅刃も兵士の一人もいない。気配を探るも他の人が隠れている様子はないようだ。どうやら全面戦争は避けられそう。


「取り返しに来たの?」

「はい、私の大切なものなんです」

「はぁ、今回も僕が勝ったら流石に諦めてくれる?」


 瞬は立ち上がり、身体をほぐす。彼の動作と共に風花たちの緊張感が上がった。瞬はかなり強い。彼からは京也と同等レベルの禍々しい雰囲気を感じる。


「これで僕が姉さんを越えた証明になるんだ。返してほしいなら僕から奪ってみなよ。まぁ無理だと思うけど」


 彼がずっと口にしている『姉を越える証明』。出発前の会話を思い出し、優一はほんの少し寂しくなった。彼も自分と同じで捕らわれているのかもしれない。

 しかし、敵は敵。勝たなくてはいけない存在だ。


「来なよ」


 瞬は手にしている心のしずくを上に投げて遊んでいる。風花の大切なものを軽く扱う彼に、優一たちの怒りは沸騰寸前。


「神崎さん、行くよぉ」

「はい!」


 颯とうららは深呼吸して集中し始めた。精霊の力を全身に感じ、魔力を行き渡らせている。足元にはまばゆい光を放つ魔法陣が出現した。


 バチバチ! ピカピカ!


 心地よい音とともに光は一層強くなる。颯は電気を、うららは光を身体に纏わせ、眩い光が包み込んだ。


「二人に風の加護を」


 風花は両手を祈るように組み、呪文を唱えた。目を閉じると、優しく風が包み込み、ふわりと髪が宙を舞う。風に包まれた風花は、触れれば消えてしまいそうに脆く、儚い存在に見えた。


「「……」」


 颯とうららはあまりにも神秘的な光景に目を奪われていたが、彼女から流れ出た風が届き我に返る。体が風に包まれ、自分の身体から重力が消えていく感覚を感じた。


「ふーん」


 瞬は心のしずくを上に投げながら、風花たちの様子をじっくりと観察していた。彼の余裕の表情は崩れない。


「……」


 瞬はしずくを投げながら、風花たちの行動を考えていた。

 一番厄介なのは、颯とうららだろう。

 二人はそれぞれ電気、光を体にまとわせ、相当のスピードを出せるようになっている。電気と光の魔法はただでさえ移動速度が速い。それに加えて風花の風の加護により、重力が軽くなっている。彼らのスピードは自分と同等、それ以上かもしれない。

 そして残りの結愛と優一。彼らは今のところ何もしていないが、杖を構えて睨みつけている。何かをする気なのだろう。


「神崎さん、いつでも行ける?」

「はい、大丈夫ですわ」


 瞬が考え込んでいる間に、颯がうららに小声で話しかける。準備が整い、開戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。辺り一面を緊張感が包み込む。瞬はいつ攻撃が来ても避けられるように、姿勢を低くし、目を見開いていた。しかし……


















「これは返してもらうねぇ」



 瞬の背後をとった颯がにんまりと笑いながら、しずくに手を伸ばした。

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