第60の扉 移動姉弟編その1
「♪」
本日土曜日で学校は休み。しずく探しのために翼が風花の家へと向かっていた。音符を振り撒いてご機嫌である。
「何でそんなニマニマしてんだ、キモい」
「えぇ……ひどい、ちょっとショック」
ご機嫌翼の音符を吹き飛ばしたのは優一。彼も翼と一緒に風花の家に向かっていたのだ。さっきから翼から放たれる音符が突き刺さり、ついにキレた。
「キモいのかぁ……」
翼は優一の科白にしょんぼりしている。
今日に限らず、翼はよく音符やお花を振り撒いている。風花と出会ってからその回数が増加した。彼の心の中で変化があったのだろう。
「よし、行こう!」
今日しずく探しに集まったのは翼、優一、颯、一葉、結愛、うららの6人。結愛が元気に宣言して、捜索が開始する。
「それではみなさん、お気をつけて」
太陽が玄関から手を振っていた。彼は今日大臣の仕事があるので、風の国に一時帰国する。そのため、しずく探しには同行できない。
「太陽、バイバイ」
風花も彼に倣って手を振り返してくれる。柔らかな笑顔を浮かべて、結愛と手を繋ぎ歩いて行った。
「私も行きますかね」
太陽が家の中に戻り、腕を一振りすると、所々に桜の花びらが散りばめられた真っ白な扉が出現した。彼の扱う魔法は扉魔法。異世界同士を繋いで、様々な世界へと訪れることができる。
早速扉を開いて、風の国へと向かった。
「あら、太陽くん。早かったわね」
扉を開いて、目の前に現れたのは、風花の母親である、
現在彼らがいるのは風の国の王宮。全体的にうすピンク色を基調とした城で、通称『桜城』と呼ばれている。
「風花様がお友達と出かけましたので」
「あら、あの子にも友達ができたのね。良かったわ」
優風は嬉しそうに頬を緩ませた。公務で忙しいため、そばに居ることはできないが、やはり彼女のことが心配なのだろう。風花のことを話す優風は王妃ではなく、一人の母親の顔をしていた。
「あっ! ちょっと待って。もうこんな時間じゃないの」
しばらく話に花を咲かせていたのだが、優風が慌てだした。今日彼女は太陽の魔法を使って、異世界へと足を運ぶ。異国の貴族と舞踏会なのだそうだ。風の国は今昼だが、向かう先の国は今は夜。どの世界も同じように時が流れている訳ではない。こちらの世界の1時間が他の世界では1日ということも珍しくない。
「大変、大変! 太陽くんちょっと待っててね」
優風は太陽を椅子に座らせると、自身の身支度を整えていく。
彼女は風の国の王妃。様々な世界との関係構築は大変そう。太陽は彼女が異世界へと渡る時、必ずその魔法を使うのでその忙しさを知っていた。良く倒れずやってのけるな、と尊敬する数の公務を行っている。誰にでも人当たり良く、要領よくこなす彼女には頭が上がらない。
「ごめんなさいね、向こうと行ったり来たりさせてしまって」
「いえ、問題ありません」
「身体は大丈夫?」
優風は身支度の手を止めて、太陽の瞳を見つめる。そんな彼女の動作に太陽は一瞬苦しそうに顔を歪めるも、いつも通りの笑顔を貼り付けた。
「お心遣いありがとうございます。特に問題なく元気です」
「そう、ならいいのだけれど。無理しないで、頼ってくれていいのよ」
「ありがとうございます」
優風はまた身支度を整えていく。耳元にはキラリと光る桜型のイヤリング。先ほどまで下していた髪は、かんざしで綺麗にまとめられている。そして、首元にうすピンク色のファーを羽織って、完成。
「行きましょうか」
「かしこまりました」
先ほどの柔らかい雰囲気とは一変。どこか艶やかな空気を纏って、優風が太陽へと手を差し出した。彼はその手を美しい所作で握り、彼女をエスコートしていく。
「毎回楽しい魔法よね」
「もったいなきお言葉」
優風と繋いでいない方の手で宙を一振りすると、柔らかなクリーム色で丸型の扉が出現。太陽の扱う扉魔法は様々な色、形の扉を出現させる。目的地によって扉は異なるので、優風はそれが楽しみなようだ。ニコニコ笑顔で扉の中に消えていく。
「帰りは向こうが送ってくれるみたいだから、もう風花の所に戻ってもいいわよ」
「かしこまりました」
「太陽くん」
「はい?」
ぺこりと下げた太陽の頭に手を乗せて、優風は悲し気に言葉を紡ぐ。
「まだ子供なんだから、少しは大人に甘えなさい」
「……ありがとうございます」
太陽の返事を聞くと、優風は完全に扉の中に消えていった。パタンと扉が閉じて、その形が薄れていく。
「……」
太陽は一人取り残された部屋で、しばらく動くことができなかった。
「何事でしょうか……」
「あ、太陽くんお帰りなさい」
「ただいま、戻りました」
太陽が大臣の仕事を終えて家に帰ると、風花がリビングの隅に座り込んで、どんよりしていた。
「風花、ほら太陽帰ってきたよ」
「桜木さん、飴ちゃん食べるぅ?」
颯や一葉が声をかけ続けるのだが、風花の精神状態は改善しない。依然どんよりモード。彼女からキノコが生えているような気もする。
「何事でしょうか……」
朝、太陽が見送った時は元気だった彼女。今日は翼たちとしずく探しに向かった訳だが、何があったのだろうか。
「実は……」
混乱の続く太陽に、翼が事情を説明してくれた。
時は彼が風の国に出発した時まで遡る。
「あった」
出発した風花は、また一つ心のしずくを発見した。
彼女の心のしずくには、感情と記憶と魔力の3つが入っている。風花は自分の中に増えていく過去が嬉しいのだろう。とても柔らかな微笑みでしずくを眺めていた。
風花は随分表情豊かになっている。まだ無表情のことが多い彼女だが、時折見せてくれる笑顔は翼たちの心をポカポカと温めてくれる。
「ぁ……」
彼女はこれからどんな表情を見せてくれるのだろうか。どんな微笑みで自分を見てくれるのだろうか。翼の心がざわざわと騒ぎ出す。
「案外チョロいね、桜木風花」
しかし突然、風花の後ろから不気味な声が。驚いた風花が振り向くと、そこには一人の男性が。京也と同じく真っ黒な髪と瞳。黒色のローブに迷彩服を身に着けている。そして、彼の手には心のしずくが。
「なんで、しずく、取られた?」
風花が戸惑いの色を濃くして、目の前の少年を見つめる。もちろん彼女が先ほどまで握っていたしずくは消えていた。
少年の名前は
「姉さんはなんでこんなチョロいのに負けたんだか。まぁこれで俺が上だって証明にはなるか。ありがとね、奪わせてくれて」
「ちょっと、待っ……」
言い終わらないうちに突風が巻き起こり、瞬が姿を消していた。
「しずく、取られた……」
風花は風で乱れた髪もそのままに呆然状態である。余程ショックなのだろう。泣き出してしまいそうな悲しい表情をしていた。
「とりあえず、家に戻ろうか。太陽くんに相談しよう」
「飴ちゃん食べるぅ?」
翼が宥め、颯が飴を差し出すも、彼女は無反応。いつもなら颯の飴を舌の上でコロコロすれば何とかなるのに、今日は無理らしい。
「およ、風ちゃん髪の毛ボサボサだ」
「行きましょうか」
女性陣が髪の毛を整えて、彼女の手を引っ張り、家へと誘導する。その間も魂が抜けた人形のようになっていた。
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