第51の扉  両国の未来

「悪魔の食べ物か……」

「わっ! お馬鹿!」


 彬人の口に美羽がもう一口ケーキを突っ込む。彬人がモゴモゴと文句を言っているが、美羽が問答無用で彼を仕留めていた。彼の上に馬乗りになり、口に押し込んでいる。


「ぼむんぬむご!!!」

「何を言っているか分かりませーん」

「んんんー!」


 彬人は抵抗するも、風花のケーキのダメージも大きく、美羽には勝てない。ジタバタしていたが、ついに力尽きてピタリと動きを止めた。


「ん?」


 風花に彬人の声は聞こえなかったらしい。倒れた彼を不思議そうに眺めている。彬人は尊い犠牲となったが、何とか風花にバレる事態は回避できたようだ。


「ねぇ、太陽くん」


 彬人の屍を越えて、翼が太陽に小声で話しかける。


「桜木さんの作ったご飯食べてるの?」

「毎日ではありませんが、召し上がらせていただくこともありますね」


 太陽と風花は交代で料理担当をしている。つまり、太陽はこの世界に来てから風花の作ったご飯を食べ続けていることになる。


「お腹大丈夫?」


 翼は風花に聞こえないように(美羽の餌食にならないように)更に声を潜める。


「個性的な味ですが、美味しく召し上がらせていただいております」

「……」


 翼は太陽の風花を思う心に感動すらを覚える。しかし、そう言う太陽の目は遠くを見つめていた。

 太陽がパーティー開始前にしていた不可解な行動は、全てこのためだろう。風花の独特な味のする料理が、みんなにふるまわれないように頑張ったのだ。しかし、彼の努力虚しくこの惨状。京也、彬人、結愛は倒れて動かず。翼、美羽、颯は顔色が悪い。


「……」


 そんな中。風花はぴくりとも動かない、最初の犠牲者京也の元へ。彼はソファの上に突っ伏して倒れている。


「京也くん……」


 服を引っ張ったり、頬をツンツンしてみるも、何の反応も示してくれない。彼の様子に首を傾げていたのだが


「あ……」


 京也の虚ろな瞳と、青白い顔、か細い呼吸。そして、風花のケーキを食べた後に動きを止めた。


「ケーキが美味しくないのかな」


 風花は結論にたどり着いてしまった。京也に喜んでもらおうと、頑張って作ったケーキが不評。結局彼は一口しか食べてくれなかった。


「……」


 風花自身、料理をして、それを食べてきた。しかし、一度も彼らのような身体症状は出たことがない。今回のケーキも味見をしたが、美味しくできたと思ったのに……

 風花は胸の中にぽっかりと穴が空いたような気持ちになる。そして


「私が食べる」


 責任を持って自分が食べよう。本当は京也に食べてほしかったのだが、それは叶わぬ夢のようだ。上手く作れなかった自分が悪い。

 おもむろにスプーンを取り、ケーキを食べようと近づけていった。









 パシッ!


「え?」


 風花が食べようとした瞬間、京也が彼女の腕を掴んだ。風花が戸惑っている間に、自分の口元にケーキを運んでいく。


「京也くん、美味しくないんでしょ? 無理して食べなくていいから」

「……」


 風花は慌てて止めにかかるのだが、彼は聞く耳を持たない。パクパクとケーキを食べ進める。


「京也くん、私が食べるよ」

「………」

「ねぇ、京也くん」

「うるさいな。黙ってろよ」


 京也は口いっぱいに頬張って、モゴモゴと口を開く。


「俺のために作ってくれたんだろ?」

「……」

「俺が食べるのが当たり前だ」


 彼の言葉に風花の瞳が揺れた。

 京也が、頑張って作ったケーキを食べてくれている。何だか顔色が悪いような気もするが、それでも食べてくれている。

 胸の中に空いていた穴が、彼の行動で満たされていく。そして、京也はケーキをぺろりと平らげてしまった。


「ありがとな、風花。ごちそうさま」


 顔を真っ白にしながら京也は風花にお礼を告げた。かなり体調が悪そうだが、倒れずに座っている。


「京也くん!」


 風花は瞳を潤ませて彼に抱き着いた。食べてくれたことが嬉しかったのだ。ムギュっと抱きしめて離そうとしない。しかし……


「(おい、太陽)」


 京也はもう限界のようだ。風花に抱き着かれながら助けを求めている。


「姫様、あちらで翼さんが呼んでいますよ」

「んぇ!? 僕?」


 いきなり話を振られた翼が変な声をあげているものの、風花は翼の方へと向かってくれた。ふんわりとした笑顔で彼との会話を開始している。


「助かった、悪いな」

「いえ、こちらこそありがとうございました」


 真っ白な顔をしている京也に、太陽が胃薬を手渡している。薬をもらった彼は心なしか顔色が良くなり、呼吸も楽そう。

 今回彼がケーキを食べなければ、太陽が全て食べるつもりだった。風花に悲しい思いはさせられない。でも、やはり京也が食べるのが彼女にとって一番だっただろう。翼と話している風花はとても嬉しそう。


「ゴリラくん、ちょっとだけカッコ良かったよ」

「ふ、さすが、漆黒のゴリラだ」

「だからゴリラって呼ぶなよ」


 褒めながらもからかう美羽と彬人。文句を言ってはいるが、京也は楽しそうだ。今の彼に普段の戦いの時のような残酷さ、冷たさは全く感じない。辛い使命を背負っているものの、彼も普通の男の子。自分たちと何も変わらない。


「でもね、私、上手なはずなんだよ」


 京也が回復したので、翼が風花を連れて戻ってくる。そして、不服そうな顔をして主張した。

 彼女は先日取り戻したしずくで、京也の誕生日ケーキを作っていたのだ。幼い頃の彼は美味しいと食べていた。そのため、風花は今回の件が納得いっていない。


「どうして上手くいかなかったのかな」

「「……」」


 風花の質問に、京也も太陽も何も答えない。彼らには何か思い当たる節でもあるのだろうか。悲し気な表情をしているように見える。


「姫の……お母さまと一緒に作られたのではないですか?」

「そっか、母様と」


 太陽の言葉に風花は納得した様子である。不服そうな表情が消えた。翼は太陽の言葉の間が気になったのだが、風花は特に気にしていない様子。いつも通りの無表情に戻った。


「そろそろ帰るよ。準備してくれてありがとな」


 風花の表情を確認した京也が、帰ろうと立ち上がる。しかし、風花が彼の服の裾を引っ張った。


「あ、あの……」

「なんだ?」


 京也は足を止めるが、風花の方を向こうとしない。風花は彼のそんな態度に少し唇を噛むも、口を開く。


「あの、あのね、前みたいに戻れないかな? 私たちが小さかった頃みたいに、魔界と風の国で仲良くなりたいの」


 風花は必死に京也へ言葉を届ける。仲良くなりたい、もう争いたくない。

 風花は風の国の姫。京也は魔界の王子。この二人の働きかけ次第では、両国の関係は変わるかもしれない。

 京也は背中を向けたまま受け止める。彼の表情は風花からは分からない。彼は今何を思っているのだろう。


「……俺も昔みたいに戻りたいって思ってるよ」

「だったら」

「でも……ごめん」


 彼の表情は分からない。しかし、最後の謝罪の言葉はひどく苦しそうに紡がれた。


「悪いな、風花。次に会う時は敵同士だ。またな……」


 そう言うと京也は一人玄関へと向かっていく。風花は彼の服を離すしかなかった。


「帰るぞ」


 玄関の前には、京也とお揃いの黒色の服を着た少女が。少女が手を一振りすると真っ黒な扉が出現し、二人は中に消えていく。





 __________________





「姫様……」


 京也の背中を見送った風花はとても悲しそう。今にも泣きだしてしまいそうな彼女を、太陽が抱きしめていた。


「桜木さん……」


 翼たちはただその様子を見ていることしかできない。彼らの間に何があったのだろうか。自分たちは何も知らない。














「風ちゃんまたね」

「バイバイ」


 片づけが終わり、五人の背中を風花と太陽が見送った。何だかんだ事件はあったものの、無事に誕生日パーティーは終了。風花も満足そうである。太陽がホッと胸を撫で下ろしていると……


「私のご飯って美味しくないの?」

「ソンナコトハ、ゴザイマセンヨ」


 風花の質問に一瞬ピシリと固まった。彼女は今回の一件で自身の料理音痴を知った。交代当番制で料理を振る舞っている彼女からすれば、太陽に美味しい料理を食べてほしいのだろう。


「お料理頑張る」


 風花に再びやる気がみなぎり始めてしまった。明日から練習すると宣言してくれる。しかし、おそらく彼女の料理音痴は治らない。太陽にはなぜかそんな予感がする。彼の胃痛はまだまだ続きそうだ。

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