第50の扉  ケーキ事件

「わぁ!」


 キッチンからやってきた風花の口から、嬉しそうな声が飛び出した。


「こんな感じでどうかな?」


 翼が風花に紹介したのは、今までとは一変したリビング。壁には「誕生日おめでとう」と書かれた紙、折り紙の輪っか飾り、可愛らしい花。空中と床には無数の風船。


「すごい」


 風花はその光景に、目をキラキラと輝かせながら眺めている。どうやらお気に召したようだ。翼たちがニコニコとしていると、キッチンからは……


「おぉ、すごいね」

「およ! 風船いっぱいだ!」


 料理を運んできた美羽と結愛が。サラダやポテトなど、美味しそうなオードブル。流石は女の子、色合いや盛り付けまで凝っており、食欲をそそられる。つまみ食いしようと手を伸ばした彬人と颯が、ぺシンと叩かれていた。


「ケーキは?」

「後でのお楽しみなの」


 翼が肝心の誕生日ケーキ不在に声をかけると、風花が教えてくれた。一番に京也に見せたいようで、翼たちにも内緒なのだそうだ。


「喜んでくれるといいね」

「うん!」


 風花は柔らかい笑顔を浮かべてくれる。今日のパーティーが相当楽しみなようだ。

 風花は今心と一緒に記憶も失っている。彼女はパーティーという経験が初めてなのかもしれない。一つ一つ、過去の思い出を取り戻すとともに、こうやって新しい思い出も彼女の中に入っていくのだろう。










「……あ、もしもし、京也くん。今から私の家に来てくれないかな?」

「普通に呼び出せるんだね……」


 風花は京也へと繋がる通話ボタンを押した。彼女の携帯はガラケーでピンク色。可愛らしい桜のストラップが揺れている。

 異世界の文明もある程度進んでいるようだ。ちなみに太陽は同じ機種の灰色の携帯電話を所持している。桜のストラップもお揃いだ。


「すぐに来てくれるって」


 翼たちが文明の発展に感動していると、通話を終えた風花が口を開く。

 昔、風の国と魔界は仲が良く、風花と京也はよく一緒に遊んでいた。しかし、残酷な運命が彼らを襲い、両国の関係は悪化。離れ離れとなってしまった。

 風の国の姫と魔界の王子。彼らがその肩書きを取り払って笑える日は来るのだろうか。


「そういえば、ゴリラくんは王子だったね。ゴリラ王子」

「ふ、漆黒のゴリラだな」


 美羽の言葉につられた彬人が、何やら不気味なゴリラを誕生させてしまった。その言葉を聞いた颯が、すさまじい勢いで自分の口に手を当てる。どうやら笑いのツボに入ってしまったらしい。彼の笑いのツボは広くて浅い。よく苦しそうに笑い転げている姿を目撃されている。


 ピーンポーン


「あ、来た」

「こういう時はちゃんと玄関から来てくれるんだね」

「ふ、礼儀正しいゴリラだ」

「ぶはっ!」


 彬人のゴリラ発言に颯がまた笑い転げている。結愛が彼の背中を擦る中、風花と太陽が玄関に迎えに行った。


「いらっしゃい」


 京也はいつもの真っ黒な戦闘服ではなく、黒色のパーカーにジーンズを身に付けていた。そのためか少しだけ彼の雰囲気が柔らかい。


「何の用だ? いきなり」

「中、どうぞ」


 京也が混乱する中、風花は彼の手を引っ張ってリビングへと連れてくる。そして扉を開けると……


「「誕生日おめでとう!!!」」


 元気な声とクラッカーが鳴り響き、京也は目を丸くして固まった。クラッカーの紙吹雪が彼の頭に乗っている。少しまぬけである。


「さあさあ、主役のゴリラはこっちに座って」


 美羽が京也の手を引いて座らせるも、彼は状況がのみこめず、キョトンとしている。サプライズは大成功のようだ。そんな彼の前に、キッチンから風花が誕生日ケーキを持ってきた。


「げ……」


 京也の口から小さく声が漏れた気もするが、気のせいだろうか。風花には聞こえていないようで、ふんわりと微笑みながら京也のことを見ている。

 ケーキはどこかのお店で買ってきたのではないか、と疑っても仕方がないくらいに完ぺきな仕上がり。ふわふわな生地の上には真っ白の生クリームが塗られ、数種類のフルーツが乗っている。ケーキの上には『誕生日おめでとう』と書かれたチョコのプレートと京也を模しているのであろう、人型のクッキーが置かれていた。そのクッキーはまさに京也そのもの。彼の身に着けているローブが如く真っ黒の仕上がりだった。


「京也くん、食べて」

「おい、待て風花。いくつか確認したいことがある」


 京也が真っ青な顔をしながら、風花に静止を求める。彼はまだ状況をきちんと理解できていないのだろう。風花に質問を始めた。


「これはどういうことだ?」

「京也くんの誕生日パーティー。みんなで準備したの。誕生日おめでとう」

「……ありがとう。で、このケーキは誰が作ったんだ?」

「私が作った」

「……全部一人で作ったのか?」

「そう、頑張った」

「……」


 風花は胸を張って、「褒めて」と言わんばかりに自慢気。そんな風花とは対照的に京也は、ひどく絶望しているように見える。机に肘をつき頭を抱えていた。


「京也くん、食べて」


 風花は早く食べてほしいようで、鼻息が荒い。何しろこのケーキは風花の自信作なのだ。途中美羽と結愛が手伝おうとしたが、一人で作るのだ、と言い張り拒否。最終的にすべての工程を自身で終え、やり遂げた。


「頑張ったの」


 風花はズイっとスプーンを差し出して、キラキラと目を輝かせている。しかし、そんな彼女とは対照的に京也の顔はひどく絶望しており、暗い。その感情の理由は何だろう。


「太陽、なぜ止めなかった?」

「……」


 風花を視界から追い出した京也が、恨みがましく太陽に問う。しかし、太陽はニコニコしているだけで、何も答えない。翼たちも疑問を感じ、太陽に目を向けるが、ニコリと微笑まれるだけで何も答えてくれない。

 太陽の表情は何かを悟っているように、非常に穏やかな表情をしている。一体何が起きているのだろうか。


「京也くん食べて。頑張って作ったの」


 翼たちが疑問を感じる中、風花がキラキラとした瞳で京也に話しかける。


「……」


 彼の前には風花作の誕生日ケーキ。不気味なクッキーを除けば、美味しそうな仕上がりである。それにも関わらず、彼の表情は微妙。何か苦手な物でも入っているのだろうか。


「ゴクリ」


 京也は何かを決心した表情をして、ケーキを見つめる。そして、風花からスプーンを受け取り、スポンジ部分を口に運んだ。


「……」

「およよ? 京也くん、どうしたの?」

「……」


 ケーキを食べた瞬間、京也の動きが停止。スプーンが手から落下した。疑問を感じた結愛が声をかけるも、彼は動かない。目は虚ろで遠くを見つめている。


「んんー?」


 その様子を不審に思った颯が、スプーンを手にしてケーキを一口食べた。


「!?」


 すると、京也同様に颯の動きも停止。ポロリとスプーンを落としてしまった。

 彼らの身に一体何が起きているのだろう。翼たちが心配そうな目を向けると、颯の顔がにっこりと不気味な笑顔を張り付けた。それを見た太陽が風花の耳を防いで、彼の視界からログアウト。二人の姿が消えた瞬間……



「君たちも道連れにしてあげるよぉ」



 颯が人数分のスプーンを差し出してきた。原因が分かった翼たちから、ひゅっと息が漏れる。京也と颯が固まっている理由、それはつまり風花のケーキが……


「どうしたの?」


 後ろから聞こえた声にびくりと肩が震える。太陽に連れられたはずの風花が戻ってきたのだ。不思議そうな顔をしてこちら眺めている。この状況で食べないわけにはいかない。


「……」


 彼女の隣では太陽が翼たちに合掌を捧げている。これで彼の不可解な行動の意味が分かった。太陽は風花の料理がゲフンゴフンだと知っていたため、必死に止めようとしていたのだろう。しかし、彼の努力虚しく作戦は失敗。目の前にはケーキが。


「ゴクリ」


 スプーンを持つ手が震える。彼女の料理の味はいかほどなのだろう。

 しかし、目の前にあるケーキは京也を模したクッキーを除けば、美味しそうな仕上がり。スプーンを落とすほどの味なのか。


「……」


 翼はちらりと最初に犠牲となった京也へと目を向ける。彼は先ほどまできちんとソファに座っていたのに、もうその体力もないのかコロンと倒れていた。顔面蒼白で虫の息である。

 いつもは凄まじい威圧感と魔法で翼たちを圧倒する彼だが、今の彼からそんな姿は想像できない。風花の料理は、それほどの出来ということだ。


「う……」


 つい後ろを見てしまった翼から苦しそうな声が漏れる。今彼らの後ろには、純粋な瞳で見つめてくる風花がいるのだ。この瞳を前に食べないという選択肢は、彼らにない。


「できる、できる、できる。大丈夫、僕ならできる」

「南無」

「フルーツの部分なら平気なはず……」

「およ……」


 それぞれが心を落ち着けて、パクッと口にふくんだ。

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