第35の扉  月の国編その3

 ひかるがぱちんと指を鳴らすと、風花がウエディングドレス姿で現れる。しかし、その瞳は光を失い、翼たちを見ても何の反応も示してくれない。


「様子がおかしいよ」

「姫様!」


 何度も名前を呼びかけるが、彼女が反応する気配はない。ただぼんやりと、翼たちの姿をその瞳に映しているだけ。一体彼女に何があったのだろうか。


「桜木に何をした!」

「何もしておりませんよ」

「明らかに操ってるだろうが」


 優一が鋭い声をあげるも、ひかるは全く動じない。余裕の表情で風花の方へとその歩みを進めた。彼のその行動に対しても、風花は反応を示さない、のだが……


「言いがかりはよくありません。何か証拠でも?」


 さらり


 ひかるが風花の髪に触れた。風花は何の反応も示さないのだが、それを見た翼たちの空気が一気にぴりつく。


「おい、桜木さんに触れるな」


 翼は杖を構えて、無意識に低い声で言い放つ。彼は今にもひかるに攻撃を仕掛けそうな勢いである。そして、それは翼だけに限ったことではない。優一、颯、一葉も全員戦闘態勢をとり、ひかるを睨みつけていた。太陽からは何やらどす黒い物が出ているような気がしなくもない。


「花嫁に触れることは、普通のことかと思いますが?」


 バチバチしている彼らを見るも、ひかるの余裕の表情は崩れない。相変わらず風花の髪をサラサラと触って遊んでいる。その様子に翼たちはより一層、ピリついた空気を纏った。


「はぁ、みなさんが我々の式を邪魔するというなら、排除しなくてはいけません」


 そんな翼たちの様子を見て、ひかるはため息をつき、腰に刺さっている剣に手をかける。に手をかけたその瞬間、彼の空気が明らかに変わった。全てを切り裂くような鋭い空気。首元に刃先を突き付けられているような恐怖。

 今まで経験したことのない感覚が翼たちを包み込む。そして……


「みなさんに私の相手がつとまりますか?」


 その言葉を合図にひかるの目に宿る光が鋭さを増した。心臓に突き刺さるような鋭い眼光と彼の放つ空気。少しでも動けば、切り裂かれてしまうような錯覚に襲われる。

 翼たちが怯んで動けない中、ひかるが腰の剣を引き抜き、一気に距離を詰めてきた。


「っ!?」


 剣先が翼の目と鼻の先まで迫り、キラリと鋭い光を放つ剣が彼を切り裂こうと動く。翼は攻撃を放とうとするのだが、声が出ない。避けようとするも、足が固まったように動かない。

 やられる、そう思って翼はギュっと目をつむった。


「うわっ!?」


 キンッ!


 目をつぶった翼だが、後ろから首元を引っ張られる感覚と、剣が交わる音に瞳を開く。そして先ほどまで彼が居た場所には、太陽と一葉が。


「ほぅ、受け止めましたか。なかなかやりますね、お二人とも」


 ひかるの剣を太陽と一葉が二人がかりで受け止めていた。ひかるは剣に相当の力を込めているのだろう、受け止めている二人は苦しそうに顔を歪めている。


「みなさんは、姫をお願いします」

「こっちは任せて!」


 太陽と一葉が残りの三人に叫ぶ。翼たちはそれぞれ頷き合うと、風花の元へ動き出した。


「おっと、そう簡単に渡す訳にはいきませんよ」


 ひかるがパチンと指を鳴らすと、風花を守るように月の国の兵士が取り囲んでしまった。その数およそ50人。キラキラと輝く鎧に身を包んだ屈強な戦士が、翼、優一、颯の前に立ちふさがる。


「数が多い……」


 風花まではあと少しなのに、その手は届かない。翼はぐっと拳を握った。何とか兵士を倒して、風花の元へたどり着かなくてはいけない。


「なぁ、優一くん。手を貸してくれない? 試したいことがあるんだぁ」

「ん?」


 立ち止まってしまった中、颯が何かを思いついたようで、優一に耳打ちする。その作戦を聞いた優一が自信ありげに頷いた。一体何をする気なのだろう。翼はただ彼らの行動を見ていることしかできない。


「降り注げ、rain dropレインドロップ!」

「轟け、thunderサンダー streamストリーム!」


 優一が唱えた呪文により大粒の雨が兵士たちに降り注ぐ。それと同時に、颯が辺り一面に嵐の如く雷を降らせた。バチバチバチ、と凄まじい光と電撃音が響き渡る。


「ぐはっ!」

「二人ともすごい!」


 感電し次々と倒れていく兵士たちを見て、翼は二人に拍手を送った。

 一瞬で作戦を思いついた颯の発想力、それに合わせた優一の対応力。事前に合わせた訳でもないのに、彼らはいとも簡単にそれをやってのけている。何という才能の塊だろうか。

 二人も嬉しいようで「いえーい!」と仲良くハイタッチをしている。


「僕はまた、何も……」


 翼は杖を持つ手にぐっと力を込める。

『何もできなかった』その思いが翼の心を蝕み始めた。


「翼、行くぞ」


 落ち込む翼の肩を、優一がパシッと叩き、我に返った。今は落ち込んでいる時間はないのだ。ブンブンと頭を振り、頭を切り替える。


「これで通れるねぇ」


 のんびりとした颯の声が響く。二人の活躍おかげで、兵士たちは全員気絶。やっと風花までの道が開けた。


「桜木さん!」

「……」


 翼たちは急いで駆け寄り、風花の肩を揺する。しかし、風花はぼんやりとしていて、全く反応してくれない。






__________________







「ほらほら、このままだと負けてしまいますよ?」

「……っ!」


 キンキン、と剣の交わる音が響く。

 太陽と一葉は、ひかるの攻撃を防ぐので精一杯で、全く反撃の隙が見当たらない。二人の額を汗が伝った。


「あなたは風の国の大臣ですよね? どうです、このまま姫が私と結婚した方が風の国の利益にもなるかと。月の国は世界各国が欲しがっている月の砂レゴリスを、大量に所有しております。悪い話ではないかと思いますが」


 ひかるは余裕の笑みを浮かべながら太陽に話しかける。

 レゴリスとは、月の国でしか取ることのできない貴重な物質。月の国の砂漠でごく少量しか採取することのできない物質で、魔法石や魔法具として加工され、高値で取引されている。そんな月の国との婚姻は、風の国にとって良い話であることは確かだ。


「姫が望んであなたと結婚するのなら、私は全力で応援致しますが、望まぬ結婚とあらば排除するしかありません……」


 太陽はふるふると首を振りながら言葉を紡ぐ。鋭い光を宿していた瞳に優しい光が宿った。



「私は姫の幸せを望んでおります」



 そう言うと太陽は暖かく微笑んだ。彼が風花を心から思っているからこそ、出てきた言葉と笑顔なのだろう。


「太陽、良く言った!」


 彼の言葉を聞き、一葉がバシンと背中を叩く。太陽は痛そうに顔をしかめるも、とても嬉しそう。しかし……


「私との結婚が幸せではないと? 私が姫を幸せにしてみせますよ」

「「!?」」


 太陽の言葉を聞いたひかるの雰囲気が変わった。ビリッとした空気を纏い、太陽と一葉の剣を弾き飛ばす。あまりにも一瞬の早業で、二人は動くことができない。


「これで終わりです」


 ひかるがとどめを刺そうと、剣を頭上に高く上げた。太陽は咄嗟に一葉を彼の射程範囲外に突き飛ばす。


「え、太陽!」


 一葉は驚きながらも、彼を引っ張ろうと手を伸ばす。しかし、無情にもひかるの剣が太陽を切り裂こうと振ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る