第5の扉  個性爆発

「おはよう」


 次の日、翼が教室に行くと後ろの方でクラスメイトたちが騒がしくしていた。教室の入り口で首を傾げていると、優一が気づいて話しかけてくれる。


「桜木だよ。女子たちが仲良くなりたいって質問攻めにあってる」

「はぇ?」


 教室の後ろへ目をやると、風花の席を中心に女子たちが何人も取り囲んでいた。

 風花は無表情だが柔らかく質問に答えている。それ見て、昨日風花が言っていた言葉を思い出した。






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「心のしずくを取り戻すと、感情と記憶と魔力が少し戻る」

「それをどうやって、桜木さんの中に戻すの?」

「こうやって、胸の前に持ってきて……」


 風花はしずくを手のひらに乗せて、自分の胸の前に持ってくる。すると、心のしずくがうっすらと光を放って浮き上がり、そのまま身体の中に入っていった。それと同時にふわりと優しく風が吹き、彼女の髪が舞い上がる。


「ほわぁ」


 翼の口から思わず声が漏れる。とても神秘的な光景で見ているこちらの目頭も熱くなる。


「これでおしまい」


 しずくが完全に中に入ると、風花は目を閉じた。ポロリと目から一粒の涙がこぼれ落ちる。風花の目から零れた涙はとても綺麗で美しいものだった。


「しずくが身体に入ってから涙を流すまで、私は無防備になってしまう。その間取り戻したしずくに刻まれていた記憶をみているんだ。だから敵が攻めてきてる時は身体に入れられないの」


 見とれていた翼に風花が話しかける。慌てて潤んだ目元を隠した翼に、不思議そうに風花は首を傾げていた。





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「取り戻せて良かった」


 これから彼女は徐々に感情と記憶を取り戻していくのだろう。今は儚く、脆いものにも見える笑顔も、当たり前になる日が来るかもしれない。

 翼が風花の様子を見て微笑んでると、優一が黒い笑みを携えて話を振る。


「おやおやおや? 翼くん、何微笑んで女子たちを見てるんだ? お目当ての女子でもいるのか?」

「な!? そんなんじゃないよ、ただ楽しそうで良かったなって思ってただけだよ」


 優一の言葉に耳まで真っ赤になって反論する翼。その反応を見ると、優一はますますにっこりと笑う。


「ほー、どうだかなー」

「みなさん、席についてくださいね」


 絶妙なタイミングで西野が教室へ入ってきてくれて、翼は心の中で感謝する。優一は悔しそうな顔をしながら、自分の席へと戻っていった。風花の周りに居た女性陣も全員席に着き、授業が始まる。







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「……」


 昼休み、風花は教科書を片付け、お弁当の準備をしていた。彼女は一人暮らしなので自分で弁当の準備をしている。色とりどりの野菜と美味しそうなハンバーグが入った可愛らしいお弁当。早速食べようと手を合わせていたのだが、隣の席の本城彬人ほんじょうあきとが話しかけてきた。


「ふ、ようやく羽根を休めることができる。ただ何時如何なる時も、深淵の覇者しんえんのはしゃからの攻撃に備えていなければならないがな」

 訳)お昼ご飯の時間になりました。お腹が空いたので早く食べたいです


 彬人は自信満々で某厨二病全開のセリフとポーズを風花に披露してくれる。風花は意味が分からず、こてんと首を傾げるだけだった。


「ふ、まあいい。悪の帝王より授かりし、この禁断の果実を食すとしよう」

 訳) お母さんからもらったパンを食べます


「あ、桜木さん、この馬鹿は無視してていいよ。厨二病なだけだから」


 彬人の行動が理解できず、ポカンとしていた風花に助け船を出してくれたのは、彬人の前の席(風花の斜め前)に座る藤咲一葉ふじさきかずは


「そうそう、本城くんは時々腕とか目がうずいちゃうんだよね」


 一葉に便乗して話しかけてくれたのは、風花の前の席に座る横山美羽よこやまみう。風花は二人の説明を無表情のまま素直にうんうん、と頷いて聞いていた。どうやら彬人はよく意味不明な言葉を話しだし、周りを混乱に陥れるらしい。


「は!? これは!!!」


 美羽たちから事情を聞いていると早速不穏な空気である。隣で大人しくパンを食べようとしていた彬人が、椅子をバタンと後ろに倒し立ち上がったのだ。何事だろうか。


「これを見てくれ!」

「何よ、びっくりしたな」


 彬人は興奮気味にメモを見せてくれる。どうやらパンを包んでいたハンカチに、メモが入っていたようだ。

 美羽と一葉は彬人の突然の行動に驚いていたが、風花は一切顔色を変えずに眺めている。


「これは、悪の帝王からの挑戦状だ。何としてでも遂行しなければ、我がギルドの存亡に関わる……」

 訳) お母さんからの買い物メモが入っていました


「そんな重大なこと書いてないじゃんか」


 メモを見た一葉が声をかけるが、彬人はぷくぅっと頬を膨らませて反論する。


「一葉、貴様の目は節穴か? これは悪の帝王が俺をだまそうと画策した偽物Fakeだ」

「なんて書いてあるか読んでみてよ」

「いいだろう」



「呪われた地から帰還せし時、聖なる水を入手せよ」

 訳) 学校からの帰りに牛乳を買ってきて



 彬人は自信満々に、メモを読み上げる。手のひらを顔の前に持ってきて、ドヤ顔でポーズまで添えてくれた。


「え、読み方おかしいよね」

「これは重要な挑戦状だ。今のうちに休息をとり、備えねば!」


 彬人は一葉のツッコミは無視して、自分の倒した椅子を静かに元に戻し、パンを美味しそうに食べ始めた。風花はコロコロと感情の騒がしい彬人を、不思議そうに見ている。


「ごめんね、桜木さん、騒がしくして。こいつのことで何か困ったことあったらウチに言ってね?」

「本城くん、お母さんのこと悪の帝王って呼ぶのやめた方がいいと思うよ」


 一葉は彬人の扱いには慣れているようだ。去年同じクラスだったらしい。美羽は彬人の厨二病ネームが気になったようでたしなめている。


「もう、あいつのことは放っておこう。ねぇ、ごはん一緒に食べよう? 机くっつけていい?」


 風花は一葉の提案に、こくこくと頷く。それぞれ自分の机をくっつけ、昼ご飯を食べることになった。


「そういえば、自己紹介してなかったね。私、横山美羽、美羽って呼んで」

「美羽はすごいんだよ、芸能人なの! 雑誌とかによく出てるの。今度ドラマもやるんだよね?」


 ほー、と風花は驚きの声をあげる。

 美羽はパッチリ二重で真っ白でつややかな肌、サラサラのストレートヘア。整った顔立ちをしている。芸能人と言われても納得の容姿だ。


「でも一葉ちゃんだってすごいんだよ。剣道部なんだけど、全国大会とかに出れるくらいの実力者なの」

「あ、ウチの名前は藤咲一葉。一葉って呼んでね」


 ほー、と再び風花は驚きの声をあげる。

 一葉は長い髪の毛をポニーテールで結んでおり、切れ長のシュッとした目。背も高く、いかにも運動ができそうな見た目だ。


「美羽ちゃんも一葉ちゃんも、すごい人たちなんだね」


 二人ともこの学校の有名人らしい。美羽には親衛隊、一葉にはファンクラブがあるそうだ。風花は無表情であるが、うんうんと二人の話を真剣に聞いている。

 穏やかに会話が進む中、美羽が突然思い出したように話を振った。


「あ! この前雑誌の撮影で行ったんだけど、素敵なカフェを見つけたの。良かったら日曜日に3人で行かない?」

「いいね、行きたい! 桜木さんは?」

「私も行っていいの?」

「もちろんだよ! だって、私たち友達でしょ?」


 美羽と一葉は風花に優しく微笑みかけてくれる。


「友達……」


 二人に微笑みかけられ、キョトンとしていた風花だが『友達』という言葉を口にすると、胸に何か暖かい感覚が広がるのを感じた。この感情の名前は何だろう。


「……」

「ごめん、嫌だったかな? ……あ」


 黙ってしまった風花に美羽は提案を下げようとしたが、彼女の表情を見て声を漏らす。

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